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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆3章

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大火と厄災の子 (7)


 燃えやすい木々を操っている木霊にとって、炎は明らかに弱点となる。そう踏んだ颯の思惑は見事に功を奏したらしい。

 あくまでも炎ははったりで出す振りに留めるつもりだったのだが、熱だけで思っていたよりも効果があってほっとした。

 しかし、状況はまだ予断を許さない。木々から伸びた根はゆらゆらと揺れながらこちらの出方を窺っていて、枝葉が威嚇するみたいに擦れながら渇いた音を立てている。


 颯はまた捕まってしまわないように自身を囲む全方位の木々に神経を尖らせた。そして慎重にねねこのそばに戻る。半泣きの顔でねねこも駆け寄ってきた。


「おにーちゃん、大丈夫!?」

「うん、なんとかね。ねねこちゃんは何もされてないよね?」


 確認のために一応そう問うと、ねねこはこくこくと首を縦に振った。やはり木霊は、あやかしには敵意を向けてこないのだろう。それが確信に変わる。

 つまり狙いは颯だけ。ねねこに害を与えないとわかったなら、一人で木霊と対峙した方がよさそうだ。そう考えてねねこに離れてもらおうとしたが、木霊の声がまた頭の中に響いてきて邪魔されてしまう。


「汚イ、汚イ、人ノ血」

「醜イ、憎イ」

「オマエガ、人ト我々ノ争イ、引キ起コシタ」

「あ、争い?」


 突然言われたそれに引っ掛かる。

 ねねこが小さく首を傾げた。颯が半妖であると知らないねねこにはちんぷんかんぷんな内容ばかりだろうが、それでも必死に理解しようとしているのか、神妙な面持ちで耳を傾けているように見えた。


「我々ノ山、燃ヤサレタ」

(あやかし)ノ命、妖ノ住処、奪ワレタ」

「不干渉ノ条約、消エ去ッタ」

「全部、オマエノセイ」


 泣いているみたいに悲壮感溢れる声や恨みがこもった禍々しい声が入り乱れる。負の感情にまみれたそれは重苦しくて、声の圧に押し潰されそうだった。


 燃やされたってことは、ねねこの集落のことを言っているのだろうか。そう考えたときに、隣にいるねねこにこの話を聞かれている状況に冷や汗が吹き出た。

 木霊に咎められている颯。その存在こそが、自身の里で火事を起こし家族を奪った元凶であると結びつくのではないか。

 いたたまれない気持ちで颯の目線が下を向く。隣にいるねねこを窺う勇気はなかった。


 直接火を放ったのは颯ではないが父親の炎が集落を飲み込んでいたのは紛れもない事実で、颯を追ってやって来た人間たちが里のあやかしたちを脅かしていたのも確かなのだ。

 木霊が言うオマエノセイは、ねねこにこそ言われても仕方のない言葉だった。


 しかし思いがけないことに、小さな温もりが颯の手を包み込む。手を握られてはっとした颯が俯いていた頭を上げると、ねねこの真摯な瞳と向き合った。


「おにーちゃんのせいじゃない」


 あまりにもはっきりとした声で告げられて瞠目する。言われると想像していたのとは見事に真逆で面食らったものの、颯の心を掬い上げるには十分すぎる言葉だった。


「おにーちゃんは、ねねこを助けてくれたもん。悪いことも、してなかったよ」

「ねねこちゃん……」


 ねねこは静かに、根をうねらせる木々を見上げて言い切った。

 出会ったばかりで素性も知らず、あやかしの木霊に明らかに敵視もされているのに、ねねこは颯の手を握りしめている。こんな状況でも信頼されているとわかり、不覚にも鼻の奥がつんと痛んだ。


「愚カナ、哀レナ、猫ノ(わらべ)

「コイツノ罪、シカト、見届ケヨ」

「っ!? 逃げてねねこちゃんっ……!」


 頭に響く声に怒りの揺らぎが強まったと感じたときにはもう、太い根が颯とねねこに向かって素早く伸びてきていた。颯は咄嗟にねねこの手を引いて自身の背後に隠すが、太く硬い根は二人をまとめて巻き上げる。

 木霊がねねこにまで干渉してきたことに颯が驚くのも束の間、悲鳴を上げる間もなく二人の身体はぐんぐんと高く持ち上げられた。

 空も見えないほどに生い茂った木々の枝葉の中を強引に突き抜けられて、剥き出しの顔に細やかな切り傷ができる。その痛みに顔をしかめた直後、颯とねねこは茂みを通り越して森の上空に押し上げられた。霧深くて暗い視界に慣れていた目に突如眩い光が飛び込んできて目を細める。と同時に上昇していた根の動きが急に止まり、二人の身体ががくんと揺さぶられた。


「うっ!」

「っ!」


 内臓を締めつけられる圧迫感に呻く。一緒に根に巻かれていてすぐ隣にあるねねこの顔色が悪くなっているのに気付き、慌てて声をかけようとしたが、その奥に広がっている景色に釘付けになってしまい労るための言葉が引っ込んだ。代わりに戸惑いがこぼれる。


「な、なんだよ、これ」


 深く暗い森の外はもう、夜が明けていた。頭上には澄んだ朝の瑞々しい青空が広がっている。

 しかし空の端が不気味に赤く燃えていた。朝焼けではない。おびただしい量の黒煙を上げながら、遥か先の地上が赤い炎の海に様変わりしているのだ。

 しかもそれは範囲が広く、またたくさんの場所から同時に出火しているようだった。

 右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、そこかしこで火の手が上がり、山や集落があると思しき地が燃えている。

 ねねこの故郷を燃やした蒼炎とは違ってどれも紅い炎なので、あそこから飛び火したわけではないだろう。それに仮に飛び火や延焼だったとしても、あまりにも火事の規模が大きすぎる。ここから見える範囲のほとんどが燃えているのだから。

 もはや無事なのは、この迷い岳の一帯だけではないだろうか。颯の家がある山の方からも煙が見えていて、ぎりっと歯噛みした。


「何が、起きてるの」


 朝日の下で燃えている四方を呆然と見渡した。追い打ちをかけるように、木霊の声が頭に直接届く。


「オマエノセイ」

「僕のせい……?」

「人ガ妖ニ争イ、仕掛ケタ。モウ、共生デキナイ」

「なっ、なんでっ? なんでそんな争いをしなくちゃいけないんだよ!」

「オマエノセイ、オマエノセイ」


 頑なに木霊は同じ言葉を繰り返す。輪唱するように何度も何度も言われ続けて、頭がどうにかなりそうだった。耳を塞ぎたくても塞げる状態でもないし、第一木霊の声は耳を塞いでいても颯を責め立てるべくしつこく脳内に入り込んでくるだろう。


 オマエノセイを言い続ける狭間で、木霊が冷たく言い放った。


「人、オマエ探シテル」

「禁忌ノ存在、探シテル」

「排除、排除」

「我々ノ住処カラ立チ去レ」


 空中で捕まったままの颯の真下で、山林がざわざわと威嚇してきた。恐らくこの迷い岳と呼ばれる森林全域が木霊というあやかしの配下なのだろう。それがあやかしの総意だと言わんばかりに颯の存在を拒絶していた。


「人間が僕を探してる……」


 確かめるように自分の口でそう言うと、ねねこの集落での出来事が一気に脳裏を過る。そしてとても恐ろしくなった。


 まさか人間は颯を探しながら、あやかしの住処を一つ一つ燃やしているというのか――。


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