↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/85

小倉美香の証

 第七十二話

「小倉美香の証」


 裁判が一区切りついたあと、関係機関には詳しい調書が開示された。


 小倉家。

 みらいのたね事務所。

 博多南中学校。

 児童相談所。

 そして、これまで美香を見守ってきた関係者たち。


 そこには、和正と香織の供述が並んでいた。


 生活が苦しかった。

 しつけのつもりだった。

 美香が大げさに受け取った。

 自分たちも追い詰められていた。

 親として会いたかっただけだった。

 出演料のことは、家族として当然だと思った。


 紙の上に並ぶ言葉は、どれも言い訳だった。


 優馬は、最後まで読み終える前に、静かに書類を机へ置いた。


「……これ、全部自分らのことばっかりやね」


 声は低かった。


 美鈴は、拳を握っていた。


「美香が何を食べてたか。どんな靴履いとったか。夜どんな気持ちで寝とったか。そこには一言も触れとらん」


 美鈴の目に怒りが宿る。


「最後まで、美香のこと見てなかったんやね」


 優馬はうなずいた。


「親やなくて、自分らの都合を守りたかっただけたい」


 みらいのたねでも、理事長とスタッフたちが調書を確認していた。


 理事長はしばらく黙っていた。


 そして、深く息を吐いた。


「謝罪の言葉に見える部分もある。でも、それは美香さんへ向いたものではありませんね」


 スタッフが頷いた。


「自分たちの罪を軽くするための言葉にしか見えません」


 そこには、美香を失った悲しみではなく、立場を失った焦りがあった。


 娘の未来を案じる言葉ではなく、金銭や世間体への執着があった。


 村瀬家にも、共有可能な範囲で内容が伝えられた。


 村瀬由紀は、資料を読みながら顔色を変えた。


「これを……しつけって言うんですか」


 千夏も隣で唇を噛んでいた。


「美香、あんなに我慢してたのに」


 由紀の声は震えていた。


「食べさせないことも、必要なものを買わないことも、暴言も、全部“生活が苦しかったから”で済ませようとしてる」


 千夏が小さく言った。


「美香は、悪くなかったのに」


 由紀は資料を閉じた。


「うん。美香ちゃんは何も悪くない」


 その日の夕方、小倉家では美香にすべてを見せるかどうか、慎重に話し合われた。


 美鈴は言った。


「今すぐ全部読ませる必要はなかと思う」


 優馬も頷いた。


「美香が知る権利はある。でも、受け止める準備も大事たい」


 美香は、リビングの入り口でその話を聞いていた。


「……うちのこと?」


 美鈴が振り返る。


「美香」


「調書……来たと?」


 優馬は隠さなかった。


「うん。来た」


 美香は少し黙った。


「うち、読みたい気持ちもある。でも……怖い」


 美鈴は立ち上がり、美香のそばへ来た。


「怖いなら、今は読まんでよか。読みたくなった時に、お母さんたちと一緒に読もう」


 美香は頷いた。


「和正たち、何て言っとった?」


 優馬は言葉を選んだ。


「言い訳が多かった」


 美香は目を伏せた。


「やっぱり……」


 美鈴は静かに言った。


「でもね、美香。どれだけ言い訳しても、裁判ではちゃんと認められた。美香が悪かったんやないって」


 美香の目に涙が浮かんだ。


「うん」


 光子と優子が、美香の両側に来た。


「美香おねーちゃん、悪くなか!」


「うちらが証人たい!」


 優馬が少し笑う。


「証人、頼もしかね」


 優子が胸を張る。


「優子、左ほくろ証人」


 光子も負けじと言う。


「光子、右ほくろ証人!」


 美香は、涙を拭きながら笑った。


「それ、証人の種類として合っとると?」


 美鈴も笑った。


「たぶん、合っとらんね」


 でも、その笑いに救われた。


 重たい調書。

 言い訳だらけの言葉。

 怒り。


 その全部に押し潰されそうな空気の中で、光子と優子はいつものように、美香の隣へ立ってくれた。


 夜。


 美香は日記帳を開いた。


 ――調書が来た。

 ――読むのは怖い。

 ――でも、お父さんとお母さんが、一緒に読めばいいって言ってくれた。

 ――村瀬さんたちも、怒ってくれた。

 ――みらいのたねの人たちも、ちゃんと見てくれている。

 ――私は、もう一人で証明しなくていい。


 美香は少し考えた。


 そして最後に書いた。


 ――小倉美香。

 ――これが、今の私の名前。

 ――私が悪くなかった証。


 ペンを置いた時、美香は静かに息を吐いた。


 過去は消えない。


 でも、過去を言い訳で塗りつぶされることは、もうない。


 小倉美香。


 その名前は、美香が生き直していくための証だった。


 次回予告


 開示された調書には、和正と香織の言い訳が並んでいた。


 優馬、美鈴、みらいのたね、村瀬家。


 美香を見守ってきた人たちは怒りを新たにする。


 それでも美香は、少しずつ知っていく。


 自分の過去は、誰かの言い訳で消されない。


 次回、第七十三話

「証言する大人たち」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。