証言する大人たち
第七十三話
「証言する大人たち」
トリプルピーチ★の二回目のテレビ出演が決まった時、美香はしばらく黙っていた。
番組側からは、新曲『ハレバレ☆ピーチステップ!』の披露に加えて、短いインタビューの時間を設けたいという話が来ていた。
美鈴は、慎重に尋ねた。
「美香、無理せんでよかよ」
優馬も頷いた。
「歌だけでもよか。話すかどうかは、美香が決めてよか」
美香は、しばらく自分の手を見つめていた。
小倉美香。
その名前になってから、少しずつ前へ進んできた。
でも、過去はまだそこにある。
言い訳だらけの調書。
夜の足音。
空っぽの弁当箱。
那珂川の欄干。
美香は静かに言った。
「話したい」
美鈴が目を見開く。
「本当に?」
「うん」
美香は顔を上げた。
「うちと同じ思いをする子が、もう出てほしくなか。助けてって言っていいって、伝えたい」
優馬は、何も言わず頷いた。
美鈴は、美香の手を握った。
「わかった。お母さんたちは、そばにおるけん」
番組当日。
スタジオの照明は明るかった。
前回よりも、美香は少し落ち着いていた。
光子と優子は、いつものように元気だった。
「今日はハレバレたい!」
「ピーチステップ!」
新曲『ハレバレ☆ピーチステップ!』は、アップテンポで明るい曲だった。
三人の声が跳ねる。
手拍子が起きる。
光子が笑う。
優子がリズムを取る。
美香も、前より自然に歌えていた。
歌い終わると、司会者が三人を席へ案内した。
「今日は、美香さんからお話があると伺っています」
スタジオが静かになる。
美香は深く息を吸った。
隣には光子と優子。
客席の向こうには、優馬と美鈴。
そして、みらいのたねの理事長、村瀬由紀、千夏も見守っていた。
美香は、まっすぐカメラを見た。
「私は、小倉美香です」
声は少し震えていた。
でも、止まらなかった。
「今は、小倉家の子として暮らしています。でも、前の家では、つらいことがたくさんありました」
スタジオが静まり返る。
「ご飯を食べられない日がありました。必要なものを買ってもらえないこともありました。怖くて、家に帰りたくない日もありました」
美香は一度、唇を噛んだ。
美鈴が客席で小さく頷く。
美香は続けた。
「私は、死んでしまいたいと思ったことがあります。もう消えたいと思ったことがあります」
光子と優子が、そっと美香の手を握った。
美香は、その手の温かさを感じながら言った。
「でも、助けてくれる人がいました。気づいてくれた先生、村瀬さん、みらいのたねの人たち、お父さん、お母さん、光子と優子」
美香の目に涙が浮かぶ。
「私は、助けてって言っていいことを、あとから知りました」
カメラの向こうを見つめる。
「今、つらい思いをしている子がいたら、どうか一人で抱えないでください。誰かに言ってください。先生でも、近所の人でも、相談できる場所でもいいです」
声が震える。
でも、はっきり言った。
「助けを求めていいです。声をあげていいです。あなたが悪いんじゃありません」
スタジオには、誰もすぐに言葉を返せなかった。
司会者の目も潤んでいた。
美香は最後に、少しだけ笑った。
「私は、まだ怖い時があります。でも、今は歌えます。笑えます。だから、同じ思いをしている誰かにも、いつか笑える日が来てほしいです」
放送後、反響はすさまじかった。
「小倉美香さん、話してくれてありがとう」
「自分も助けてって言ってよかったんだと思えた」
「子どもにこんな思いをさせたらいけない」
「トリプルピーチ★を応援します」
「美香ちゃん、生きていてくれてありがとう」
励ましの言葉が、次々に届いた。
みらいのたねにも、相談の電話が増えた。
学校の先生からも、保護者からも、子ども本人からも。
美香の言葉は、誰かの心に届いていた。
その夜、小倉家で美香はスマホに届く反応を見ていた。
涙がこぼれる。
「お母さん……うち、話してよかったとかな」
美鈴は、美香を抱きしめた。
「よかったよ。美香の言葉、ちゃんと届いとる」
優馬も言った。
「勇気がいることやった。よう話したね」
光子が胸を張る。
「美香おねーちゃん、かっこよかった!」
優子も頷く。
「うん。すごく強かった」
美香は泣きながら笑った。
証言する大人たち。
それだけではなかった。
今度は、美香自身も証言した。
自分の名前で。
自分の言葉で。
そしてその言葉は、誰かの「助けて」につながるかもしれない。
そう思えた夜だった。
⸻
次回予告
美香はテレビで、自らの生い立ちを語った。
誰にも同じ思いをしてほしくない。
助けを求めていい。
声をあげていい。
その告白は、大きな反響を呼ぶ。
そして、みらいのたねには相談の電話が相次ぎ始める。
次回、第七十四話
「届いた声」




