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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆3章

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大火と厄災の子 (8)


 ばっと顔を上げて、炎が広がる光景を改めて見る。

 距離が離れているせいか、逃げ惑うような声や火が爆ぜる音などは颯の耳には届かない。しかしどう見ても火の勢いと充満している煙の量が大惨事であると示していた。


 絶望で颯の顔から血の気が引いていく。


 一体、どれだけの被害が出ているのだろう。人間が争いを仕掛けたのなら、あやかしたちも一方的に襲撃されているだけではきっと済まさない。各地で火が出ているのは反撃で人間の里にも火が放たれているからだと想像がついた。


 ――不毛すぎる。


 あの火の中で今まさに、どれだけの人間とあやかしが蹂躙されているのか。無実の命が脅かされている状況を思うと颯は自責の念で顔を歪める。


 恐らくあの人間が颯につけた目印とやらはもう効果がなくなっていて、気配を辿れないために颯がどこにいるのか見当もついていないのだろう。だから片っ端からあやかしの里を巡り、化け猫の里のときと同様の非道な行いをしているに違いない。


 明るみに出た颯の存在――人間とあやかしの間に産まれた禁忌の子が、今まさに争いの渦中にある。事の重さが一気に颯の肩にのし掛かり、目の前が真っ暗になったみたいに目眩がした。


 颯の立場を憂えて両親が懸念していた以上に、事態は深刻さを増していた。颯の命が狙われるだけでなく、無関係な人間とあやかしまでもが巻き込まれ、その種族間の関係性さえも歪めてしまっている。

 燃え広がる炎の波が、取り返しのつかない状況をありありと颯に突きつけてくる。


「僕のせいで……」


 絶望に染まった顔で颯が嘆くと、オマエノセイと再度声を響かせた木霊が追い打ちをかけてきた。何度も繰り返し言われてきたその言葉の正しさに、もはや颯は自嘲の笑みを漏らす。

 自棄になったら、今自分がすべきことが頭に浮かんできた。 


「……わかったよ。僕は今すぐこの森を出ていく。だからおろして。あと、ねねこちゃんのことも解放して。もし次にねねこちゃんを襲ったら……」


 ぐっと握り締めた拳に妖力をこめる。

 蒼炎を出す素振りを見せた颯の脅しに木々がざわつき、森の上空に掲げられていた二人は静かに地面へと下ろされた。身体に巻きついていた根からも解放されて、ようやく息苦しい圧迫感も消える。


「ねねこちゃん、大丈夫?」

「うん……だいじょーぶ」


 地面に下ろされるなりすぐに座り込んでしまったねねこの目線に合わせて屈み、ぐったりと俯いたその顔色を確める。言葉では気丈に振る舞っているが、声はか細く顔色も優れていなかった。明らかに気分が悪くなっているのは根に締め付けられた影響だけでなく、火の海を見ながら木霊と颯の会話を耳にしていたからだろう。


「……ごめんなさい、ねねこちゃん」

「どうして、おにーちゃんがあやまるの……?」


 すべてとはいかなくても現状の悲惨さをねねこなりに察してしまったはずだが、それでもねねこは頭を下げた颯にしがみついてくる。颯のせいではないと訴えるような澄んだ瞳を直視するのがつらくて早々と目を逸らした。


 いくらねねこにそう言ってもらえたとしても、颯自身が許せないのだ。

 ねねこの故郷や仲間の命も、他のあやかしや人間の命も、颯の存在がなければきっと失われることはなかったはずだから。


 颯の甚平を握るねねこの指先を離して立ち上がる。戸惑ったように見上げてくるねねこを横目に、颯は顔をしかめながらぼそりと告げた。


「僕さえいなければよかったんだ。……ううん、今からでも僕さえいなくなれば、まだ、間に合うこともあるかもしれない」


 颯の顔に暗い覚悟が宿る。

 木の根をうねらせなくなったが未だに複数の視線を向けてくる木霊に向かって颯は問いかけた。


「ねえ、確かさっき、あやかしたちは住処を奪われたって言ってたよね? そのあやかしたちって、ある程度は逃げたりしてるはずだよね? もしかしてここ……迷い岳に、逃げてきてるんじゃないの?」


 上空からこの迷い岳とその周りの一帯を見せられたとき、周辺の山までは火事になっているのが見えたが、この木霊が支配しているこの辺りには火が及んでいなかった。だから住処を追われたあやかしたちが逃げるとしたら恐らくこの迷い岳のはずだ。


 木霊は答えず、木の葉がざわざわと擦れる音だけがその場に響く。まるで颯には聞こえない声でこそこそと内密に話し合っているみたいだが、それこそが颯の憶測が当たっている証拠だろう。


 深い霧が漂う暗闇の向こうに感じる、颯の動向を窺うような様々な視線。それらに向かって颯は頭を下げた。


「僕はここを立ち去ります。だからどうか、ねねこちゃんを頼みます。他のあやかしたちが避難しているところへ案内してほしいんです」


 人間とあやかしの争いが始まってしまっているのなら、ますます人間が来ていた化け猫の里へねねこを帰すことはできない。だったらせめて避難している他のあやかしと合流し、身の安全を確保させたかった。

 狙われている颯とこれ以上行動をともにするより、その方がずっとがいいはずだ。


「やだっ! ねねこ、おにーちゃんといっしょにいる!」


 颯の言葉を聞いたねねこが焦ったように首をぶんぶんと横に振りながら駄々をこねる。颯は心苦しさをこらえてそれを無視し、木霊の出方を窺った。


 さわさわと枝葉が揺れる。すると二人の前に広がっていた木々がまるで道を作るように左右に移動し始めた。ほどなくして、森のさらに奥へ誘うような一本道が出来上がる。


「コッチニ逃ゲロ」


 促すように小さな風が吹いた。どうやら颯の頼みを木霊は聞き入れてくれたらしい。


「ありがとう、木霊さま」


 颯はねねこを立ち上がらせると、道の方に向けてそっと背中を押した。


「さあ、ねねこちゃん、この道を進んで逃げるんだ。他のあやかしに出会えたら助けてほしいとお願いするんだよ、きっときみの力になってくれるはずだから」

「おにーちゃんもいっしょにいこうよ」

「……ごめんね、それは無理なんだ」


 眉を下げながらも颯は断る。頑なに一人で行かせようとしてくる颯の決意の固さに、ねねこは落胆したように俯いた。じわりと瞳が潤んでいくのを見ていられなくて、颯はねねこが進むのを見届けるつもりでいたが諦めた。颯の方が先にねねこに背を向ける。


「さようなら、ねねこちゃん。元気でね」

「おにーちゃんっ!」


 別れの言葉を投げ捨てて、颯は出来上がった道とは逆方向に走り出す。泣いているみたいな悲痛な声が引き止めようと響くが、颯は振り返りたい衝動を唇を噛んでこらえ、一目散にその場から遠ざかろうと地面を蹴って駆け続けた。



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