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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆3章

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大火と厄災の子 (10)


 小さく頷いて苦い顔になった颯の頭を母親がそっと撫でる。


「あのあと、私はこの軍本部に連れてこられて身元を確認されて……逃げないようにとここに入れられたわ。颯はどうやってここに来たか覚えてる?」

「うん。黒い服の人間を見つけて……僕があなたたちが探してる半妖ですって言ったんだ。僕さえ見つかれば、あやかしと人間の争いが止まると思って……」


 膝の上で握った拳に力が入る。


 あの燃え尽きた小さな集落にいたのは軍の人間たちだった。あやかしが残っていないか見回っている最中だったらしく、颯が事情を説明すると、顔色を変えた人間たちは手早く颯を睡眠薬で眠らせてきた。あっという間に意識を失ってしまったのでどんな経路でここまで来たのかはわからないが、その場で命を奪われなかったことを考えると、最初から颯に対して捕獲命令が下されていたのだろう。


「ごめんね、颯にそんなつらい思いさせてしまって……。ここに連れてこられたときのあなたの様子は軍の人に少し聞かせてもらったわ。抵抗しなかったので傷つけずに済んだって。……よかった、颯とまた無事に会えて」


 青ざめた顔で母親が颯の手をぎゅっと握る。その手は小刻みに震えていた。


「あなたが人間に見つかったらどんな目に遇わされるかわからなかった。だからあのとき、あなたは私とは無関係だと嘘をついて突き放したの。颯を傷つけるだけで何も説明できないまま離れる羽目になったこと、とても後悔したわ。本当にごめんなさい」

「もう謝らないで、お母さん。今なら僕も、なんであのときにお母さんが行っちゃったのかわかるから」


 俯いて涙を落とす母親の手を颯も握り返す。

 ここに来る直前にはもう、人間に見つかったら命の保証はないと覚悟していた。だからこそ、母親がなぜあのときに頑なに颯との繋りを隠そうとしていたのか理解できていた。

 生い立ちを悟っている颯の表情を見て、母親が申し訳なさそうに眉を下げる。


「今まで颯には、私とお父さんが違う種族ってことしか話してなかったよね……?」

「……うん」

「でもあなたはさっき、自分が半妖だって名乗ってた。……知ってしまったのね」


 悔しそうに顔を歪める母親に、颯は大丈夫だよと告げるように口角を上げて微笑んだ。母親は痛ましそうに目を細める。


「お母さん、()のことを教えて。お母さんとお父さんのことも。ちゃんと全部知りたいよ。僕も、お母さんと再会するまでに見てきたことを全部話すから」


 先日、両親の会話を聞いていたこと。母親と別れたあとに山に広がる父親の蒼炎を見かけて化け猫の里に辿り着いたこと。父親らしき人影を見つけたが、攻撃するほどの敵意を見せられ去っていかれたこと。人間たちが化け猫を襲い、颯を探していたこと。ねねこと逃げた先の迷い岳で、木霊からあやかしと人間の争いが始まったと聞かされたこと。――その元凶が、半妖の颯であることも。


 一晩の間に起きて経験した壮大な出来事のすべてを母親に打ち明けた。

 山火事が起きる前にここに収容されていた母親にとっては、ほとんどが初めて知る出来事ばかりだったらしい。父親の蒼炎で化け猫の里が火事になっていたことや颯が襲われていた事実を聞いたときには戸惑いながら涙を浮かべていた。颯を探し出すために人間があやかしの里に火をつけて回り、それをきっかけにあやかしも反撃して争いが起きてしまっている最悪の現状を聞いたあとには絶句してしまう。


「そう……。だから颯は、自分が見つかればいいと思っていたのね」

「うん。僕を探す必要がなくなったら、関係ない人たちが傷つかなくてもいいと思ったから。……ねえ、もう争いは終わったよね? 僕が人間たちにちゃんと捕まったんだから、これ以上あやかしたちを攻める必要もなくなったよね?」


 最も気がかりだったことが解決されたのか不安で問い詰めるように母親に訊ねてしまうが、母親は「それはわからないわ」と難しい顔になる。

 争いが起きていたことすら知らなかったからそれが終わったかもわからない、という意味合いだけではなさそうな意味深な口振りだった。


「争いのきっかけなんて、本当に些細なものなの。確かに颯を探すことを名目に始まっているのかもしれないけど、恐らく……以前から人間はあやかし側に攻め込むつもりだったんじゃないかしら。共存しながらも、人間は本当はあやかしのことを嫌っていたから。そしてあやかし側も、同じように人間が嫌いだったと思うわ。争いが起きればそれに応じるだけの気持ちはずっと根っこにあったはず。遅かれ早かれ、こうなることは避けられなかったかもしれない」


 そこまで言って一度呼吸を整えると、母親は真っ直ぐ颯の目を見ながらはっきりと言いきった。


「だからね、人間とあやかしが争っているのは、決して颯のせいなんかじゃないよ」

「っ、お母さん……」


 ――颯のせいなんかじゃない。

 真正面から受け取ったその否定の言葉が、心の奥深くに刺さってしまっていた刺を包み込む。一生抜けそうになかった自責の念に、母親の言葉がじんわりと染み込んでいくようだった。

 鼻の奥がつんと痛くなって眉間にしわを寄せると、母親がそっと抱き締めてくれた。慣れ親しんだ絶対的な味方でいてくれるぬくもりに涙が誘われる。


「ごめんね。私とお父さんがあなたは禁忌の子だって言っているのを聞いてしまっていたのよね。自分がいなければいいなんて思わせてしまって本当にごめんなさい。颯は何も悪くない。颯は私とお父さんの間に産まれて来てくれた大切な存在よ。あなたが自分を悪いと思う必要なんか絶対にないからね」

「……うんっ」


 母親に抱き締められながら颯は力強く頷く。

 蒼く燃える山々や無実の鮮血が流れた光景も、暗い森で責められた複数のこだまする声も、この先ずっと忘れることはできないだろう。脳裏にこびりついていたあれらが、心の底から自身のせいではないと言いきることを躊躇わせる。

 それでも、それでも、と。颯は母親の背に回した手を拳にしてやりきれない思いを堪えた。今だけは、安息できる腕の中で許されたかった。争いが起きてしまったこの世界で、ただ一人でも颯の味方でいてくれる希望を受け入れたかった。


 葛藤に耐えるように肩を揺らして泣く颯に、母親は静かに寄り添っていた。そして颯が落ち着くのを見計らって、ぽつりぽつりと颯が産まれる前の話をしてくれた。


「数十年前にあやかしと人間はお互いの生命を脅かさない約束をしたの。それが颯も化け猫の里で聞いた不干渉条約ってものよ」

「もしかして、その約束をする前も争いが起きてたの?」


 不干渉条約という言葉を初めて聞いたときから気になっていた疑問を口にすると、母親は頷いて返事をした。


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