日本崩壊 ― 巨大地震と感染拡大
2036年8月3日、正午。
日本列島を超巨大地震が襲った。
震源地に近い沿岸部では震度6強、物語の舞台となる都市部でも震度6弱の激しい揺れが観測された。
全国の広い範囲で被害が発生し、さらに津波によって日本の沿岸部へ大量のFMウイルス感染者が流れ着いた。
それまで感染拡大を防いでいた日本は、地震による被害とFMウイルスの感染拡大という、2つの危機へ同時に対処しなければならなくなった。
世界的なパンデミックの中でも国家機能を維持していた日本は、この日を境に急速な崩壊へと向かうことになる。
1.2036年7月 ― 日本が維持していた防衛体制
2036年7月。
世界の主要国の多くが崩壊し、国家間の連携や国際物流が失われる中、日本は依然として国家機能を維持していた。
日本政府は入国禁止措置を継続し、国外からのFMウイルスの流入を防ぐための対応を続けていた。
海上では海上保安庁による警戒が行われ、密入国の阻止や港湾の封鎖が実施されていた。
さらに、都市や道路、地域単位での封鎖も進められ、感染者の侵入や移動を防ぐための防衛体制が構築されていた。
こうした対策によって、日本は世界的なパンデミックが進行する中でも、国内での大規模な感染拡大を防いでいた。
また、この時期にはFMウイルスに対して自然耐性を示す特殊赤血球保有者の存在が確認され、政府主導による保護も開始されていた。
しかし、厳重な封鎖措置が維持されていたとしても、それが恒久的な安全を保障するものではなかった。
そして、2036年8月3日。
日本の防衛体制を根底から揺るがす災害が発生することになる。
2.8月3日12時 ― 日本列島を襲った巨大地震
2036年8月3日、12時。
日本で超巨大地震が発生した。
震源地に近い沿岸部では震度6強、物語の舞台となる都市部でも震度6弱の激しい揺れが発生した。
地震の影響は全国の広い範囲に及び、各地の建物や道路、ライフラインに被害が生じた。
都市部では古い木造住宅や老朽化した建物の一部が倒壊・損傷し、生活の場を失う住民も現れた。
一方、耐震性の高いマンションなどでは、建物そのものへの被害が比較的軽微な場所も存在した。
しかし、建物が倒壊を免れたとしても、安全だったわけではない。
室内では家具の転倒、ガラスの破損、物の落下などが発生し、住民の生活環境に大きな影響を与えた。
また、地震による被害は都市部だけに限らなかった。
山間部では地形や地盤の状態によって土砂崩れが発生し、道路や林道が寸断される場所も現れた。
物語の舞台となる権蔵の山小屋周辺でも、沢や急斜面などの地形と強い揺れによって土砂崩れが発生している。
土砂や岩、倒木によって林道の一部が寸断されたものの、山小屋そのものには致命的な損傷は生じなかった。
ただし、地震による被害状況は地域によって大きく異なっていた。
建物への被害が比較的小さかった地域もあれば、道路やライフラインが深刻な被害を受けた地域も存在した。
全国規模の超巨大地震であっても、日本全土が同時に壊滅したわけではない。
しかし、各地で生活と移動を支える基盤が大きく損なわれたのである。
3.巨大津波 ― 沿岸部へ流れ着いた感染者
巨大地震によって発生したのは、建物や道路への被害だけではなかった。
地震に伴って津波が発生し、日本の沿岸部へ押し寄せたのである。
そして、この津波には、通常の自然災害とは異なる重大な危険が潜んでいた。
津波によって、日本の沿岸部へ大量のFMウイルス感染者が流れ着いたのである。
それまで日本は、入国禁止措置や海上警戒、港湾封鎖などによって、国外からの感染者の流入を防いでいた。
しかし、自然災害によって大量の感染者が沿岸部へ到達したことで、それまで維持されていた状況は一変した。
被災地では地震や津波による被害への対応が必要となる一方、流れ着いた感染者への対処も迫られることとなった。
