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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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夕焼けの約束

第八十三話


「夕焼けの告白」


 練習室の窓から、夕陽が差し込んでいた。


 トロンボーンの金色の管が、赤く光る。


 アキラのトランペットも、同じ夕陽を受けて、少しだけ柔らかい色に見えた。


 美香は、譜面を閉じながら言った。


「アキラくん……」


 言いかけて、少し止まる。


 アキラも、何かを察したように顔を上げた。


「はい、美香さん」


 その呼び方が、急にくすぐったくなった。


 美香は小さく笑った。


「ねえ、もう“さん”とか“くん”とか、やめん?」


 アキラは目を丸くした。


「え?」


「うちは、アキラって呼びたい」


 アキラの顔が、夕陽より赤くなる。


「じゃあ……僕も、美香って呼んでいい?」


「うん」


 短い返事だった。


 でも、美香の胸は強く鳴っていた。


 アキラは、少し照れたように言った。


「美香」


 名前を呼ばれた瞬間、美香の胸がきゅっと温かくなった。


「……アキラ」


 二人は、しばらく何も言わなかった。


 ただ、夕陽の中で笑っていた。


 その静けさの中で、美香はふと、卒業式のことを思い出した。


 博多南中学校の卒業式。


 体育館に響く校歌。

 吹奏楽部の仲間たちの涙。

 先生たちの拍手。

 小倉家の家族。

 みらいのたねの人たち。

 村瀬由紀と千夏。

 そして、駆けつけてくれたアキラ。


 光子と優子は、式のあと、美香へ飛びついた。


「美香おねーちゃん、卒業おめでとう!」


「高校生になると!」


 優馬は泣きすぎて、ハンカチが足りなくなっていた。


 美鈴は笑いながら泣いていた。


「美香、よう頑張ったね」


 美香はあの時、胸がいっぱいになった。


 小学校の卒業式。


 保護者席に両親はいなかった。


 中学校の入学式。


 誰にも祝われなかった。


 新しい制服を着ても、心は空っぽだった。


 でも、博多南中学の卒業式は違った。


 自分を見てくれる人がいた。


 泣いてくれる人がいた。


 おめでとうと言ってくれる人がいた。


 そして、福岡高校音楽科の入学式。


 校門の前で、優馬が何枚も写真を撮ろうとして、美鈴に止められていた。


「優馬、撮りすぎたい」


「いや、娘の晴れ姿やけん!」


 光子が横から言った。


「美香おねーちゃん、かっこよか!」


 優子も頷く。


「音楽高校生たい」


 そこへ、アキラが少し息を切らして来た。


「美香さん……入学、おめでとうございます」


 その時のアキラの顔。


 少し照れて、でもまっすぐ祝ってくれた顔。


 それを思い出すと、美香は今でも胸が温かくなる。


 夕陽に照らされた練習室で、美香は少し俯いた。


 アキラが気づく。


「美香、どうしたと?」


「ううん。思い出しよっただけ」


「何を?」


「卒業式と、入学式」


 アキラは静かに頷いた。


「美香、いっぱい祝ってもらっとったね」


「うん」


 美香は、少し照れくさそうに笑った。


「昔は、卒業式も入学式も、誰も来んかったけん。祝ってもらうって、どうしていいかわからんかった」


 アキラは、何も急かさず聞いていた。


「でも、今は違う。お父さんも、お母さんも、光子と優子も、みらいのたねの人も、村瀬さんたちも……アキラも来てくれた」


 美香の声が少し震える。


「うち、ほんとに幸せになってきよるんやね」


 アキラは、ゆっくり言った。


「なっていいんよ」


 その言葉に、美香は顔を上げた。


「美香は、幸せになっていい」


 それは、美鈴や優馬から何度も言われてきた言葉だった。


 でも、アキラの声で聞くと、また違う温度があった。


 美香は、夕陽の中で顔を赤くした。


「……ありがとう、アキラ」


「うん」


 アキラも真っ赤だった。


 そのあと、二人はもう一度だけ楽器を構えた。


 美香のトロンボーン。


 アキラのトランペット。


 夕陽の中で鳴った二人の音は、まだ若く、少し不安定だった。


 でも、あたたかかった。


 卒業式に届いた祝福。


 入学式に咲いた笑顔。


 そして、名前で呼び合うようになった二人。


 美香の未来は、少しずつ音になって広がっていた。



次回予告


 美香とアキラは、互いを名前で呼び合うようになる。


 博多南中学の卒業式。

 福岡高校音楽科の入学式。

 たくさんの人に祝われた記憶。


 かつて誰にも祝われなかった少女は、今、愛される場所に立っている。


 次回、第八十四話

 「名前で呼んで」

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