大火と厄災の子 (5)
髭面の男の手に握られた刀の先からぽたりと血の滴が地面に落ちる。刀身の血が振り払われると、躊躇うことなく再びあやかしたちに向けられた。目の前で仲間が斬られたばかりのあやかしたちの肩が一斉に震え始め、すっかり怯えた目で人間を見上げている。
「化け物一匹死んだとてどうでもよい。こちらの問いにまともに答えられない口もいらんだろう。……もう一度だけ言ってやろう。私はおまえらに、半妖はどこだと聞いたのだ」
異様な空気を悟ったのか子どもたちがわっと泣き出す。注目されて次の標的になることを恐れたように、母親たちが必死の形相で子どもを宥めていた。
女性と子どもたちを守るように男性陣が前に出る。その顔は強張り萎縮したままだが、これ以上傷つけられてたまるかと踏ん張っているのが伝わってきた。
「だから、そんなの知らないんだよ!」
「この期に及んでまだ嘘をつくとは、本当に化け物は浅ましいのだな。目印をつけておいた半妖の気配は確かにこの村に続いていたのだ。しかし来てみたら妖力が流れている火事のせいで気配が途切れていた。おまえら、居場所を誤魔化すためにわざと妖力で火を放ったのだろう」
呆れたようにため息をつきながら人間が放った言葉に、颯は血の気が引いていくのを感じた。
おもむろに、あの男に触れられた覚えがある右肩に手を当てる。あのとき、一瞬の痺れた痛みと妙な違和感があった。まさか、気配を探る細工をされていたなんて。
あとをつけられていると気付けなかった後悔が颯の胸を締め付ける。
つまり、あの人間たちは颯を探し求めてこの村に来ているわけで、あやかしたちは颯がここにいるなんて知るよしもないまま、居場所を答えろと無茶振りをされているのだ。
「僕のせいで……」
激痛に悶えていた化け猫の男がぴくりとも動かなくなっているのが遠目でもわかる。そばにいる女性が必死に名前を呼びながら泣いており、もう息がないのかもと思うと颯は頭がくらくらした。
自分のせいで無実の人の命が奪われたかもしれないなんて、到底受け入れがたい状況だった。
最初に刀を向けられていた男が悔しそうに言い放つ。
「馬鹿言えっ! なんで俺らが村に火をつけなきゃいけねぇんだよ!? いきなり火柱が里長の家から上がったと思ったらあっという間に村中が火に飲まれちまって、俺らは必死に消火しようとしてたっていうのによぉ!」
「じゃあ、その里長が半妖を隠しているのではないか? そいつは今どこにいる」
「……わからねぇ。どこにも見当たらねぇんだ。里長の家はとっくに燃えちまってるし、火が出て先に逃げたのかもしれねぇけど……。でもっ、でもよ! 里長は火の妖術なんて使えねぇんだ! だからこんな村に一気に火が回るなんて芸当、里長ができるはずがねぇんだよ! それに半妖だかなんだか知らねぇが、そんなやつを匿う理由もないだろうし……」
里長に疑いの目を向けられて、化け猫たちも困惑しているようだった。そもそも出火の原因さえ納得がいかないようである。
村を飲み込んでいる蒼炎は間違いなく鬼の妖術だ。人間も化け猫も火に流れる妖力の鬼の気配には気付けていないみたいだが、鬼の血が流れている颯にはそれだけはきっぱりとわかる。
ゆえに、父親がどうして里長とやらの家で妖術を使ったのかまた新たな疑問が浮かんできた。
――『少し知り合いを訪ねてみようと思ってな』
今朝家を出るときに父親はそう言っていた気がするが、それがこの化け猫の里の里長だったのだろうか。しかし、どうして知人の家やその村を燃やすなんて非情なことをしているのか。
普段の父親を知っている颯からすると、血迷った行動にしか思えない。しかも偶然居合わせてしまった颯さえも攻撃してきたぐらいだ。よくよく考えると目的も不明で支離滅裂な行動のようにも思えてくる。
「……まあいい。おまえらの言い分が本当かは調べたらすぐにわかることだ。その里長の家を教えろ」
「あ、あっちだ。村の一番奥の……」
髭の男に促されたあやかしの男の指が颯が忍んでいる方向を指した。まずい流れを感じて肩がぎくりと跳ねる。
髭の男が仲間に指示を出し始めた。颯はその声を聞きながら、屈んだまま近くの燃えている家の後ろを通ってねねこを置いてきた斜面の方を目指して走り出す。
「第2班と3班は村の中を捜索しろ。半妖も里長も、見つけ次第すぐに捕獲だ。第1班はこいつらを捕捉したまま軍本部に連行。私は里長の家を見てくる」
「了解しました!」
あやかしたちを取り囲んでいた人間たちは威勢のいい返事をするとそれぞれの役目を果たすべく動き始める。その姿をねねこの家の影から視認して颯は斜面に滑り込んだ。おそらく、向こうからはぎりぎりこちらは見えなかったはず。
急いでねねこのもとへ戻ると彼女はまだすやすやと眠り込んでいた。結界を解き、どうかぐずられないことを願いながら肩を揺する。
「ごめんねねねこちゃん、起きてくれるかな」
「うー、ん……」
颯の潜めた声に反応して、ごろんと寝返りをうったねねこが目元を擦る。ぱちぱちと瞬きを繰り返して焦点が合った瞳が颯を見上げた。
「あっ、おにーちゃん……」
「……お父さんとお母さんのところに連れていってあげる。だから一緒に来てくれるかな」
心苦しいが、この状況ではこう偽らないとねねこを動かせなそうになかった。
本当なら、ねねこを里の大人たちに任せて自分だけでこの場を離れるつもりだった。しかし頼みの綱はなぜか人間たちに連れていかれてしまうらしい。あんな躊躇なく刀を振るう様を目にしてしまったら、あそこに送り出すのは得策とは思えなかった。
どこへ行けばいいのか。子どもだけでどうすればいいのか。先のことなど全然想像もつかないが、颯もねねこも今はここから逃げるべきだと判断した。
「いい? ねねこちゃん、声を出さずに僕についてきて。ちょっと走るかもしれないけど頑張れるかな」
颯が手を差し出すと、ねねこはこくりと頷いて手を握ってくれた。伝えた通りに口をつくんでくれていて安堵する。
大人しい様子を見ていると、親のもとへ連れていってもらえると心から信じていそうで申し訳なくなった。しかし今は人間たちがすぐそこまで捜索に当たっているので、良心を痛めて躊躇している暇もない。
繋いだねねこの小さな手を離してしまわないようにしっかりと握った。震えがねねこに伝わってしまわないか心配になる。
焦りと恐怖と緊張がない交ぜになった複雑な感情を押し殺すように、深呼吸して無理矢理顔を上げた。
「行こう」
斜面のさらに下に向かって二人で早足で歩み出す。喧騒と炎が遠ざかるまで、颯は必死にねねこの手を引き続けた。




