完熟トマトトリオ・東京で会いたい
小学校2年生のある日
ピンポーン。
光子
「翼くん来たー!」
優子
「拓実くん来たー!」
玄関へ猛ダッシュ。
しかし。
ドアを開けた瞬間。
光子
「こ、こんにちは……」
優子
「い、いらっしゃい……」
突然しおらしくなる。
美香
「……」
アキラ
「……」
優馬
「……」
美鈴
「……」
全員察する。
顔。
真っ赤。
耳まで真っ赤。
美香
「みっちゃん」
光子
「な、なに?」
美香
「完熟トマト」
沈黙。
優子
「えっ」
美香
「ゆうちゃんも完熟トマト」
アキラ
「確かに」
光子
「アキラお兄ちゃんまで!?」
優馬
大爆笑。
美鈴
笑いすぎて座り込む。
その後。
翼と拓実は何が起きたかわからない。
翼
「え?」
拓実
「トマト?」
美香
「説明すると長くなる」
リスナーの反応
「お前らもかーい!」
これが圧倒的多数。
「散々いじってた側が即落ちしてる」
「ブーメラン早すぎる」
「小2で完熟トマト」
「美香の反撃が始まった」
「待ってました」
「数年越しの仕返し」
「ここで伏線回収」
「アキラお兄ちゃん参戦が強い」
「元被害者側が援護射撃してる」
「アキラの『確かに』で吹いた」
「優馬が一番楽しそう」
「父ちゃん絶対こういうの好き」
「笑いすぎて呼吸困難になってそう」
「美鈴先生も完全に保護者目線」
「あらあら案件」
「顔見ただけで全部わかっとる」
古参リスナーのコメント
特に多そうなのがこれ。
「昔、美香おねーちゃんを完熟トマトっていじり倒してた双子が、小2で自分たちも完熟トマトになった」
「これ以上ない因果応報」
「でも平和で幸せな因果応報」
「こういう笑いが見られる未来まで来たことが何より嬉しい」第九十話
「完熟トマトトリオ」
特番収録当日
全国放送の大型音楽バラエティ。
MC、人気俳優、芸人、歌手、アイドルまで勢揃い。
そして、
トリプルピーチ★登場。
拍手。
歓声。
MC
「続いては大人気三姉妹ユニット、トリプルピーチ★のみなさんです!」
美香
「よろしくお願いします」
優子
「よろしくお願いします」
そして。
光子がマイクを握る。
光子
「トリプルピーチ★です!」
観客拍手。
光子
「またの名を」
優子
嫌な予感。
美香
もっと嫌な予感。
光子
「完熟トマトトリオです!」
会場。
静寂。
MC
「……え?」
歌手A
「トマト?」
俳優B
「農業関係のユニットでしたっけ?」
芸人C
「急に八百屋になった?」
スタジオ全体の頭上に、
???
???
???
が飛び回る。
優子
「みっちゃん」
光子
「なん?」
優子
「全国放送たい」
光子
「知っとる」
美香
「だから余計に説明せんといかんやろ」
MC
「ちょっと待ってください」
観客笑い始める。
MC
「なんで完熟トマトなんですか?」
ここで。
光子。
ニヤリ。
光子
「昔、美香お姉ちゃんがアキラお兄ちゃんの前で真っ赤になったと」
会場
「あー」
優子
「そしたら完熟トマトって呼ぶようになったと」
MC
「なるほど」
美香
顔真っ赤。
観客笑う。
しかし。
本番はここから。
MC
「じゃあ美香さんだけ?」
光子
「いや」
優子
「違う」
美香
笑いをこらえる。
光子
「翼くん」
優子
「拓実くん」
光子
「初めて家に来た時」
優子
「うちらも完熟トマトになったと」
会場。
一瞬静止。
そして。
爆発。
芸人C
「お前らもかーい!」
観客
大爆笑。
MC
机叩いて笑う。
歌手A
椅子からずり落ちる。
俳優B
「それ先に言えよ!」
美香
もう笑いすぎて涙目。
優子
冷静にまとめる。
「つまり」
光子
「三人とも完熟トマト」
優子
「完熟トマトトリオ完成」
ここで。
芸人軍団が壊滅。
観客も壊滅。
MC
「待って」
「トリプルピーチ★より完熟トマトトリオの方が覚えやすい!」
さらに爆発。
放送後。
SNS。
完熟トマトトリオで死んだ
全国放送で何言ってるんだ
アイドルなのか芸人なのか音楽家なのか分からん
腹筋持っていかれた
美香さんの照れ顔かわいすぎる
光子ちゃん通常運転
優子ちゃんの冷静な解説が一番面白い
