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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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小倉美香

 第五十九話

「小倉美香」


 小倉美香。


 その名前に、少しずつ慣れ始めた頃だった。


 白金荘に、懐かしい客がやって来た。


 村瀬由紀と、娘の千夏。


 城南小学校時代、美香の異変に気づき、靴を用意し、学校や児童福祉につないでくれた人たちだった。


「美香ちゃん」


 玄関で美香を見た由紀は、一瞬言葉を失った。


 痩せた印象はまだ残っている。


 けれど、顔色が違っていた。


 目が、前より少し明るい。


 笑う時に、ほんの少しだけ遠慮が減っている。


「……元気そうで、よかった」


 由紀の声が震えた。


 美香は、小さく笑った。


「村瀬さん、千夏ちゃん……来てくれてありがとう」


 千夏は少し照れくさそうに笑った。


「美香、久しぶり。名字、変わったんやね」


「うん。小倉美香になった」


「そっか」


 千夏は、まっすぐ言った。


「でも、美香は美香やね」


 その言葉に、美香は胸が温かくなった。


 その後、村瀬家と小倉家の初対面が始まった。


 優馬が頭を下げる。


「小倉優馬です。美香の父になりました」


 美鈴も続く。


「小倉美鈴です。これまで美香を見つけて、支えてくださって、本当にありがとうございます」


 由紀は首を振った。


「私は、できることをしただけです。でも……あの時、もっと早く踏み込めていたらと思うこともあります」


 美鈴は静かに言った。


「それでも、村瀬さんが気づいてくれたから、美香はここまで来られました」


 光子と優子は、千夏を見ていた。


「千夏おねーちゃん?」


「美香おねーちゃんを助けた人?」


 千夏は少し困ったように笑った。


「助けたっていうか……一緒に靴置いただけ」


 光子が胸を張る。


「それはすごい!」


 優子も頷く。


「靴は大事やけんね」


 その後、千夏、美香、光子、優子の四人で近所のスーパーへ買い物に行くことになった。


「行ってきます」


 美香が言うと、優馬が笑った。


「気をつけてな」


 光子が振り返る。


「アイス買う!」


 優子が続ける。


「優子も!」


 千夏が笑う。


「じゃあ私はクッキーにしようかな」


 美香も少し考えた。


「私もクッキーがいい」


 四人が出て行くと、部屋の中は少し静かになった。


 由紀、美鈴、優馬はテーブルについた。


 由紀は、改めて美香のこれまでを話した。


 城南小学校での変化。

 筆記用具。

 服装。

 靴。

 体調。

 食事。

 そして、和正が平日の昼間にパチンコ屋へ入っていくのを見たこと。


「その後、市役所で確認できる範囲を見て、支援が出ているのに、美香ちゃん本人に届いていない可能性があると思いました」


 優馬の表情が険しくなる。


「美香に出されたお金を……」


「使い込んでいた可能性が高いです」


 美鈴は拳を握った。


「本当に……子どもを何やと思っとるんやろ」


 由紀は続けた。


「現在、和正さんと香織さんには警察から接近禁止の措置が出ています。学校周辺、小倉家の自宅付近、通学経路、生活圏への接近は禁止されています」


 優馬が深く頷く。


「ありがたいです。美香が安心して暮らせるようにせんと」


 美鈴は、静かに尋ねた。


「どうして、そこまで美香に危害を加えるようになったんですか」


 由紀は少し沈黙した。


 そして、慎重に話し始めた。


「きっかけは、和正さんの酒気帯び運転です。配送会社で働いていた時、飲酒が残った状態でトラックを運転し、検問で検挙されました」


 優馬の顔が強張る。


「配送業でそれは……」


「はい。会社は懲戒解雇。そこから再就職が極めて困難になりました。面接では退職理由を問われます。隠せない。正直に話せば落ちる。その繰り返しだったようです」


 美鈴は目を伏せた。


「でも、それは美香のせいじゃない」


「もちろんです」


 由紀は頷いた。


「けれど和正さんは、失業、貧困、再就職難、酒、ギャンブルの苛立ちを、美香ちゃんへ向けるようになった。香織さんも、和正さんを止められなくなり、むしろ怒りの矛先を美香ちゃんへ向ける側に回っていった」


 優馬は低く言った。


「弱い子どもに向けたんですね」


 由紀は苦しそうに頷いた。


「はい」


 その頃、スーパーでは光子と優子がアイス売り場の前で真剣に悩んでいた。


「チョコか、いちごか……」


「優子はバニラ」


「即決やん!」


 千夏が笑い、美香も笑った。


 美香はクッキーを手に取る。


 自分で選ぶ。


 買っていいか聞いて、怒鳴られない。


 それだけのことが、まだ少し不思議だった。


 帰り道。


 光子がアイスの袋を掲げた。


「小倉家おやつ会!」


 優子が続ける。


「千夏おねーちゃん歓迎会!」


 美香は、クッキーの袋を抱えながら笑った。


「また会の名前が増えた」


 千夏が言った。


「美香、笑うようになったね」


 美香は少し照れた。


「……うん。少しずつ」


「よかった」


 千夏の声は、あの頃と同じように優しかった。


 白金荘へ戻ると、四人は買ったお菓子をテーブルに並べた。


 光子と優子がアイスを開け、千夏と美香がクッキーを皿に出す。


 優馬がボケる。


「これは小倉家国際おやつサミットやな」


 美鈴が即座に言う。


「国内しかおらんたい」


 美香も続く。


「お父さん、規模盛りすぎ」


 光子が追撃する。


「あじゃだらぱー認定!」


 優子も言う。


「うにゃだらマンボー追加!」


 由紀と千夏が笑った。


 美香も笑った。


 その笑顔を見て、由紀はようやく少しだけ肩の力を抜いた。


 あの時、欄干へ向かっていったかもしれない少女が、今は家族と一緒におやつを囲んでいる。


 まだ傷は消えない。


 でも、美香は確かにここにいる。


 小倉美香として。


 新しい名前と、新しい家族と、新しい日常の中で。


 次回予告


 村瀬家との再会。


 美香を見守ってきた由紀と千夏は、小倉家で少しずつ明るさを取り戻す美香に安堵する。


 そして明かされる、黒木家崩壊の始まり。


 酒気帯び運転。

 懲戒解雇。

 再就職難。

 酒とギャンブル。

 そして、子どもへの虐待。


 次回、第六十話

「九州大会へ」

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