ハレバレ☆ピーチステップ!
第六十九話
「ハレバレ☆ピーチステップ!」
トリプルピーチ★の二曲目は、前作とはまったく違う方向性になった。
『未来色ハーモニー』が“優しく包む曲”なら。
今度の曲は――
“前を向いて笑い飛ばす曲”
だった。
タイトルは、
『ハレバレ☆ピーチステップ!』
イントロからブラス全開。
ドラムが跳ねる。
ベースが走る。
そして、サビでは全員で手拍子。
光子は初めてデモ音源を聴いた瞬間、飛び跳ねた。
「これ好き!」
優子も頷く。
「めっちゃ動きたくなる」
美香は少し驚いた顔をしていた。
「前の曲と全然違うね」
優馬が笑う。
「人生、バラードだけじゃ疲れるけんな」
美鈴も頷く。
「明るい曲も必要たい」
今回のレコーディングは、前回よりさらに本格的だった。
振り付け。
掛け声。
フォーメーション。
光子は初日から暴走していた。
「ここで回る!」
優子が即座に止める。
「みっちゃん、それ三回転しよる」
「勢いが大事!」
「酔うたい」
美香は笑いながら譜面を確認していた。
数ヶ月前。
笑うことさえ怖かった自分が、今は妹たちと振り付けで笑っている。
人生は、本当に変わるのだと、美香は少しずつ実感し始めていた。
レコーディング当日。
今回はブラス録音にも、美香が参加することになった。
トロンボーンを抱えた美香を見て、スタッフが笑う。
「歌って踊って吹奏楽までやる中学生、なかなかおらんよ」
美香は照れた。
「まだ全然です」
すると優子が真顔で言った。
「でも全国最優秀賞」
光子も頷く。
「しかもルパン!」
美香は吹き出した。
「それ毎回言うやん」
優馬がしみじみ言う。
「小倉家、“全国最優秀賞”を擦り続ける家風になるかもしれん」
美鈴が即ツッコミ。
「一生言う気やろ」
録音は順調に進んだ。
サビ。
三人の声が重なる。
♪ ハレバレいこう
ピーチステップ!
泣いた昨日も飛び越えて!
明るい。
でも、軽いだけではない。
“泣いた昨日”を知っているからこそ歌える明るさだった。
録音を終えたあと、美香は少し息を吐いた。
「なんか……楽しかった」
光子が叫ぶ。
「やったー!」
優子も笑う。
「美香おねーちゃん、笑いながら歌っとった」
美香は、はっとした。
本当だった。
以前の自分なら、“失敗しないこと”しか考えられなかった。
でも今は、
“楽しい”
が先に来ていた。
その変化に、美香自身が驚いていた。
一方。
黒木和正と香織は、追い詰められていた。
警察からの正式警告。
児童相談所からの接触制限。
さらに、番組関係者への問い合わせも完全に遮断。
和正は、苛立ちを隠せなかった。
「なんで俺が悪者みたいになっとるんや!」
香織は黙ったままだった。
「娘やぞ!? 親やぞ!?」
その言葉を聞きながら、香織はふと思った。
自分たちは、“親”だったのだろうか。
食べさせなかった。
守らなかった。
怯える娘を見て見ぬふりした。
それでも“親”と言えるのだろうか。
だが、その考えを口にすると、和正が怒鳴る。
だから香織は何も言えなかった。
その頃、小倉家では。
光子と優子が、新曲の最後の決めポーズで揉めていた。
「うちはこう!」
光子が両手を広げる。
優子が冷静に首を振る。
「それだと転ぶ」
「また!?」
「みっちゃんは転ぶ前提で生きすぎたい」
美香は笑いながら、二人の真似をしてみた。
すると光子が固まった。
「美香おねーちゃん……」
「ん?」
「ノリツッコミ覚え始めとる……!」
優馬が感動したように言う。
「小倉家の血が」
美鈴が即座に言う。
「だから血は繋がっとらん」
リビングが笑い声に包まれる。
美香は、その笑いの中にいた。
もう、笑うことは怖くない。
まだ夜に悪夢を見る日はある。
突然苦しくなる日もある。
でも。
それでも。
笑える日が増えてきた。
歌える日が増えてきた。
未来を考える時間が増えてきた。
それは、美香が少しずつ、“生きる側”へ戻ってきている証だった。
次回予告
新曲『ハレバレ☆ピーチステップ!』完成。
トリプルピーチ★は、さらに注目を集め始める。
一方、美香は夜中に再び悪夢を見る。
笑えるようになっても、傷はまだ消えていない。
そんな美香へ、美鈴が静かに語りかける。
次回、第七十話
「悪夢のあとで」