MC壊れてた
トマトで20分笑わせるな
そして翌週。
別番組。
MC
「完熟トマトトリオの皆さんです!」
美香
「定着しとるやないですか!」
光子
ガッツポーズ。
優子
「全国ブランドになった」
こうして、
トリプルピーチ★最大の黒歴史にして代表ネタ
「完熟トマトトリオ」
が誕生し、
以後何年経っても、
翼、拓実、アキラの名前が出るたびに、
全国の視聴者から
「またトマトになるぞ」
と言われる伝説のゴールデンルートになったのでした。
トリプルピーチ★が出演したその番組は、全国放送の大型音楽バラエティだった。
人気MC。
俳優。
芸人。
アイドル。
ベテラン歌手。
スタジオには、各ジャンルの出演者がずらりと並んでいた。
そんな中、紹介されたのは――
「続いては、音楽と笑いの三姉妹ユニット、トリプルピーチ★のみなさんです!」
拍手が起きる。
美香、光子、優子が登場した。
美香は笑顔で頭を下げる。
「よろしくお願いします」
優子も続く。
「よろしくお願いします」
そして光子が、マイクを握った。
「トリプルピーチ★です!」
ここまでは普通だった。
ここまでは。
光子は、満面の笑みで続けた。
「またの名を――」
美香の背筋がぞわっとした。
優子も一瞬で察した。
「みっちゃん?」
だが、遅かった。
光子は堂々と言い放った。
「完熟トマトトリオです!」
スタジオが止まった。
MCの頭上に、見えない疑問符が飛ぶ。
「……完熟?」
隣の歌手も首を傾げる。
「トマト?」
俳優が真顔でつぶやく。
「農業系ユニットでしたっけ?」
芸人が小さく言う。
「急に八百屋来た?」
観客席にも、ざわざわと笑いが広がり始める。
美香は顔を押さえた。
「みっちゃん……全国放送たい……」
優子は冷静に言った。
「説明なしで投げるには危険すぎるワードたい」
MCが身を乗り出す。
「ちょっと待ってください。完熟トマトトリオって、どういうことですか?」
光子は待ってましたと言わんばかりに胸を張った。
「昔、美香お姉ちゃんが、アキラお兄ちゃんの前で真っ赤になったと」
その瞬間、美香の顔が本当に赤くなった。
「そこから話すと!?」
優子が淡々と補足する。
「それを見て、うちらが完熟トマトって呼ぶようになったと」
MCは笑いをこらえながら頷いた。
「なるほど。つまり、美香さんが完熟トマトだったと」
美香は小さく言う。
「過去形にしてください……」
光子がすかさず言う。
「現在進行形たい」
観客が笑う。
だが、MCがさらに聞いた。
「でも、トリオということは、三人とも?」
美香が、ここぞとばかりに顔を上げた。
「そうなんです」
光子と優子の表情が固まった。
美香は、にっこり笑った。
「光子と優子も、小学二年生の時に、翼くんと拓実くんが初めて家に来た時、顔が真っ赤になったと」
スタジオが一瞬静まり返る。
そして、芸人が叫んだ。
「お前らもかーい!」
爆発した。
MCが机を叩いて笑う。
歌手は手で口を押さえ、俳優は肩を震わせる。
芸人たちは完全に崩壊。
観客席も大爆笑。
光子が慌てる。
「美香お姉ちゃん、それは言わん約束!」
美香は微笑む。
「うちのアキラの話を全国放送でした時点で、約束は消滅したたい」
優子が顔を真っ赤にして言う。
「冷静な正論やけど、今それ言わんでよか……」
MCは笑いながら聞いた。
「翼くんと拓実くんというのは?」
光子は耳まで赤くなった。
「つ、翼くんは……その……」
優子も目を泳がせる。
「拓実くんは……友達というか……」
美香がすぐに言う。
「完熟相手たい」
スタジオ、再崩壊。
光子と優子が同時に叫ぶ。
「美香お姉ちゃん!」
MCは涙を拭きながら言った。
「すごいですね。トリプルピーチ★、三人全員ちゃんと完熟してる」
優子が真顔でまとめた。
「つまり、恋愛耐性が全員低いユニットです」
美香が突っ込む。
「まとめ方!」
光子が言う。
「でも歌は高性能!」
MCが笑いながら拍手した。
「最高ですね。完熟トマトトリオ、いや、トリプルピーチ★のみなさん。このあと歌っていただく曲は?」
美香はまだ赤い顔のまま、なんとか切り替えた。
