第230話 黒い炎
4本腕は黒い炎を必死に叩いている。
しかし、炎は消える様子がない。
ダンジョンボスやユニークモンスターに対してもそうだったが、黒い炎は何故か消えない。
「ギエロ! ギエロ!」
4本腕は手で叩いたところで意味がないと思ったのか、地面に倒れ込んで転げ回り始めた。
転げ回ると草木を倒し、土が舞い上がり、近くにいる者を踏み潰す。
4本腕は周囲がどうなろうと気にせず地面を転げ回っている。
10メートルを超える巨体が地面を転げ回ると、騎士が押し潰されてしまう。
鍛えている騎士が死ぬような怪我を負うとは思えないが、さすがに無傷でいるのは不可能。怪我を負う前に4本腕を止める必要がある。
「押さえ込め!」
俺と同じ考えに至ったようで、フランク王太子殿下が命令を出す。
黒い炎を気にしないスカーレットドラゴン王国の騎士が4本腕に群がる。
完全獣化した騎士たちは4本腕を簡単に押さえ込む。
4本腕は四肢を固定され仰向けに組み伏せられる。
最初は4本腕も抵抗していが、徐々に力をなくして動かなくなる。
動きが緩慢になってくると、禍々しい魔力が衰えているのに気づく。
騎士の力が優っているというより、炎によって力が抜けているのか?
「黒い炎は変化させる力。つまりダンジョンの核から得られる力が、他の何かに変化してしまったというところか?」
黒い炎が燃えている間は、不老不死ではなくなっている可能性すらある。
炎が消えれば効果も消えそうだが、黒い炎を吹いた俺にも消し方はわからない。そもそも今のところ黒い炎が何を燃料にしているのかわかっていない。
「グギッ!」
4本腕が潰れたような妙な声を上げ、痙攣しながら背中を反らす。
騎士たちはまだ手足を押さえているだけで、妙な声を上げるほどの攻撃を4本腕に与えていない。
反っていた背中が地面につくと動かなくなる。
「死んだ? いや、胸は動いているか?」
死んだわけではないか。
だが体は脱力しており、目が裏返って白目をむいている。
意識はなくなっていそうだ。
「き、貴様! 何をした!?」
グレッグの声。
セオドアと戦っていたはずのグレッグが戦うのをやめ、飛んでいる俺を見上げている。
いつの間にかグレッグ以外も戦うのをやめている。
「何をしたかと問われても、俺も何が起きたかわからないので答えられないな」
もっとも、理由がわかっていたとしても答える義務はない。
転変力について聞きたいが、逃げられる可能性を考慮すると、捕まえてから聞いた方がいい。最悪に聞き出せなかったとしても、自力で調べればいいしな。
今は黒い炎がエリクサー・ラボラトリーに効果があるとわかっただけで十分。
「惚けるな!」
「残念ながら本当に分からなくてな。すまないが、実験に付き合ってくれ」
「な! 我々で実験するつもりか!?」
牙の生えたグレッグは目と口を大きく開ける。
見た目は完全に人でなくなったというのに、表情から驚いているのがわかる。
「気を失ってはいるようだが、まだ息はある。何、子供をユニークモンスターに変えるほど極悪ではないだろ?」
下水道にあったダンジョン内にいた子供のレイスを思い出す。
レイスとなった犠牲者は10歳前後の幼い子供たち。
非道な実験を繰り返していたのはむしろグレッグたちエリクサー・ラボラトリー。
「賢者の石に選ばれず、ユニークモンスターになるしかなかった有象無象と、賢者の石に選ばれた我らを同列に扱うな!」
賢者の石に選ばれるという意味がいまいち理解できないが、グレッグには賢者の石に選ばれたという線引きがあるのか。
賢者の石に選ばれたという言葉の意味はおそらく、ダンジョンの核を体内に取り込んで生き残ったという意味だろう。つまり彼にとってはダンジョンの核を取り込んで生き残ったのが誇りなのだろう。
