二学期始業式
第九十二話
「二学期始業式」
夏休みが終わった。
光子と優子は、小学四年生になっていた。
二学期始業式の朝、二人はいつものように騒がしかった。
「宿題、全部出した!」
「みっちゃん、最後の日まで工作の名前決まらんかったやん」
「最終的に『うにゃだら貯金箱』で提出した!」
「先生、絶対困るたい」
そんな二人を、美鈴は笑いながら見送った。
「気をつけて行っておいで」
優馬も玄関で手を振る。
「帰りも寄り道せんとよ」
「はーい!」
二人は並んで走っていった。
それが、いつもの朝だった。
だが、その日の下校中。
交差点近くで、事故が起きた。
信号を無視して進入してきた車。
ブレーキ音。
悲鳴。
ランドセルが道路に転がる音。
光子と優子は、事故に巻き込まれた。
救急車が到着した時、二人は重傷だった。
美鈴は病院からの連絡を受けた瞬間、声を失った。
「光子と優子が……?」
優馬も、顔色を変えた。
二人はそのまま病院へ走った。
手術室の前。
美鈴は震える手でスマホを握った。
東京にいる美香へ電話をかける。
美香は大学二年生になっていた。
音大での講義、作曲課題、トロンボーンの練習、トリプルピーチ★の仕事。
その日も予定が詰まっていた。
スマホが鳴る。
画面には「お母さん」。
「もしもし、お母さん?」
美鈴の声は、震えていた。
「美香……落ち着いて聞いて」
その一言で、美香の胸が凍った。
「光子と優子が、事故に遭った」
時間が止まった。
「……え?」
「今、病院。重傷って……手術になるって……」
美香は、何も考えられなくなった。
譜面。
予定。
講義。
収録。
全部が遠ざかる。
「帰る」
美香は即答した。
「美香、でも予定が――」
「全部キャンセルする。帰るけん」
電話を切ると、美香はすぐに動いた。
教授へ連絡。
仕事関係者へ連絡。
寮の荷物を最低限まとめる。
トロンボーンケースを持つ。
アキラにも連絡した。
アキラは高校三年生になっていた。
受験と音楽活動の準備で忙しい時期だったが、美香の声を聞いた瞬間、すべてを察した。
「美香、今どこ?」
「寮。これから東京駅行く」
「気をつけて。福岡着いたら連絡して」
「うん……」
「美香、一人で抱えんで。僕もできるだけ早く動くけん」
その声に、美香は少しだけ息を取り戻した。
「ありがとう、アキラ」
新幹線の車内。
美香は窓の外を見ていた。
景色が流れていく。
東京。
新横浜。
名古屋。
京都。
新大阪。
でも、何も頭に入らなかった。
光子と優子。
小さな頃から自分に抱きついてくれた妹たち。
「美香おねーちゃん、大好き」
「お姉ちゃんおらんと寂しか」
あの声が、何度もよみがえる。
美香は膝の上で手を握りしめた。
「お願い……助かって……」
博多に着くと、美香はそのまま病院へ向かった。
手術室の前。
優馬は顔を上げた。
「美香……」
美鈴は、美香を見るなり泣き崩れた。
「美香……光子と優子が……」
美香は美鈴を抱きしめた。
自分も泣きそうだった。
怖かった。
でも、今は崩れきるわけにはいかなかった。
「お母さん、大丈夫。うち、帰ってきたけん」
優馬は、拳を握りしめていた。
「なんで……なんであの子たちが……」
美香は、手術室のランプを見つめた。
赤く灯る光。
そこに、光子と優子がいる。
いつも笑っていた二人が。
人を笑わせ、歌い、ボケて、ツッコんで、世界中を明るくしていた二人が。
今、生きるために闘っている。
美香は、震える声で呟いた。
「光子、優子……戻ってきて」
病院の廊下には、重い沈黙が落ちていた。
トリプルピーチ★の音は、止まった。
だが、美香の心の中では、二人の声がまだ鳴っていた。
完熟トマト。
うにゃ〜あじゃぱー。
美香おねーちゃん。
その声を、絶対に失いたくなかった。
⸻
次回予告
二学期始業式の日。
光子と優子は下校中に事故へ巻き込まれ、重傷を負う。
東京の音大にいた美香は、美鈴からの連絡を受け、すべての予定をキャンセルして福岡へ戻る。
手術室の前で、家族は祈る。
次回、第九十三話
「手術室の灯り」