FMウイルスは空気感染および飛沫感染によって伝播するため、感染者の流入は周囲の住民にとって新たな感染源が発生することを意味していた。
さらに、感染した人間も潜伏期間中から他者へ感染を広げる可能性があるため、感染者の増加を防ぐことは極めて困難だった。
こうして、津波による感染者の流入を契機として、日本国内ではFMウイルスの感染が急速に拡大していったのである。
4.地震発生と同時に失われた通信手段
8月3日の巨大地震は、人々の情報収集や連絡手段にも深刻な影響を与えた。
地震発生と同時に、携帯電話による通信が使用できなくなったのである。
携帯電話による通話やSMSだけでなく、インターネット、SNS、メッセージアプリなどを利用した連絡もできなくなった。
これによって家族や知人の安否確認が困難となり、避難や感染状況に関する情報を入手することも難しくなった。
どの地域で感染が拡大しているのか。
どの道路が通行可能なのか。
避難先が安全なのか。
こうした情報を迅速に得られない状況は、人々の判断をさらに難しくした。
ただし、すべての通信手段が完全に使用不能となったわけではない。
地域によっては固定電話による通話が可能な場所も残されており、無線機についても使用することができた。
また、電気や水道、ガスなどのライフラインについても、被害状況には地域差が存在していた。
地震直後から使用できなくなった場所もあれば、引き続き使用可能な地域も存在したのである。
それでも、普段利用していた連絡手段の大部分を失ったことで、人々は周囲の状況を十分に把握できないまま、避難や生活の維持を迫られることとなった。
5.8月4日以降 ― 自然災害と感染拡大の同時進行
8月4日以降、日本各地でFMウイルスの感染拡大が進行した。
行政、警察、消防、医療機関、自衛隊などは、地震による被害への対応を続けていた。
しかし、感染者の増加によって、それぞれの組織が担う負担は急速に増大していった。
特に深刻だったのが、避難所など人口が密集する場所での感染拡大である。
地震によって自宅での生活が困難になった人々や、安全な場所へ避難しようとする住民が集まることで、多くの人間が同じ空間で生活する状況が生まれていた。
FMウイルスは発症前から感染力を持つため、外見上は健康な人間であっても、周囲へ感染を広げている可能性があった。
その結果、避難所などでは集団感染が発生し、感染者が増加していった。
一方、病院などの医療機関でも感染が拡大し、早期に感染が発生した場所では、精神変容の進んだ感染者が増加する事態となった。
本来であれば負傷者や病人を保護するための場所が、新たな感染の危険を伴う場所へと変化していったのである。
地震による負傷者への対応と、FMウイルス感染者への対応。
2つの危機に同時に直面した医療機関や行政機関は、次第にその機能を維持することが困難になっていった。
6.8月5日~6日 ― 音に反応する感染者と静まり返る市街地
感染者の増加は、都市部の人の流れにも大きな変化をもたらした。
8月5日23時。
テレビ局周辺でヘリコプターの墜落が発生した。
この大きな音に反応した感染者たちは、テレビ局や墜落現場の周辺へ向かって移動を始めた。
さらに、8月6日12時には、病院で散弾銃が6発発砲される出来事が発生した。
この発砲音によって、病院周辺にいた感染者が音源へ集まり始めた。
このように、銃声や爆発音などの大きな音は、周辺にいる感染者の分布を変化させる要因となっていた。
一方、8月6日の市街地では、一般市民の姿が大きく減少していた。
感染を避けるため自宅に籠城する住民が増え、浄水場などの大規模避難場所へ移動した人々や、早期に危険地域から脱出した人々も存在していた。
そのため、場所によっては、街中にほとんど人影が見られない状態となっていたのである。
しかし、人影が少ないことは、必ずしも安全を意味するわけではなかった。
自宅の内部には、まだ会話能力を保った未感染者や、感染初期の住民も残されていた。
