届いた声
第七十四話
「届いた声」
美香の告白は、静かに、しかし確実に広がっていった。
番組の放送後、みらいのたねには電話が相次いだ。
「子どもの様子が気になる」
「近所の子が、いつも同じ服を着ている」
「自分も家に帰るのが怖い」
「助けてって言ってもいいんですか」
美香の声は、誰かの沈黙を少しずつほどいていた。
そして番組の後半では、美香を支えてきた大人たちの証言も紹介された。
最初に映ったのは、村瀬由紀だった。
由紀は、落ち着いた声で話した。
「最初は、靴でした。美香ちゃんの歩き方が痛そうで。服も、体に合っていなかった。お腹も空いているように見えました。でも、本人はずっと“大丈夫です”と言うんです」
由紀は少し間を置いた。
「子どもの“大丈夫”は、本当に大丈夫とは限りません。大人が見ないといけない。聞かないといけない。そう思いました」
次に、城南小学校の担任だった先生。
「もっと早く踏み込めたのではないかと、今でも思います。ただ、通報後に家庭で何が起きるかという怖さもありました。でも、結果的に美香さんは限界まで追い詰められていた。子どもの安全を第一に考える判断を、もっと早くしなければならなかったと思っています」
保健室の先生も語った。
「身体の成長に必要なものが与えられていない。それは恥ずかしい話ではなく、明確なネグレクトです。子どもが“困っている”と言えない時、大人が気づく必要があります」
みらいのたねの理事長は、那珂川の夜を振り返った。
「欄干に立っていた美香さんは、死にたかったというより、苦しみから逃げる方法がそれしか見えなくなっていたのだと思います。あの時、私たちが間に合ったことは本当に大きかった。でも本当は、そこまで追い詰められる前に、社会が受け止めなければならないんです」
そして、小倉優馬。
彼は少し緊張した様子でカメラの前に座った。
「美香がうちに来た時、ずっと謝っとったんです。ご飯食べても、笑っても、泣いても。“ごめんなさい”って。最初は、何でそんな謝るんやろって思った。でも、それが美香にとって、生き残るための言葉やったんですよね」
優馬は、まっすぐ前を見た。
「親になるって、子どもを所有することやなか。守ることたい。美香はうちの娘です。これからも、何度でも言います。美香は悪くなか。幸せになってよか」
最後に、美鈴が映った。
彼女は、静かに、しかし強い声で言った。
「子どもは、食べていい。泣いていい。笑っていい。成長していい。お金がかかるから邪魔なんてことは絶対になか」
美鈴の目が潤む。
「美香は、たくさん傷ついてきました。でも今は、歌って、吹いて、笑っています。それは、美香が強かったからだけじゃない。周りがちゃんと支えたからです。だから、今苦しんでいる子がいたら、どうか一人にせんでください」
放送後、美香は小倉家のリビングで黙っていた。
光子と優子が、両側に座っている。
「美香おねーちゃん」
「みんな、美香おねーちゃんのこと見とったね」
美香は涙を浮かべて頷いた。
「うん……うち、一人じゃなかったんやね」
美鈴がそっと言った。
「ずっと一人に見えた時間もあったかもしれん。でも今は違う。これからも違う」
美香は、ゆっくり息を吸った。
自分の声が届いた。
大人たちの証言も届いた。
それは、過去をもう一度傷つけるためではない。
同じ苦しみの中にいる誰かへ、道を示すためだった。
次回予告
美香の告白と、大人たちの証言。
番組は大きな反響を呼び、みらいのたねには相談が相次ぐ。
声をあげていい。
助けを求めていい。
その言葉が、誰かの命綱になっていく。
次回、第七十五話
「相談の電話」




