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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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東京の音

第八十五話


「東京の音」


 高校でも、美香は結果を残し続けた。


 福岡高校音楽科。


 そこは、甘い場所ではなかった。


 音楽が好きなだけでは足りない。

 才能だけでも足りない。

 毎日の基礎練習。

 譜面の読み込み。

 合奏での呼吸。

 作曲理論。

 ピアノ。

 ソルフェージュ。


 それでも、美香は逃げなかった。


「うち、もっと学びたい」


 その気持ちは、年を重ねるごとに強くなっていった。


 そして、アキラも福岡高校音楽科へ進学した。


 アキラは寄宿舎に入り、同じ吹奏楽部で一年間、美香と一緒に活動した。


 美香のトロンボーン。

 アキラのトランペット。

 時々、テナーサックス。


 二人の音は、以前よりずっと深くなっていた。


 高校二年の終わり。


 二人は東京の音大オープンキャンパスへ行くことになった。


 ただの往復では終わらない。


 美香の提案で、旅は大きな音楽の素材になった。


 博多から新山口まで新幹線。

 新山口から出雲市まで特急スーパーおき。

 出雲大社参拝。

 出雲市から東京までサンライズ出雲。

 東京の音大オープンキャンパス。

 東京から高松までサンライズ瀬戸。

 栗林公園。

 高松から松山まで特急しおかぜ。

 道後温泉。

 松山から柳井までフェリー。

 柳井から徳山まで山陽本線。

 徳山から博多まで新幹線。


 移動そのものが、ひとつの組曲だった。


 新幹線の加速。

 スーパーおきの山陰へ向かう揺れ。

 出雲大社の静けさ。

 サンライズ出雲の夜。

 東京の音。

 瀬戸内の朝。

 栗林公園の緑。

 しおかぜの疾走。

 道後温泉の湯けむり。

 フェリーの汽笛。

 山陽本線の車窓。

 博多へ戻る安心感。


 美香は旅の間、何度もノートを開いた。


「ここ、低音から始めたい」


 アキラが横から覗き込む。


「スーパーおきのところ?」


「うん。山に入っていく感じ。トロンボーンとホルンで、少し影のある音にしたか」


「じゃあ、出雲大社は?」


「弦みたいな響きにしたかけど、吹奏楽やけん、クラリネットとフルートで神楽みたいにする」


 アキラは笑った。


「美香、もう頭の中で鳴っとるやん」


「鳴っとる。止まらん」


 美香は少し照れた。


「東京の音大、すごかったね」


 アキラが言うと、美香は頷いた。


「うん。怖いくらい、みんな上手かった。でも……行きたいって思った」


「美香なら行けるたい」


「アキラも一緒に来るやろ?」


 アキラは、まっすぐ頷いた。


「行く。美香と一緒に音楽続けたいけん」


 その言葉に、美香の顔が少し赤くなる。


「……うん」


 旅から戻った美香は、卒業課題として未発表の組曲に取りかかった。


 タイトルは――


組曲『夜明けへ走る音』


 全体で約三十分。


 第一楽章「博多発、まだ見ぬ朝へ」

 第二楽章「山陰の風、出雲の祈り」

 第三楽章「寝台特急、星を渡る」

 第四楽章「東京の音」

 第五楽章「瀬戸内の朝、帰る場所」


 美香は、譜面に向かい続けた。


 ピアノで和音を確認し、ギターでコード感を探り、トロンボーンで旋律を吹いた。


 アキラも、何度も相談に乗った。


「ここ、トランペット入れすぎやない?」


「いや、東京の音やけん、少し鋭くしたかと」


「でも美香らしさなら、最後はあたたかく戻った方がよか」


「……それ、いい。最後、博多に帰る音やもんね」


 完成した組曲は、福岡高校の卒業課題発表会で披露された。


 演奏が始まる。


 新幹線のように走り出す金管。


 山陰へ入る木管の影。


 出雲大社の静かな祈り。


 サンライズ出雲の夜を思わせる、深い低音。


 東京の音大で感じた緊張と憧れ。


 瀬戸内の朝。


 そして最後に、博多へ帰るあたたかい和音。


 演奏が終わった瞬間、会場は静まり返った。


 その後、大きな拍手が起きた。


 美香は、ステージ袖で息を吐いた。


「……できた」


 アキラが隣で笑った。


「届いとったよ」


 美香は、少し涙ぐんだ。


「うん」


 かつて、那珂川の欄干で未来を閉じようとした少女。


 その少女が今、三十分の組曲で旅を描いた。


 遠くへ行く音。

 祈る音。

 憧れる音。

 帰ってくる音。


 美香の人生は、もう止まっていなかった。


 音になって、前へ進んでいた。



次回予告


 卒業課題として、組曲『夜明けへ走る音』を完成させた美香。


 旅の記憶、東京への憧れ、博多へ帰る安心感。


 そのすべてを音に変えた。


 そして、美香とアキラは東京の音大受験へ向かう。


 次回、第八十六話

 「音大受験」

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