大火と厄災の子 (3)
「……ううっ、ぐっ、うわあああああああ!!」
全身を蝕む黒い感情を解き放つように叫んだ。
「うあああああ! ううっ、うわわぁぁぁぁぁ――」
力が入らない身体に鞭を打つように、頭が痛むことも忘れて声を枯らした。こうでもしないと胸の痛みに身を引き裂かれてしまいそうだった。
這いつくばった体勢で何度も地面を拳で叩く。瞳からいくつもの涙が土の上に落ちるが、炎の熱気でたちまち渇いて見えなくなった。喉はからからなのに全身は汗で濡れていて、このままここに倒れていたらあっという間に煙と炎で焼け死んでしまうだろう。
「……げほ……もう、いっか……」
仰向けになり、嘲笑を浮かべながら火の粉が舞い踊る星空を仰ぐ。叫び疲れたのも相まって気力は失われつつあった。
颯にとって世界の中心だった両親はもうそばにいてくれない。結界の中でも外でも一人きりになってしまった颯には行く宛もなく、生きる意味も見出だせそうになかった。
このまま颯が消えてしまっても困る人も悲しんでくれる人もいないだろう。そう考えたら瞳からこめかみへ新たに一筋の涙が伝った。
人影が姿をくらました林が轟々と燃える音を聞きながら、静かに目を閉じかけたときだった。
「……なんで――が、やめっ…………!」
微かにだが、揉めるようなただならぬ雰囲気の声が聞こえたような気がした。閉じかけていた瞼を上げて声がした方に意識を向ける。
「……おまえら! こん……なこと、許され――!」
「……おい……しろ」
「なん……、はな……」
「大人……しく……け!」
家々が燃えている方から聞こえてくるが、どうも様子がおかしい。あちらには消火していたあやかしたちが残っていたはずだが、鎮火に手こずっていた緊迫さと今聞こえてくる声の焦りが異なっている気がする。明確に違いがあるわけではないが、小さな違和感が確かに颯の意識に引っ掛かった。
それと同時に、向こうに一人で置いてきてしまった女の子の存在を思い出す。
「そう、だ……。ねねこちゃんを、逃がしてあげなくちゃ」
妖力を込めた陣を伴った結界なので、その妖力が果てていなければ今でも火の手からねねこの身を守ってくれているはず。しかしあの場から動かないようにと言い聞かせてきたので、律儀な子であればまだあそこで颯の帰りを待ったままだろう。
誰か大人が気付いて避難させてくれていたらいいが、ざわつく声を聞いていたら大人たちにもそんな余裕はなさそうで期待できない気がしてきた。
「……行か、なきゃ」
目的ができたおかげで翳っていた颯の目にじわりと生気が戻ってくる。踏ん張ってどうにか打撲で痛む身体を起こしてみると、横になっている間に少しだけ体力が回復したのか、ぎこちないながらも立てるようになった。
呼吸を整えようと長く息を吐く。煙を吸い込まない程度に短く息を吸ったあと、颯はよろよろと歩き始めた。
「確か、この辺だったと思うけど……」
燃えている家を避けるように早々に斜面を下り、まだ火の手が及んでいない茂みを進みながら目を凝らす。斜面の上の燃えている一帯を苦々しい思いで見つめながらおおよその記憶と自分の結界の妖力の気配を頼りに歩いていると、見覚えのある小さな結界を見つけた。
「よかった、無事だった……」
結界は張ったときのままの姿で、何かしら外部から影響を受けている様子もなかった。幸いここには火も届かなかったらしい。
中にいるねねこは横になって身体を丸めている。疲れて眠ってしまっているだけのようで、泣き叫んでいた印象が強かっただけに穏やかな寝顔に颯は安堵した。
ねねこの規則正しい寝息を聞いていると颯の張り詰めていた気も緩んでしまい、結界のそばにぺたりと座り込んだ。
ねねこの無事は確認できた。あとはこの子を大人たちに託そう。未だにこの子の両親は見つかっていないし、颯と同じで一人ぼっちになった可能性は限りなく高いが、同じ集落のあやかしたちならきっとこの子を受け入れてくれるだろう。
人間でもあやかしでもない颯とは違って、同じ種族の仲間はいるのだから。
自分にはないものを思うと寂寥感に苛まれるが、羨んでもどうにかなるわけでもない。もうひと頑張りだと心の中で鼓舞すると、颯は立ち上がり助走をつけて斜面を駆け上がった。
すっかり燃え殻になっているねねこの家のそばには人影はなかったが、喧騒に引き寄せられるように集落の端に向かうと人だかりができていた。残っているあやかしたちは懸命に消火作業に当たっていたはずだが、さすがに鎮火は無理だと諦めて避難することにしたのかもしれない。
それなら早くねねこの存在を教えなければと颯は手を挙げて声をかけようとしたが、目に飛び込んできたそれに気付いてすんでのところで思いとどまった。
「なん、で、ここに……」
中途半端に手を挙げたまま全身が強張る。
嫌でも脳裏に刻まれていた。
母親を連れていった、黒い服装の人間――。
そんな同じ格好をした男たちが人だかりに複数混じっているとわかり、颯は咄嗟に目に入った井戸の陰に身を隠してこっそりと様子を窺った。
集落の火事に気付いて応援に駆けつけたにしては、どうも様子がおかしい。一ヶ所に集められたあやかしたちは手を背中側で拘束されながら跪かされていて、まるで檻を作るように黒い服装の集団が取り囲み立っていた。
異様な雰囲気に颯は眉をしかめる。逃亡を阻もうとしているような様子は母親のときと同じだ。ましてや今は母親以上に身体的拘束もされていて、あやかしと人間のどちらの数も多いせいでより物々しく感じる。
「おめぇら! 何の権限があってこんなことしやがる!」
「人間があやかしに手を出したらどうなるかわかってねぇのか!」
「おいおい、今どきの人間は不干渉条約も知らねぇのかよっ」
あやかしの中でも血の気が多そうな者たちがこの状況に屈しないと言わんばかりに口々に吠えていた。積極的に消火していた加減か男性が多く残っているように見えるが、後方には逃げ遅れていたらしい年配者や子ども連れの女性の姿なども確認できる。喚く男性陣の後ろで震えながら身を寄せあっていた。
「――うるさいな。大人しく黙ることもできないのか、この化け物どもめ」
抑揚はあまりないのに温度が低いような不快な声。とても聞き覚えがあった。颯の心音が速くなる。
黒い服装の人間の輪から一歩、一人の男があやかしたちの前に出た。その手に握られた長い刃物の刀身が蒼炎に照らされて怪しく光っている。
まるで忌々しいとでも思っているように見下す目つきと口髭がある顔に覚えがあった。
「あの男だ」
間違いない、母親を連れていった男だ。よく見ればあやかしたちを取り囲む輪の中にも、あのときに一緒にいた年若い方の男も並んでいる。
どうしてあの男たちがここにいるのだろう。母親はもう、あいつらが話していた本部とやらに連れていかれたのだろうか。
一緒に去ってしまった母親の姿がないことに落ち込みそうになるが、どう考えても不穏な空気が漂っているこの場にいなくてよかったと思い直した。




