トリプルピーチ★
第六十四話
「トリプルピーチ★」
トリプルピーチ★。
その名前が決まってから、小倉家はさらに騒がしくなった。
「まずは曲ば作らんと!」
光子が机に落書きを広げる。
「うにゃ〜あじゃぱーの歌!」
優子が即座に止める。
「デビュー曲でそれは危険たい」
美香は笑いながら牛乳を飲んでいた。
「でも、ちょっと聞いてみたかも」
優馬が腕組みをする。
「うにゃ〜あじゃぱー交響曲第一番」
美鈴が即ツッコミ。
「誰が買うとそれ」
結局、楽曲はプロの作詞家と作曲家へ依頼されることになった。
みらいのたねの理事長や、美鈴の知り合いの音楽関係者も協力し、本格的なレコーディング企画が動き始める。
数週間後。
美香たちは初めてレコーディングスタジオへ入った。
大きなマイク。
ガラス越しの調整室。
ヘッドホン。
譜面台。
美香は完全に固まっていた。
「……すご」
光子はきょろきょろしながら言う。
「秘密基地みたい!」
優子は真剣に機材を見ている。
「これ全部、音録る機械やろ?」
スタッフが笑った。
「詳しいねぇ」
優子は胸を張る。
「なんとなく!」
今回のデビュー曲のタイトルは――
『未来色ハーモニー』
だった。
優しいピアノから始まり、途中からブラスが入る。
吹奏楽経験のある美香の音を活かしたアレンジ。
歌詞には、
「ここにいていい」
「笑っていい」
「明日はきっと来る」
そんなメッセージが込められていた。
レコーディング当日。
光子と優子は、妙に落ち着いていた。
二人は既にテレビ出演経験があり、マイクの前でもあまり緊張しない。
だが、美香は違った。
手が震える。
ヘッドホン越しに流れるイントロだけで、心臓が跳ねる。
「美香おねーちゃん」
光子が隣に立つ。
「大丈夫っちゃ」
優子も頷く。
「うちらも一緒やけん」
美香は、小さく息を吸った。
「……うん」
録音が始まる。
最初は声が少し硬かった。
だが、光子と優子の歌声が重なると、不思議と肩の力が抜けていく。
三人の声は、まだ未完成だった。
でも、だからこそ真っ直ぐだった。
美香の少し低めで柔らかい声。
光子の明るく前へ出る声。
優子の安定した芯のある声。
それぞれ違うのに、不思議と混ざる。
録音が終わると、調整室から拍手が起きた。
「いいよ!」
「初めてとは思えない!」
美香は、信じられない顔をしていた。
「ほんとに……?」
音楽スタッフが笑う。
「ほんとに。特にサビ、すごく届く声してた」
“届く”。
その言葉に、美香の胸が熱くなる。
数日後。
トリプルピーチ★は、ついにテレビ出演の日を迎えた。
生放送の音楽番組。
観客席。
カメラ。
ライト。
控室で、美香はガチガチになっていた。
「む、無理かもしれん……」
光子が言う。
「大丈夫!」
優子も頷く。
「美香おねーちゃん、ルパン全国最優秀賞取ったやん」
光子がさらに言う。
「全国大会より人少ない!」
「比較がおかしいっちゃ」
でも、その言葉で美香は少し笑えた。
本番直前。
優馬が親指を立てる。
「行ってこい、トリプルピーチ★」
美鈴も微笑む。
「楽しんでおいで」
ステージ。
ライトが当たる。
司会者が紹介する。
「今夜デビュー! 話題の三姉妹ユニット、トリプルピーチ★です!」
拍手。
歓声。
美香の足が震える。
だが、隣には光子と優子がいた。
イントロが流れる。
ピアノ。
ストリングス。
そして、ブラス。
美香はマイクを握った。
歌う。
優しく。
まっすぐに。
歌詞が、胸に入ってくる。
“泣いてもいいよ”
“ここにいていいよ”
“君の声は消えない”
美香は歌いながら、那珂川の欄干を思い出していた。
あの日、消えようとしていた自分。
でも今、自分はライトの下で歌っている。
光子と優子と一緒に。
歌い終わった瞬間。
一拍遅れて、会場から大きな拍手が起きた。
司会者が驚いた顔をする。
「すごい新人が出てきましたね……!」
放送直後。
番組には感想が殺到した。
「三姉妹かわいすぎる!」
「歌詞で泣いた」
「真ん中の子の声、めちゃくちゃ心に来る」
「トロンボーン吹いてた子よね?」
「光子ちゃん優子ちゃん安定の爆笑感」
「未来色ハーモニー配信してほしい!」
みらいのたねでも、みんなでテレビを見て大騒ぎだった。
村瀬由紀も千夏も、画面を見ながら涙ぐんでいた。
そして放送終了後。
控室へ戻った美香は、ようやく息を吐いた。
「終わったぁ……」
光子が飛びつく。
「美香おねーちゃん、すごかった!」
優子も抱きつく。
「ちゃんと届いとった!」
美香は、泣き笑いの顔になった。
「……うん」
届いた。
音も。
歌も。
自分の声も。
トリプルピーチ★。
それは、小さな三姉妹が始めた、未来へ向かう最初のハーモニーだった。
⸻
次回予告
デビュー曲『未来色ハーモニー』は大反響。
トリプルピーチ★は、一気に注目を集め始める。
だが、美香はまだ戸惑っていた。
自分が、本当に幸せになっていいのか。
そんな中、みらいのたねへ一本の電話が入る。
次回、第六十五話
「黒木和正の涙」