一方、病院や指定避難所などでは、すでに言語能力を失い、攻撃性が強くなった感染者も増加していた。
同じ街の中であっても、住民の避難状況や感染者の分布には大きな違いが生じていたのである。
7.感染者の進行度に生じた地域差
日本国内でFMウイルスの感染が拡大するにつれて、感染者の状態にも大きな違いが現れ始めていた。
FMウイルスによる精神変容は、感染者によって進行する速度が異なる。
特に日本人感染者では、標準的な感染者と比較して身体変異および精神変容が平均約2倍の速度で進行し、一部の高親和性個体では最大約4倍の速度で変化する場合もある。
さらに、感染した時期や発症までの時間にも個体差が存在するため、同じ地域であっても感染者の進行度が一致するとは限らない。
8月6日の段階でも、感染が早期に発生した病院などでは、すでに言語能力を失った感染者が多数を占めている場所が存在した。
一方、感染拡大が比較的遅かった地域では、会話能力を残した感染者もまだ少数存在していた。
そのため、市街地には未感染者に加え、感染初期の者、会話能力を維持している感染者、理性を失いつつある感染者が混在していた。
外見や会話の様子だけでは、相手が感染しているのか、どの程度まで精神変容が進んでいるのかを正確に判断することは難しかったのである。
8.8月7日~8日 ― 再び人々が街へ出始める
8月7日から8日にかけて、市街地では新たな変化が現れ始めた。
それまで自宅に籠城していた住民の一部が、再び外出するようになったのである。
その目的はさまざまだった。
食料や飲料水の確保、医薬品の入手、家族の捜索、情報収集、そして安全な場所への避難。
携帯電話による通信が失われ、周囲の状況を十分に把握できない中で、人々は自ら行動する必要に迫られていた。
しかし、自宅に籠城していた人間の中には、すでにFMウイルスへ感染していた者も含まれていた。
感染を自覚していない者や、精神変容が始まっていた者も外出することで、街中では新たな感染が発生していった。
さらに、指定避難所などで早期に感染していた者も、精神変容の進行とともに市街地へ流出するようになった。
その結果、8月6日には人影の少なかった地域でも、時間の経過とともに感染者の姿が目立つようになっていった。
市街地では感染者と非感染者が混在し、感染者の進行度にも大きな違いが存在していた。
地域による感染拡大速度の差は残されていたものの、街中を徒歩で移動する危険性は急速に高まっていったのである。
9.崩れ始める行政と社会機能
感染拡大が進行する中で、日本の行政や社会機能も徐々に限界へと近づいていった。
地震発生直後から対応を続けていた行政、警察、消防、医療機関、自衛隊なども、増加する被害と感染者への対応によって大きな負担を抱えていた。
地震によって道路が損傷すれば、人員や物資の移動が困難になる。
通信手段が失われれば、被害状況や感染状況を迅速に把握することが難しくなる。
さらに、避難所や医療機関で感染が広がることで、住民の保護や救助活動そのものにも危険が伴うようになっていた。
FMウイルス感染者への対応は、通常の災害対応とは異なる困難さを伴っていた。
感染を防ぐだけでなく、精神変容によって攻撃性が増加した感染者への対処も必要だったためである。
こうした問題が重なることで、それまで社会を支えていた組織は徐々に機能を失っていった。
ただし、日本の社会機能が地震発生直後に一斉に停止したわけではない。
地域によってはライフラインが残され、行政機関などによる対応も続けられていた。
しかし、被害の拡大に伴って各地域の対応能力は低下し、日本社会は次第に統制を失っていったのである。
10.8月13日20時 ― 街全体への電力供給停止
2036年8月13日、20時。
物語の舞台となる街では、全域への電力供給が停止した。
8月3日の巨大地震から10日が経過した時点での出来事である。