「『ハレバレ☆ピーチステップ!』です」
優子が続ける。
「さっきまでトマトでしたけど、曲はピーチです」
光子が胸を張る。
「果物と野菜の壁を越えるたい!」
芸人が即座に叫ぶ。
「越えんでええ!」
また笑いが起きた。
そして曲が始まる。
ブラスが弾む。
ドラムが跳ねる。
三人の声が重なる。
笑いで崩壊したスタジオが、今度は音楽で一気に引き込まれていく。
さっきまで完熟トマトで大騒ぎしていた三人が、ステージに立つと空気を変える。
美香の安定した声。
光子の明るい声。
優子の芯のある声。
歌が終わると、スタジオは大きな拍手に包まれた。
MCは感心したように言った。
「いやぁ、トークで笑わせて、歌で持っていく。これは強い」
芸人が頷く。
「完熟トマト、実力派やん」
美香は思わず言った。
「その呼び方、定着させんでください」
だが、もう遅かった。
放送後、SNSは完全にトマト畑になった。
「完熟トマトトリオで腹筋終わった」
「美香姉さん、ついに反撃」
「光子と優子、自分たちも完熟だったの草」
「アキラお兄ちゃん、翼くん、拓実くん、全員名前だけで破壊力ある」
「トークは芸人、歌は本物。何この三姉妹」
「ハレバレ☆ピーチステップ!最高だったのに、頭の中トマト」
翌週。
別番組のMCが、紹介で言った。
「本日のゲストは、トリプルピーチ★、またの名を完熟トマトトリオのみなさんです!」
美香は即座に突っ込んだ。
「定着しとるやないですか!」
光子はガッツポーズ。
優子は真顔で言った。
「全国ブランド化しました」
美香は頭を抱えた。
でも、その顔は笑っていた。
かつて、恋をする余裕も、笑う余裕もなかった少女が。
今は妹たちと一緒に、全国放送で顔を真っ赤にしながら笑っている。
完熟トマトトリオ。
その変なあだ名は、トリプルピーチ★が幸せに笑えるようになった証でもあった。
次回予告
完熟トマトトリオという謎すぎる別名が、全国放送で定着してしまったトリプルピーチ★。
美香、光子、優子は、トークでも歌でもさらに注目を集めていく。
そんな中、アキラが東京へやって来る。
次回、第九十一話
「東京で会いたい」第九十一話
「東京で会いたい」
完熟トマトトリオ。
その言葉は、思った以上に世間へ広がってしまった。
東京の音大の廊下を歩いていても、友人から声をかけられる。
「美香、昨日の番組見たよ」
「……見たと?」
「完熟トマト」
「そこだけ覚えんでよか」
美香は楽譜を抱えたまま、顔を赤くした。
友人たちは笑う。
「でも、歌すごかったよ」
「トークで笑わせて、曲で空気変えるの、ほんと強い」
美香は少し照れながらも、笑った。
「ありがとう」
そんなある夜。
学生寮の部屋で作曲課題をしていると、スマホが震えた。
アキラからだった。
『来週、東京に行けそう。少し会える?』
美香の心臓が、跳ねた。
画面を見つめたまま、しばらく動けない。
会える。
東京で。
アキラに。
美香は深呼吸して、返信した。
『会いたい。待っとるね』
送ったあと、顔が熱くなった。
「……また完熟トマトやん」
誰もいない部屋で、ひとりツッコミを入れてしまった。
当日。
東京駅の改札前は、人であふれていた。
新幹線から降りてくる人。
大きな荷物を抱えた観光客。
スマホを見ながら急ぐ会社員。
その中で、美香はトロンボーンケースを背負って立っていた。
何度も時計を見る。
何度も改札を見る。
すると、人の流れの向こうに、見慣れた姿が見えた。
アキラだった。
少し背が伸びていた。
肩にトランペットケース。
もう片方の手には、テナーサックスのケース。
美香を見つけると、アキラは少し照れたように笑った。
「美香」
その一言で、美香の胸がいっぱいになった。
「アキラ」
二人は、少しだけぎこちなく向かい合った。
でも、その沈黙は怖くなかった。
「来てくれてありがとう」
「会いたかったけん」
美香の顔が、一気に赤くなった。
アキラも、言ってから自分で赤くなった。
美香は小さく笑った。
「二人とも、完熟トマトやね」
アキラも笑った。
「光子ちゃんと優子ちゃんに見られたら、絶対言われるね」
