大火と厄災の子 (4)
髭の男がおもむろに、刀の刃先を喚いていたあやかしの内の一人の喉元に突きつけた。強気な言葉で抵抗していたあやかしだが咄嗟に口をつぐみ、息が詰まったような表情になる。周りの騒いでいたあやかしたちもあからさまに向けられた敵意に瞠目して、一瞬の静けさが訪れた。
その光景を目にした颯も目を見開く中で、髭の男だけがまるで愉しんでいるみたいに目尻の皺を深くしながら口角を上げる。
「おや、ちゃんと黙れるんだな」
「なっ、てめ、なにしやっ……ぐぐっ!」
「静かにしたまえ。喉から吹き出す血を見たくなければ大人しくその口を塞いでいることだな。化け物でも、それぐらいの知能はあるだろう」
喉仏にぐっと刃を押し込まれたあやかしは苦悶の表情を浮かべながら、渋々といった感じで黙りこんだ。他のあやかしたちも目配せしながら、無闇に動くのは危険だと判断しているようだ。何せこの場を支配している髭の男以外の人間たちも皆が帯刀している。いつそれらが一斉に向けられるかわからない恐怖を前に、あやかしたちは仕方なく服従を選んだように見えた。しかし全員の顔には戸惑いの色が宿っている。
颯もこの状況を飲み込めずにいた。
どうして今も目の前で集落が燃えているというのに、人間たちはそれを放棄してあやかしたちを拘束しているのか。
あやかしと人間は仲が悪いのだろうか。自分みたいな人間でもあやかしでもない中途半端な存在がよくないとされているのは両親の会話を盗み聞きしていたので知っているが、種族間にもそんな亀裂があったのだろうか。
今日初めて行った人里ではあやかしと人間の両方を見かけたし、対立している様子はなかったように思うが……。
ふとそこで、両親が話していた別の内容を思い出した。
父親が職を失った話だ。確か職場の人間たちがあやかしの父親を見る目が変わったとか言っていたような。じゃあ、逆もあり得るのか――。
「化け物たちよ、質問に答えよ」
あやかしたちのことを頑なに化け物と呼ぶ髭の男の冷めた声を聞きながら、颯はようやく察した。あの人間はあやかしを忌み嫌っている。
しかしそんな個人的な感情であやかしたちを拘束して許されるはずがない。跪かされながらもあやかしたちが訴えていたのがまさにそれだ。
しかし周りの人間が髭の男に異を唱える様子もなく、むしろそうするのが当たり前のような顔で威圧感を醸し出しながらあやかしたちが逃げ出さないか見張っている。
髭の男が鋭く目を細めた。
「――半妖はどこだ」
颯は血の気が引くのを感じた。今までよりさらに息を潜める。まさか、と声にならない吐息で唇が震えた。
「半、妖……?」
「なにそれ、あなた知ってる?」
「いや、何のことだか……」
あやかしたちは囁きながら顔を見合わせる。颯の存在を知らない彼らには、半妖と言われても咄嗟に意味は理解できないだろう。
知らないものの居場所を問われて困惑しざわつき始めるあやかしたちに、髭の男が苛ついたように舌を打った。
「白々しい嘘はやめろ。本当は知っているだろう、鬼と人間の血を引いた五歳くらいの男だ」
「えっ、子どもなのか」
「そんな子、いたかのう」
「鬼なんて村には住んでないわよね?」
「村人じゃないなら知らねぇなぁ。何せこの化け猫の里は、人間もあやかしも毎日足繁く通うような商売の要の里だぜ。人の出入りが多すぎて、いちいち里に来たやつの顔なんて覚えてられないぜ。人間さんよ、あんたもそれぐらいわかってんだろ?」
刀を向けられていないあやかしの男が自信たっぷりに答える。嘲笑うような態度に髭の男の眉がぴくりと動くが、化け猫らしい男はゆらゆらと尻尾を振りながら調子よく続けた。
「そもそもよぉ、鬼と人間の子だって? そんなもんがいるわけねぇだろ。あやかしと人間の不干渉条約でも、血を混ぜるような行いは禁止されてるんだからな。俺らあやかしの血が人間の血と混ざるなんて、想像しただけで反吐が出るぜ!」
口が回る男の言葉に、他のあやかしたちも険しい顔のまま同意するように頷いた。
「人間さんよ、知らないなら教えてやるよ。あやかしは同じ種で群れるもんだ。それぞれ住処を分けるぐらい、自分らの血を汚さず継ぐのが大好きってわけさ。まだ俺ら化け猫は他のあやかしや人間とも最低限の交流ぐらいならするが、鬼のやつらは一際違う。血が濃い一族であることに強く拘ってやがるし、あやかしの中でも妖狐と並ぶ傲慢っぷりだぜ。そんな鬼が不干渉条約を破ってまでおまえらみたいな低俗な人間と交わるなんてぜってぇありえねぇだろ」
鼻を鳴らすように笑った男の言葉に、颯は目眩がしそうだった。あまりにも彼が話す鬼が同じ鬼であるはずの父親の姿とかけ離れていたから。
しかし、おかげですべて合点がいった。
家族がどうして山奥に結界を張って暮らしていたのかも、あやかしと人間の両親が結ばれるのを反対されて誰かから狙われていたらしいことも、颯が禁忌の子だと憂えていた訳も――。
颯たち家族の関係性は、結界の外のあやかしと人間たちには到底受け入れられないものだったのだ。
特に父親は仕事場にまで鬼の仲間が襲撃に来たと話していたぐらいだし、人間と恋仲になる道を選んだ父親は鬼としては異端児扱いだったのだろう。そしておそらく母も。
それでも両親は種族を越えた絆で結ばれていて、確かな愛情を颯に注いでくれていたのだ。そして、あやかしにも人間にも認められない存在の颯を守ってくれていた。
出自を離れて反対されながらも、三人で生きていくことを選んでくれていたはずだ。それなのに……。
両親に拒絶された記憶が脳裏を過り、俯いた颯の顔色が悪くなる。
二人はもう、許されない立場に嫌気がさしてしまったのだろうか。だからあんなふうに、邪魔になる存在を排除しようと……。
嫌な考えほどどんどん現実味を帯びてきてしまう。
そんなどん底に沈んでいきそうな颯の意識を、冷徹な声が呼び戻した。
「無駄口はそれで終わりかね」
直後、耳を塞ぎたくなるほどの痛々しい悲鳴が響いた。
「うぎゃああぁぁっ!」
「あなたっ……!」
「おい、大丈夫か!!」
「なんて惨いことを!」
何事かと顔を上げて人だかりに視線を戻した颯は絶句する。
さっきまで意気揚々と話していた化け猫の男がのたうち回っていた。その口元が大きく横に裂けていて、深そうな傷口からどばどばと吹き溢れる鮮血に颯は気分が悪くなり、慌てて両手で自身の口を覆った。
今えずいてしまったら、確実にあちらに気付かれてしまう。堪えた胃の気持ち悪さに脂汗が滲み、じわりと涙が浮かんだ。
周りのあやかしたちは拘束されたままの手を懸命に動かし、首にかけていた手拭いや口で引き裂いた着物の端くれで必死に男の傷口を圧迫して止血を試みている。しかし後ろ手の状態では力も入りきらず、それが意味を為していないのはあっという間にぐっしょりと赤黒く染まった布の塊を見れば明らかだ。
「たっ、頼む! 早くこいつに治療を……!」
「このままじゃ死んじゃうわ!」
青ざめたあやかしたちが懇願の姿勢を見せるが、人間たちがそれに応えようとする気配はなかった。我関せずとその場に立っているだけだ。