地震直後には電気や水道、ガスなどを使用できる地域も残されていたが、この時刻を境に、街全体への電力供給が失われたのである。
これによって、照明や電気機器を使用するためには、別の電源を確保する必要が生じた。
特に夜間は、周囲の状況を把握するための照明を確保することが重要になる。
しかし、成熟した感染者は視力が低下していても、聴覚や嗅覚によって周囲の状況を認識することができる。
そのため、暗闇の中で姿を隠すことができたとしても、物音や臭気によって存在を察知される危険性が残されていた。
電力を失った街では、日常生活の維持だけでなく、感染者との遭遇を避けることもさらに困難になっていった。
なお、この8月13日20時の電力供給停止は、物語の舞台となる街における出来事であり、日本全国が同時刻に停電したことを意味するものではない。
11.2036年8月中旬 ― 日本文明の崩壊
2036年8月中旬。
日本の社会機能は、ついに決定的な崩壊を迎えた。
政府機能は消滅し、主要都市は完全に放棄された。
各地では生存圏が分断され、地域間の連携も極めて困難な状態となった。
地震によって損傷した道路や建物、停止した通信網、失われていくライフライン。
そして、各地で増加し続けるFMウイルス感染者。
これらの問題が重なった結果、現代文明を維持するための社会基盤は失われていった。
もはや政府による統一的な保護や行政サービスを前提として生活することはできない。
生き残った人々は、それぞれの場所で自らの生存手段を確保する必要に迫られることとなった。
一方、FMウイルス感染者たちは、文明崩壊後も生命活動を維持し、環境に適応しながら生存し続けていた。
こうして、FMウイルス感染者が地球上の優勢種となる時代が訪れたのである。
人類が築き上げた文明は崩壊した。
しかし、人間という存在そのものが完全に消滅したわけではなかった。
12.文明崩壊後 ― 失われた情報社会
文明崩壊後の世界では、通信インフラも失われた。
それまで人々が当たり前のように利用していた通信手段は、もはや使用できない状態となっていた。
しかし、生存者たちは完全に情報伝達の手段を失ったわけではない。
短距離通信では無線機が利用されており、生存者同士の連絡手段として重要な役割を果たしていた。
一方、長距離通信は極めて困難な状態となっていた。
離れた地域に存在する共同体同士では、伝令によって情報を伝える場合もある。
文明崩壊前であれば、遠く離れた場所の情報を瞬時に得ることができた。
しかし、文明崩壊後の世界では、情報そのものを得るために危険を冒さなければならない場合もあった。
どこに感染者が集まっているのか。
どの道路が通行可能なのか。
どの地域に生存者が残されているのか。
そして、どの場所で安全に生活できるのか。
こうした情報を知らずに行動することは、生命に関わる危険を伴う。
そのため、文明崩壊後の世界では、正確な情報そのものが、生存率を左右する重要な資源となっていた。
◇街崩壊までの時系列
2036年8月、日本で発生した主要な出来事を整理すると、次のようになる。
8月3日12時 ― 巨大地震発生
日本全国に広範囲な被害をもたらす超巨大地震が発生。震源地に近い沿岸部では震度6強、都市部では震度6弱を観測。
8月3日 ― 津波と感染者の流入
津波によって日本の沿岸部へ大量の感染者が流れ着く。
8月3日 ― 携帯電話による通信停止
地震発生と同時に携帯電話による通信が使用不能となる。
8月4日以降 ― 地震被害と感染拡大
避難所や医療機関などでも感染が広がり、各地で被害が拡大する。
8月6日 ― 市街地から人影が減少
自宅への籠城や避難によって、街中を移動する一般市民が大きく減少する。
8月7日~8日 ― 市街地での感染拡大
自宅や避難所などから住民や感染者が外出・流出し、市街地での感染がさらに拡大する。
8月13日20時 ― 街全体への電力供給停止
物語の舞台となる街で、全域への電力供給が停止する。