「もう全国放送で言われたけん、怖いものなか……と言いたいけど、やっぱ恥ずかしか」
二人は笑いながら、東京駅を出た。
その日は、美香が案内することになっていた。
まずは音大のキャンパス。
アキラは、校門の前で足を止めた。
「ここが、美香の大学……」
「うん」
「すごかね」
美香は少し照れた。
「まだまだついていくので精一杯たい。でも、毎日楽しい」
練習室棟を案内すると、あちこちから音が聞こえてきた。
ピアノ。
声楽。
金管。
弦楽。
打楽器。
アキラは目を輝かせた。
「音がずっと鳴っとる」
「うん。最初は圧倒された」
「でも、美香に合っとる」
「そうかな」
「うん。美香は、音の中におる時が一番自然に見える」
美香はまた顔を赤くした。
「そういうこと、急に言わんでよ」
「本当のことやけん」
学生食堂で昼食を取り、その後、二人は予約していた練習室へ向かった。
トロンボーン。
トランペット。
テナーサックス。
久しぶりのヘッショだった。
最初は、二人とも少し緊張していた。
でも、一音目が鳴った瞬間、その緊張はほどけた。
美香のトロンボーンが低くあたたかく響く。
アキラのトランペットが明るく応える。
途中からテナーサックスに持ち替えると、音の色が変わる。
まるで会話だった。
言葉より先に、音が互いの近況を話しているみたいだった。
曲は、やはり「ルパン三世のテーマ ジャズバージョン」。
美香が笑う。
「やっぱりこれやね」
アキラも頷く。
「美香の原点やけん」
「アキラにとっても?」
「うん。僕が演奏する側になりたいって思ったきっかけでもある」
二人はもう一度合わせた。
完璧ではない。
でも、楽しかった。
音が跳ねる。
息が合う。
終わったあと、美香は笑いながら息を吐いた。
「やっぱり、アキラと吹くの好き」
アキラは少し黙った。
そして、静かに言った。
「僕も。美香と吹く音が、一番好き」
練習室の中が、少しだけ静かになった。
美香はトロンボーンを置き、アキラの方を見た。
「東京、来てくれて嬉しかった」
「僕も、来られてよかった」
「離れとると、少し寂しか」
美香がそう言うと、アキラは目を丸くした。
美香は、恥ずかしそうに笑った。
「言ってから恥ずかしくなった」
アキラはゆっくり言った。
「僕も寂しかよ」
その言葉で、美香の胸が熱くなった。
窓の外には、東京の夕方。
ビルの隙間に沈む夕陽。
福岡とは違う景色。
でも、隣にアキラがいるだけで、知らない街が少し安心できる場所になる。
美香は小さく言った。
「また来てくれる?」
「うん。何度でも」
「うちも、福岡帰る時は会いに行く」
「うん」
二人は約束した。
大学芋の約束から始まった二人が、今度は東京で音を重ねる約束をしている。
帰り際、東京駅で別れる時。
美香は少しだけ寂しくなった。
「気をつけて帰ってね」
「うん。美香も、無理しすぎんで」
「わかっとる」
「ほんとに?」
「……たぶん」
アキラは笑った。
「たぶんは怪しか」
美香も笑った。
新幹線の改札前で、アキラが言った。
「美香」
「ん?」
「東京で会えて、よかった」
美香は頷いた。
「うちも」
アキラが改札を抜けていく。
美香は、その背中が見えなくなるまで見送った。
寮に戻ると、スマホに光子と優子からメッセージが来ていた。
『アキラお兄ちゃんと会った?』
『完熟になった?』
美香は思わず笑った。
返信する。
『なった。二人とも』
すぐに返事が来た。
『やっぱり!』
『完熟トマト東京編たい』
美香はベッドに倒れ込んで、笑った。
寂しさはある。
でも、それはもう、孤独とは違った。
会いたい人がいる。
待ってくれる人がいる。
また会える約束がある。
美香は、机の上の五線紙に、新しいタイトルを書いた。
「東京で会いたい」
その曲は、まだ一小節もできていない。
でも、美香の中では、もう音が鳴り始めていた。
次回予告
東京で再会した美香とアキラ。
音大の練習室で、二人は久しぶりに音を重ねる。
離れていても、音でつながっている。
そして美香は、新しい曲のタイトルを書き留める。
次回、第九十二話
「東京で会いたい」