「グレッグが何を誇りにしようと勝手にすればいい。しかし、人を蔑んで、無関係の人を実験台にするのは決して許されない」
仮に不老不死になったからといって人を殺めていいわけではない。
グレッグの理論は全くもって理解し難い。
「我らを実験台にしようとしている者が何をいう!」
「別に積極的に実験台にしたいわけではない。降伏すれば実験を止めよう」
別に俺は戦闘狂ではない。
しかも俺たち騎士はモンスターが専門で、対人戦は想定していない。
本来の得意分野以外で動いており、できるのなら本来の任務に戻りたいほどだ。
「ふざけるな! セオドアのいるこの状況で降伏などできるわけがない!」
致命傷を与えようとしていたセオドアの様子からして、降伏すればダンジョンの核を抜かれるのがわかりきっている。
しかし、1000年生きても死ぬのが怖いのか。長く生きれば死の恐怖を克服するものだと思っていたが、年数で克服できるようなものではないのか。
「降伏できないというのなら、痛い目に遭ってもらう」
グレッグの顔が引き攣る。
人の見た目をしていないのに表情が豊かだ。
「あいつを殺せ!」
敵の魔力が放出される。
戦闘再開だ。
俺めがけてビームや炎などの魔法が撃ち込まれる。
力を溜めながら、空中で旋回する。
「セオドア様、お下がりください!」
次に火を吹く場所を探すため、地上を注意深く観察する。
4本腕がのけぞって気絶したのを見た後なのもあり、味方に黒い炎を浴びせるわけにはいかない。
「ボクは気しなくていい!」
「いいえ、下がっていただきます!」
周囲から言われているがセオドアは下がろうとしていない。
最悪そのまま火を吹いてしまうが、できれば巻き込みたくないので下がって欲しい。
地上の様子を見ている間もビームなどの魔法を避ける。
進行方向を塞ぐように放たれたビームを避けるため、右に旋回。
追尾してくるビームを左右に揺れて避けつつ、速度に緩急をつけて狙いを定めさせない。
「アイザックの邪魔になる下がれ」
スカーレットドラゴン王国の騎士がセオドアに組み付いて引きずっていく。
味方のおかげでセオドアを含めたフラワーオウルの騎士が下がっていく。
「サンダーボルト!」
パーシーの雷魔法。
狙いを定めた魔法であるため、サンダーストームと違って避ける必要はない。
雷が落ちた先には墜落していく敵がいる。どうやら飛ぼうとした敵がいたようだ。
「飛ばれると面倒だ。まずは翼がある敵を狙おう」
地上を見るとグレッグを中心に翼を持つ敵が固まっている。
しかもセオドアが引きずられて行ったため、騎士がちょうどいない。
グレッグに狙いを定めて急降下する。
急降下したためか進行方向がわかりやすくなり、俺を狙う魔法の量が一気に増えた。盾を使えば攻撃を止められるが、速度が落ちれば魔法が集中してしまう。
気合いで全ての攻撃を避ける。
徐々に地上が近づいてくる。
グレッグの引き攣った顔が見える。
「やめろ!」
グレッグは背中を向けて逃げようとする。
背中に向けて火を吹く。
「グラララ!」
黒い炎を広範囲に吹き付ける。
グレッグを含めたエリクサー・ラボラトリーは逃げようとしていたが、広範囲の炎に逃げきれず炎に包まれる。
「……あ? 熱くない?」
火を吹き終わると再び上空へと急上昇する。
グレッグのなんともないといった声が響く。
「あああ! 体の中がいだい! なんだこれは!」
すぐに声が急変する。
痛がっている様子から、なんともないのは最初だけだったようだ。
黒い炎は体内に何か効果があるのか。体内に黒い結晶でもできているのか?
「いだい! きえろ! ギエロオオ!」
グレッグが4本腕同様に転げ回る。
しかし、地面に転がろうと黒い炎は消えない。
「次」
敵はグレッグだけではない。
全ての敵を黒い炎で燃やすため再び降下する。




