第二話 行く機会があったなら
夏休みの数日前。暑さは記録的だった。
「記録的」という言葉が毎年使われるようになって、もう何年になるだろうか。
放課後。古いアスファルトが蜃気楼をつくっている、オレンジジュースを飲みながら木陰にいるのに、汗が止まらない。
それでも灯は、いつも通り、いつものベンチにいた。ベンチには日陰ができていないのにもかかわらず、木陰で汗だくな私とは違って、灯は涼しい顔をして、笑っていた。
その日、話を切り出したのは灯のほうだった。
「コンビニ行かない?」
「え……?コンビニ?」
少し驚いた。
灯は初めて、この場所から私を連れ出そうとした。
よくよく考えたら、私もこの場所以外に灯とどこかへ行こうと誘ったことはない。というか、灯と出会ってからもうすぐ一か月が経つというのに、一回も他の場所に行ったことがないというのは、些か不可解なんじゃないか? いや、分からない。今まで出会ってきた友達って、どんな関わり方してたっけ。
「コンビニでなにすんの?」
「買い物に決まってんじゃん!あと涼しいし」
「うーん、涼むんだったら私んちで良くない?」
「それって家の人大丈夫なの?」
「ん……あぁ、そっか。駄目だわ。灯の家は?」
「私も無理かな~。じゃあコンビニで決定だね」
コンビニってこの田舎じゃレアな建造物だぞ。
場所は知ってるけど、道は知らない。学校から近いとこでも相当な距離あるから歩いて行ったことないな。
お菓子とかはストックしてあって近所の人からたまにもらえるし、ジュースはここで買えるし。そもそも行く必要がない。
「私行き方知らないんだけど……」
そうすると灯は「知ってるからついてきなさい」と、何を意識したのか分からないが、渋めの声で言った。
「近く流れてる小川に沿って歩くだけだよ」
「ほら、こっち」と左手で指をさし、右手で手招きをしてくる。
すごく必死そうにそのポーズを続けていて、面白いとしか言えない。
「ほらこれ!小川~」
「……ねえ、灯?」
「何~?」
「これ、用水路だよ」
「……へ?」
さすがに冗談だと言ってほしい。用水路と小川を間違える人間がいるのか?本当に?
目の前にいた。現実か疑いたい。
試しにほっぺをつねってみたけど、痛い。
「ん……」
無言で灯に近づいていく。少々困惑している様子だ。
「凛香サンドシタノ?」
こいつのほっぺ……無性に触りたくなってきた。
ジュースを地面に置き、両手を警察に降伏するときのように挙げる。そして、勢いよく手が灯のほっぺに向かう。
「へあ?どうしたの?凛くぁ⁉」
……すっごいもちもちしてる。
なんていうか、パン生地とか餅みたいな弾力もある。
そして何より、ひんやりしていて気持ちがいい。
「いひなどおしたのひんは」
「あっごめん」
「いきなりでびっくりしたよ~。まあ別にいいけど!お返し!」
灯は「おお……」と言いながら私のほっぺを堪能しているようだった。
そんなにいい感触だろうか、私のほっぺは。
「はい!お返し終わり」
そういうと方向転換をして、用水路沿いを進み始めた。
それに合わせて、ジュース片手に私もついていく。
「前さ、夏燈星の話したじゃん?」
「あ~!あのメールがくるやつだっけ?」
「そう、故人が生前、一番思いを届けたかった相手にメールが来るっていう。あれってさ、学校でいきなり広まったんだけど、実際に受け取った人とかいるのかな?」
「……どーなんだろうね。でも、私だったら受け取っても広めないかな」
「どうして?」
「だってさ、自分に向けてのメールなんでしょ?それを他人に広めるのってどうなのかなって」
「そっかあ……確かにそうだね」
灯はどこか悲しいような、達観したような顔をしていた。
それほど、メールを受け取ったらという事態に考えを巡らせているのだろうか。
私が受け取るということもあるんだろうか。
いやないない。周りに亡くなった人いないし、そんな、思いを届けたい相手№1になれる訳がない。
「じゃあさ。凛香が届ける側だったら?」
私が?
