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焔の契り~騙せない妖狐の初恋譚~  作者: 佐東 利里子
◆3章

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颯の記憶 (4)


「やめてください! 人違いです!」

「いや、あなたは櫻井家が捜索願いを出している櫻井巴さんで間違いないですね」

「っ、違いますってば!」

「無駄な嘘はやめなさい。私は君のお父様と旧知の仲でね。君は覚えていないかもしれないけれど、過去に幼い君と会ったこともある。そのときに感じた櫻井家特有の異能の気配は、間違いないなく今の君から感じ取れるものと同じだよ」


 颯は斜面を下りきると、一番下の雑草の茂みから母親たちの様子を窺った。枯れ草の茂みは颯の身長よりも高くすっぽりと姿を隠せているので、じっとしていれば向こうが颯の存在に気付くこともなさそうだ。

 本当はすぐにでも母親に抱きつきたい衝動もあったが、聞こえてくる話の内容に嫌な予感がしてじっと身を潜める。先日の両親の会話を盗み聞きしたときのように、颯は不穏な空気を察知していた。


 颯の父親ぐらいの見た目の若者と鼻の下に髭を生やした歳上らしき男性の二人組は、母親の前後に立って行く手を阻んでいるようだ。母親はなんとか隙間から抜け出そうと試みているようだが、母親が微かに動くだけで簡単に包囲されてしまっている。

 唇を噛む母親の顔が青ざめて見えた。


「確かこの方、鬼と駆け落ちしたから捜索されてるんでしたよね。おかしな術で洗脳でもされてるのでは?」

「それはありえそうだな。ああ、おぞましい……」


 年配の男性が母親を見下ろすような軽蔑の眼差しを向ける。それがあまりにも不快に感じて、颯の頭の中で何かが切れる音がした。咄嗟に茂みから飛び出そうとするが、それよりも早く母親の怒号が空気を揺らす。


「ふざけたこと言わないで!! 私は洗脳なんてされていません!」


 目の前に立つ髭の男性を母親は睨みつけた。いたずらをした颯を叱るときとは比べ物にならないほどに眉が吊り上がり、瞳の奥に熱い意思を感じるほどに感情的になっている。

 面と向かって言われているわけではない颯がその剣幕に驚いてしまうのに、男性は痛ましいものを見るように目を細めただけで終わる。若い方の男性にも母親の訴えは何も響いていないのか、呆れたようにわざとらしく息を吐いた。


「ならば素直についてきたらどうですか。ご家族が長年、どれだけあなたを心配して探し回ったと思っているんです」

「嘘よ! 心配なんかしてない! 私とあの人が一緒になるのが許せないだけ! 許す気がないのだから、連れ戻されたらどうなるかもわからない……。私はただ、あの人と生きていたいだけなのに。それの何が悪いの……?」

「……随分鬼に心酔してしまっているな。(ほだ)されてかわいそうに。大丈夫、私たちについてきたらすべて忘れて全うに暮らせるようになるさ」


 憐れみの目を向ける男性たちにぐいっと強く腕を引かれて母親がつんのめる。踏ん張ろうと必死に抵抗するが、男二人の力にはさすがに敵わないようでほとんど引きずられるようにその場から徐々に動かされてしまっていた。

 ――このままではあいつらにどこかへ連れていかれてしまう。痺れを切らした颯は茂みを掻き分けて駆け出した。


「やめろ! お母さんを離せ!」


 母親の後方から強引に背中を押していた若い方の男に体当たりした。いきなりよろけた男と突然現れた颯に驚いてもう一人の男が油断している隙に、母親の腕を拘束するように掴んでいた手に思いきり噛みつく。


「いって! 何だこの子ども!」

「颯!? なんでここにっ……」

「こいつ、どこから現れた!?」

「おい待て、今この子ども、なんと言った?」

「あっ……」


 男たちの目が颯と母親を訝しげに見比べる。母親はまだ怯えているのか絶望の表情を浮かべているが、颯は自分が来たからもう大丈夫だと伝えるようにそんな母親に抱きついた。


「お母さん、大丈夫!? 僕が助けに来たよ!」

「この子ども……君の子なのか。ま、まさか鬼との――」

「っ、違うわ! この子は関係ない!」


 首をぶんぶんと横に振った母親によって、颯は慌てて引き剥がされた。父親ほど頼りになるとは言えなくても自分の登場で多少なりとも母親の助けになれると思っていたから、その拒絶はあまりにも予想とは違っていて戸惑ってしまった。

 普段なら抱き締め返してくれる母親は、颯から一歩距離を置くように後退る。血色の悪い顔で唇を震わせた。


「ぼ、坊や……迷子なのかな。私はあなたのお母さんじゃないよ。誰かと間違ってるわ」

「なにを……言ってるの? お母さんは、僕のお母――」

「お母さんじゃないってば!!」


 怒鳴られてびくりとした颯は半泣きになりながらも拳をぎゅっと握って嗚咽を堪えた。

 どうして、なんで。急にそんな酷いことを言われる理由がわからない。

 目の前にいるのは紛れもなく自分の母親なのに、そんな嘘をつかれて突き放される訳が颯には理解できなかった。

 母親からの拒絶で颯の口は硬直したように言葉を発することができなくなってしまったが、どうにか手だけでも母親に伸ばして歩み寄ろうとする。しかし母親が背を向けて男たちの方に一歩進むので、それさえも虚しく届かなかった。


「……すみません。突然のことに混乱してあなたたちを拒絶してしまいました。あなたたちの言うことが正しいと思うので、櫻井家に帰ります」


 無表情で淡々と話す母親の急に大人しくなった態度に男たちが訝しげに目配せした。そして母親と颯に聞こえることを気にしてかひそひそと話し始める。

 実際はすべて、颯の耳には筒抜けではあったが、男たちに気付かれないように颯は黙ってそれを聞いていた。


「妙ですね、明らかにこの子どもが来てから態度を変えましたよ。子どもを庇って嘘をついているとしか思えませんけど」

「おそらく……というか、確実に彼女の子だろうな。しかも鬼との間にできた子だ。あやかしでも人間でもない妙な気配がしているから間違いないだろう」

「だったら一大事ですよ! どう考えても禁忌の子じゃないですか! あやかしと人間が交わるのは御法度ですよね? だから今までだって掟を破って恋仲になった者たちは(みな)淘汰されたきた。その甲斐あって混血の禁忌の子が産まれずに済んできたのに……。今すぐこの子を捕獲するべきでは?」

「いや、一旦野放しにしよう。私に策がある」


 髭の男が不敵に笑う。二人は目配せして頷き合った。

 あからさまに嫌な雰囲気を感じ取った颯は奥歯を噛み締めた。母親は拒むだろうが、何がなんでもこの男たちから二人で逃げなければいけない使命感に駆られる。

 しかし颯が母親に声をかけるより先に、若い男の方が体裁を繕ったような顔で口を開いた。


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