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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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アキラの教室

第八十話


「アキラの教室」


 アキラの教室には、いつも見えない線があった。


 その線の内側にいる子たち。

 その線の外側に置かれる子。


 アキラは、ずっと外側にいた。


「親なし」


 最初は、小さな声だった。


「かわいそうなやつ」


 次第に、笑い声が混じるようになった。


「お前ん家、普通じゃないもんな」


 アキラは、何度も言い返そうとした。


 でも、言葉が喉で止まる。


 両親がいないことは、自分のせいではない。


 わかっている。


 わかっているのに、言われ続けると、まるで自分が欠けた人間みたいに思えてくる。


 その日も、休み時間だった。


 数人の男子が、アキラの机の周りに集まっていた。


「なあ、赤嶺。授業参観、誰が来ると?」


「じいちゃん? ばあちゃん?」


「親おらんもんな」


 笑い声。


 アキラは、拳を握った。


「やめて」


 小さな声だった。


 相手は、さらに笑った。


「聞こえん」


「もっと大きい声で言えや」


 その時、教室の入口に担任が立っていた。


 以前なら、その空気に気づいても、軽く注意するだけで終わっていたかもしれない。


 だが、今回は違った。


 みらいのたねからの連絡。

 祖父母からの相談。

 アキラ本人の訴え。

 そして、学校として正式に対応するという決定。


 担任は、はっきりと言った。


「全員、席につきなさい」


 教室が静かになった。


 担任は続けた。


「今の言葉は、からかいではありません。人を傷つける言葉です」


 男子たちの顔がこわばる。


「親がいるかいないか。家族の形がどうか。それは、誰かが笑っていいことではありません」


 アキラは、顔を上げられなかった。


 でも、先生の声が震えていないことはわかった。


 先生は、初めて真正面から止めてくれた。


 その日の放課後、アキラは校長室へ呼ばれた。


 祖父母も来ていた。


 みらいのたねのスタッフも同席している。


 担任、学年主任、校長。


 大人たちが、アキラの話を聞くために集まっていた。


「アキラくん」


 校長が言った。


「これまで、つらい思いをさせてしまったこと、学校として重く受け止めています」


 アキラは膝の上で手を握った。


「……僕、言ったらもっとひどくなると思ってました」


 祖母の静子が、涙をこらえていた。


 祖父の安三郎は、静かに唇を結んでいる。


 みらいのたねのスタッフが言った。


「話してくれてありがとう。ここからは、大人が動きます」


 アキラは、その言葉を聞いて、小さく頷いた。


 美香もまた、その報告を小倉家で聞いた。


「学校が動いたと?」


 優馬が頷く。


「うん。担任も校長も、今度はちゃんと対応するって」


 美香は、ほっとしたように息を吐いた。


「よかった……」


 光子が言う。


「アキラくん、守られると?」


 美鈴が頷いた。


「そう。みんなで守ると」


 優子が静かに言った。


「いじめは、見つけたら止めんといかんけんね」


 美香は、アキラの顔を思い出した。


 みらいのたねで涙を流した時の顔。


 農場で少し笑った顔。


 大学芋の約束をした時の、照れた顔。


 守りたい。


 その気持ちは、前よりもはっきりしていた。


 翌日、アキラの学校では、学年全体で話し合いが行われた。


 名前を出して責めるためではなく、何が人を傷つけるのか、どうすれば止められるのかを考える時間だった。


 担任は言った。


「家族の形を笑うことは、絶対に許されません」


 学年主任も続けた。


「誰かの悲しみを、遊び道具にしてはいけません」


 アキラは教室の端で聞いていた。


 すべてがすぐに解決するわけではない。


 明日から急に、みんなが優しくなるわけでもない。


 でも、少なくとも。


 自分が一人で耐えるだけの日々ではなくなった。


 放課後、アキラはみらいのたねへ電話した。


「今日、先生が止めてくれました」


 スタッフの声がやわらかくなる。


「よかったね」


「はい。でも、まだ怖いです」


「怖くていいよ。怖いままでも、ちゃんと進めるけん」


 アキラは、少し黙ってから言った。


「美香さんにも……伝えてください。僕、少しだけ頑張れましたって」


 その言葉は、その日のうちに美香へ届いた。


 美香は、静かに微笑んだ。


「アキラくん、頑張ったんやね」


 そして、日記に書いた。


 ――アキラくんの教室で、先生が止めてくれた。

 ――よかった。

 ――でも、まだ怖いって言っていた。

 ――怖いままでも進める。

 ――うちも、そうやった。

 ――いつか、アキラくんと一緒に、怖かった日を思い出しても大丈夫な日が来たらいい。


 美香はペンを置いた。


 アキラの教室は、まだ完全に安全な場所ではない。


 でも、誰かが立ち上がった。


 誰かが言葉を止めた。


 その小さな一歩が、アキラの未来を少しだけ変え始めていた。



次回予告


 アキラの教室で、いじめに対する対応が始まる。


 担任、校長、祖父母、みらいのたね。


 大人たちは、ようやくアキラを一人にしないと決める。


 一方、美香はアキラへの気持ちが、ただの心配ではないことに気づき始める。


 次回、第八十一話

 「二人の音」

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