そうすると、誰に届けることになるだろう。
好きな人とか別にいないしなあ~……。
う~ん……親?いや、ない。特に何も思わないし。育ててもらったことには感謝してるけど。特段届けたい思いがあるわけでもない。
じゃあ、友達。仲良くしてくれてありがとうとか?
まあ、でもそこらへんかな。消去法的にそこしかなくなる。でも、この消去法も結構甘々で、厳しめにいくと友達の選択肢も消えてしまう……と思う。
だとしたら……灯?
灯に一番届けたい思いって……なんだろ?
「私は……分からない」
「───そっかぁ……でもまぁ難しいよね」
「うん、難しい」
「私は───凛香かな」
「え……私⁉」
こういうのってどう返事すればいいんだろう。
……思いつかないな。
というか、この状況が特例すぎるんだと思う。だったらしょうがない……よね。
なんか、灯と話してて気まずくなったの、初めてかも。と思っていたのは私だけのようで、灯はいつも通りけろっとしていた。
「ふぃ~暑ーいね~」
灯が発したこの言葉が本心なのか、それとも気まずさを和らげるためのものか、私には確信することができなかった。
でも、表情を見るに、本心だと捉えるほうが妥当だと思う。
「あ、そういえば小型ファンあるよ。使う?」
「凛香は使わなくていいの?」
「使うんだったら首にかけてんの忘れんわ」
「確かに……。じゃあ使うー」
首から外し、灯に渡した。
ファンを口の前にやり「あ~」と声を出すが、扇風機のようなエイリアンボイスとはまた違った、ロボットや、ボーカロイドなどの機械的な声になっていた。
「これめっちゃ小型なのにめっちゃ涼しい~」
「でしょ~。少し前旅行した時買ったの。まぁまぁ高かったんだよ?」
「こんなんあるの知らなかったよ」
「新発売のやつだし」
そうすると、自販機が見えてきた。
青色の自販機。
「ちょっとペットボトル捨ててくるね」
いつの間にかなくなっていたオレンジジュースを捨てる。
あまり使われていないようで、ごみ箱からは『コトン』という虚しい音しかならなかった。
それから話を続け──
「あ!凛香?そういえばね……」
「なに?」
「あっコンビニ見えてきた!早く中入って涼みたーい」
結局何だったんだ……
「ファン使ってるでしょ……」
「全身が涼しさを求めてるの~」
ドアが開くのと同時に、チャイムが鳴る。
「ふぃ~サイコー!天国じゃん」
「ちょっとうるさい……」
「ごめん……」
私は本当に買うものがないので灯の買い物を見ている事しかやることがない。まぁ、ジュースくらいは買っとくか。
適当に視点を移動させながら、目が合った気がしたので、私は麦茶を選んだ。
「っと灯は何を選んでいるのかな~」
チョコやビスケット、ラムネ。そしてカルピスやサイダーを大量に持っていた。あと何故か花。選ぶとかそういう次元じゃないと思う。
「ちょ、あんたこれ全部食べるの?」
「そりゃもちろん。あ、花は食べないよ?」
「分かっとるわ」
「あと一気に食べたりしないし、ある程度は貯蔵するの」
「また歩いて帰るんだよ?それ持ってけるの?」
「行けるよ~。私の力なめんといて!!」
そう言ってレジに一直線。
「クーポンで!」
それで袋代プラス10円払っていた。
私はクーポンなど持っていないので現金で払う。
「袋大丈夫です。はい、レシートもいらないです」
灯は先にコンビニを出ていた。
ゴミ箱の横で、買った品々が入っている袋の中を覗きながら、目をキラキラと輝かせていた。
「楽しかったぁ」
「楽しかった……のか?」
「うん」
「また今度……行く?」
「……行く機会があったら」
そんなことを話しながら、行きと同じ道をたどって、私たちは帰った。




