第12話「一通のメッセージ」
翌朝。
教室の空気は、昨日よりさらに落ち着いていた。
いや、正確には「落ち着いて見えるだけ」だった。
前田敏弘はいつもの席に座り、スマホを机の中に入れたままぼんやり窓を見ている。
(……まだ、あの感じだな)
岡倉真優美との“距離”。
近づいているようで、遠い。
遠いようで、近い。
曖昧な状態のまま止まっていた。
教室のドアが開く。
「おはよー」
真優美の声。
いつもより少しだけ元気がない。
敏弘は軽く手を上げる。
「おう」
それだけ。
真優美は自分の席に座る。
ちらっと敏弘を見る。
目が合いそうで、合わない。
(……うん、やっぱり変だ)
休み時間。
女子たちが真優美の机に集まる。
「ねぇねぇ岡倉さん」
「最近さ、前田くんとどうなの?」
真優美は少しだけ困った顔をする。
「どうって言われても……普通だよ」
「またそれ?」
「ほんとに普通だってば」
笑ってごまかす。
でも声は少し弱い。
その会話を、敏弘は後ろの席で聞いていた。
(普通、か)
昨日も聞いた言葉。
なぜか胸に引っかかる。
昼休み。
真優美は一人で弁当を食べていた。
敏弘は少し離れた場所で本を読んでいる。
いつもなら、どちらかが自然に近づく。
でも今日は違う。
そのとき。
「岡倉さん」
クラスの女子が声をかけてきた。
「ちょっといい?」
真優美は顔を上げる。
「うん?」
女子は少し言いにくそうに言う。
「前田くんとさ……あんまり関わらない方がいいんじゃない?」
真優美の動きが止まる。
「……え?」
「別に悪い意味じゃないんだけどさ」
「目立つし」
「変な噂も続いてるし」
真優美はゆっくりと箸を置く。
「それって……私のこと?」
女子は少し慌てる。
「いや、そういうわけじゃなくて!」
「でも実際さ、岡倉さんってちょっと浮いてるっていうか」
その言葉に、真優美の胸がぎゅっと締まる。
(浮いてる)
その単語だけが残る。
そのとき。
「やめとけ」
低い声。
前田敏弘だった。
教室の空気が一瞬止まる。
女子は振り返る。
「え?」
敏弘は静かに続ける。
「そういう話、本人の前で言うことじゃない」
女子は気まずそうに目を逸らす。
「ご、ごめん」
そのまま席へ戻っていく。
真優美は敏弘を見上げる。
「前田くん……」
敏弘は視線を合わせずに言う。
「気にするな」
その言い方は、いつも通りのようで少し違った。
放課後。
廊下は静かだった。
真優美は鞄を持ったまま立っている。
敏弘も隣にいる。
「今日さ」
真優美が小さく言う。
「また守ってくれたよね」
敏弘は短く答える。
「たまたま」
真優美は少し笑う。
「またそれ」
でもすぐにその笑顔は消える。
「ねぇ前田くん」
「ん」
真優美は少し間を置く。
そしてスマホを取り出す。
「これ」
画面にはメッセージが表示されていた。
『岡倉さん、ちょっと話したいことある。前田くんと距離置いた方がいいと思う』
敏弘の表情が変わる。
「誰だこれ」
真優美は小さく答える。
「別のクラスの子」
「今日の昼休みに送られてきた」
敏弘は一瞬黙る。
「……面倒くせぇな」
真優美は驚く。
「そんな言い方する?」
敏弘はスマホを見たまま言う。
「事実だろ」
真優美は少しだけムッとする。
「でもさ、そういうの無視できないじゃん」
敏弘は顔を上げる。
「なんで」
「だって……私のこと考えて言ってるのかもしれないし」
敏弘はすぐに返す。
「考えてるやつは、わざわざ送らない」
真優美は言葉に詰まる。
沈黙。
風が廊下を抜ける。
真優美はスマホを握りしめる。
「じゃあさ」
「無視していいの?」
敏弘は少し考える。
「俺は気にしない」
「でもお前が気にするなら別」
その言葉に真優美は顔を上げる。
「それ、ずるいよ」
敏弘は眉を上げる。
「何が」
真優美は少し声を強くする。
「前田くんはさ、いつも“気にするな”って言うじゃん」
「でも実際、周りは気にしてる」
「私だけが耐えればいいみたいに聞こえる」
敏弘は少しだけ黙る。
真優美の声は続く。
「私、強くないんだってば」
「無視できるほど、図太くない」
その言葉に、敏弘の表情が少し変わる。
「じゃあどうすんだよ」
真優美は一瞬止まる。
「……分からない」
またその言葉。
敏弘は小さく息を吐く。
「またそれか」
真優美は少しうつむく。
「ごめん……」
その瞬間。
敏弘は一歩近づく。
「謝るなって言ってるだろ」
その声は少しだけ強かった。
真優美は肩をすくめる。
「でもさ」
「分からないままじゃダメなの?」
その問いに、敏弘は止まる。
窓の外は夕方の色に変わっている。
少し長い沈黙。
そして敏弘は言う。
「ダメとは言ってない」
「ただ……」
一度言葉を切る。
「お前が苦しいなら、意味ない」
真優美は目を見開く。
(苦しい)
その単語が胸に刺さる。
「私は……」
言葉が出ない。
そのとき、チャイムが鳴る。
終わりの合図。
二人はその場に立ち尽くしたまま動けなかった。
そしてこの日。
“誰かの善意”と“二人の距離”は、静かにすれ違いを深めていくことになる。
第13話へ続く




