福岡初日
第九十九話
「福岡初日」
ファイブピーチ★は、やがて日本を代表するバンドと呼ばれるようになった。
けれど、美香はいつも言っていた。
「うちらの本業は、まず学業たい」
奏太はまだ中学生。
光子と優子と小春は、まだ小学生。
ライブも収録も、学校を最優先にして組まれた。
テスト期間は休む。
宿題は必ず出す。
体調が悪ければ出演しない。
リハビリや通院も削らない。
それが小倉家と大畑家、そして関係者全員で決めた約束だった。
だから全国ツアーも、無理な日程ではなかった。
週末中心。
長期休み中心。
移動は余裕を持って。
未成年メンバーには必ず保護者とスタッフが同行。
派手な成功の裏にあったのは、とても地道で現実的な支えだった。
ツアー初日、福岡。
会場には、老若男女が集まっていた。
演歌目当ての年配客。
ヘビメタ目当ての若者。
吹奏楽経験者。
家族連れ。
トリプルピーチ★時代からのファン。
最初の曲は『五つの音、ひとつの空』。
美香のピアノから始まり、奏太のギター、小春のキーボード、光子のベース、優子のドラムが重なっていく。
事故を越えた二人。
苦しみを越えた美香。
罪を背負わされかけた奏太と小春。
五人の音は、強くて優しかった。
そして中盤。
『玄界灘、冬の波』
会場の年配客が涙を拭く。
その直後。
『雷鳴ピーチ・メタル』
会場が総立ちになる。
美香が叫ぶ。
「福岡、まだ行けると!?」
光子がベースを鳴らす。
「うにゃだら低音、発車!」
優子が即ツッコミしながらドラムを叩く。
「発車せんで演奏して!」
会場は大爆笑。
そして大歓声。
ファイブピーチ★は、音楽と笑いを同じステージで成立させるバンドになっていた。
けれど、その歩みは急がなかった。
年月は流れた。
美香は音大を卒業した。
アキラは音大三年生。
奏太は高校一年生。
光子、優子、小春は中学一年生になっていた。
美香は東京で学んだ四年間を胸に、福岡へ戻った。
引っ越し先は、小倉家のすぐ近くのマンション。
優馬は引っ越し当日から泣きそうだった。
「美香が近くに戻ってきた……」
美鈴が笑う。
「優馬、荷物運んでから感動して」
光子が段ボールを持ち上げようとして言う。
「重か!」
優子がすぐ言う。
「中身、譜面やけんね」
小春が笑い、奏太も手伝う。
アキラは東京から来て、荷物の整理を手伝っていた。
「美香、この棚どこ置く?」
「窓際でよかかな。譜面書く時、光が入るけん」
アキラは頷いた。
「よかと思う」
光子がにやりとする。
「アキラお兄ちゃん、夫みたい」
美香が即座に赤くなる。
「みっちゃん!」
優子が冷静に言う。
「完熟再発たい」
引っ越し初日から、小倉家周辺はいつもの空気だった。
そして美香は、福岡交響楽団に入団した。
トロンボーン奏者として。
初めて楽団の練習場に入った日、美香は深く息を吸った。
プロの音。
研ぎ澄まされた空気。
学生時代とは違う責任。
ここからは、本格的な演奏活動が始まる。
美香はトロンボーンケースを開けた。
あの日、初めて“ド”の音を出した楽器とは違う。
でも、心はつながっていた。
生きるために鳴らした音。
誰かに届いてほしくて鳴らした音。
家族に支えられて続けてきた音。
そのすべてを背負って、美香はマウスピースに息を入れた。
深く、あたたかい音が鳴る。
美香は思った。
ここからまた始まる。
小倉美香として。
音楽家として。
ファイブピーチ★の長女として。
そして、ひとりのトロンボーン奏者として。
次回予告
音大を卒業し、福岡へ戻った美香。
小倉家の近くで新生活を始め、福岡交響楽団へ入団する。
一方、アキラは音大三年生。
奏太は高校一年生。
光子、優子、小春は中学一年生。
それぞれの道を歩みながら、ファイブピーチ★の音はさらに深まっていく。
次回、第百話
「福岡交響楽団」