8月中旬 ― 日本の文明崩壊
政府機能が消滅し、主要都市が放棄される。生存圏が分断され、日本社会は実質的な文明崩壊へと至る。
◇日本文明は、なぜ崩壊したのか
日本の文明崩壊は、単なる感染症の流行でも、巨大地震による自然災害だけでも説明できない。
世界各国がFMウイルスによって崩壊していく中、日本は厳重な防衛体制を維持することで、大規模な感染拡大を防いでいた。
しかし、8月3日の超巨大地震によって各地の社会基盤が損傷し、さらに津波によって大量の感染者が流入したことで、状況は一変した。
地震による被害への対応が続く中、感染は各地へ広がり、社会を維持するための組織も徐々に機能を失っていった。
自然災害による被害と感染拡大が重なったことが、日本文明を崩壊へと追い込む決定的な要因となったのである。
しかし、文明が崩壊しても、すべての人間が失われたわけではない。
感染を免れた者たち。
FMウイルスに自然耐性を持つ者たち。
そして、失われた社会の中で生き残ろうとする人々。
彼らは、それまでの文明に頼ることのできない世界で、新たな生活を築かなければならなくなった。
2036年8月。日本の文明は崩壊した。
しかし、人類の物語は、まだ終わっていなかった。
■あとがきコーナー
今回は、日本の文明崩壊のきっかけとなった「超巨大地震」について、その誕生秘話を紹介したいと思います。
実は、この巨大地震という設定、最初から考えていたわけではありません。
きっかけは、AIによる挿絵の画像生成でした。
『Still Alive』では、登場人物や感染者、街の風景など、多くの挿絵をAIで制作しています。
ところが、ゾンビやパンデミックをテーマにした画像を生成しようとすると、AIがどうしても「終末世界」のイメージに引っ張られてしまうのです。
こちらは普通の街並みを描いてほしいのに、なぜか周囲の建物が崩壊していたり、道路がひび割れていたり、街全体が廃墟になっていたり……。
いやいや、まだそこまで崩壊してないから!w
と、何度も画像を作り直すことになりました。
しかし、何度も修正しているうちに、ふと思ったのです。
「これ、いっそのこと最初から巨大地震で街を壊しておいたほうが、画像を作り直す手間が減るんじゃないか?」
という、なんとも制作上の都合による発想でした(笑)。
そこで、日本で超巨大地震が発生し、建物や道路、通信インフラなどが大きな被害を受けるという設定を取り入れることにしました。
ところが、実際にストーリーへ組み込んでみると、これが意外なほど都合よくつながったのです。
『Still Alive』の世界では、世界各国がFMウイルスによって崩壊していく中、日本は厳重な入国制限や海上警戒によって、国内での大規模な感染拡大を防いでいました。
しかし、巨大地震が発生すれば、道路や通信網は損傷し、行政や救助活動も混乱します。
さらに、地震による津波が大量の感染者を日本の沿岸部へ運んできたらどうなるのか。
それまで維持されていた日本の防衛体制が、一気に崩れ始めるきっかけになります。
こうして、2036年8月3日に発生した超巨大地震が、日本文明の崩壊を引き起こす重要な出来事となりました。
最初は単純に「AIが崩壊した街ばかり描くから、いっそのこと地震で壊してしまおう!」という理由だったのに、気がつけば物語の根幹に関わる大事件になってしまったわけです(笑)。
まさか、挿絵を作り直す手間を減らそうとしたことが、日本崩壊のきっかけになるとは思いもしませんでした。
創作というのは、どこからアイディアが生まれるか分からないものですね。
ちなみに、巨大地震が発生したからといって、すべての建物が倒壊したわけではありません。
耐震性の高い建物は残り、地域によって被害の程度も異なります。
そのため、AIがあまりにも派手に街を破壊してしまったときは、結局作り直すことになるのですが……(笑)。
それでは、今回のあとがきはこの辺で!




