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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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みらいのたね襲撃

第五十五話


「みらいのたね襲撃」


 夏のコンクールから数日後。


 美香は、みらいのたねのフリースペースで譜面を開いていた。


 ルパン三世のテーマ。


 何度も吹いた場所を、指でなぞる。


 あの日、自分の心を掴んだ曲。


 そして、自分が初めて「吹きたい」と願った曲。


 光子と優子が、横で騒いでいた。


「うにゃ〜あじゃぱー!」


「ルパンだー!」


 優子が少し呆れた顔をする。


「みっちゃん、もう何でもルパンにするやん」


「ルパンは万能!」


 美香は、少し笑った。


 その時だった。


 玄関の方から、妙な怒鳴り声が聞こえた。


「おるんやろ!? 黒木美香!!」


 美香の身体が、一瞬で凍った。


 心臓が跳ねる。


 呼吸が止まる。


 その声を、美香は忘れられない。


 和正だった。


 譜面が、手から落ちる。


 優子がすぐに異変に気づいた。


「美香おねーちゃん?」


 美香の顔色は真っ白だった。


 美鈴も立ち上がる。


 優馬も表情を変えた。


 入口では、スタッフが和正と香織を止めていた。


「やめてください! 勝手に入らないでください!」


「娘に会わせろや!」


 和正は怒鳴る。


 香織も興奮した声で叫ぶ。


「親なんですよ! 会う権利があるでしょ!」


 その声を聞いた瞬間。


 光子と優子が飛び出した。


「待ちなさい!」


 美鈴が止める。


 だが、二人は止まらない。


 光子が和正を指差した。


「あんたらが、美香おねーちゃん泣かせたと!?」


 優子も前へ出る。


「なんでそんなことするん!」


 和正が眉を吊り上げた。


「なんだこのクソガキ」


 その瞬間。


 空気が変わった。


 光子と優子は、普段から間違ったことが大嫌いだった。


 筋の通らないことが嫌いだった。


 しかも二人は、三歳にしてテレビで何百人、何千人という観客の前に立ってきた。


 カメラにも、大人にも怯まない。


 妙に度胸が据わっていた。


 光子が胸を張る。


「クソガキじゃなか! 光の戦士!」


 優子も続ける。


「それに、美香おねーちゃんは物じゃない!」


 和正が怒鳴る。


「ガキは黙っとれ!」


 だが、光子は一歩も引かなかった。


「あんた、美香おねーちゃんのこと、お金のことしか言わんやったやろ!」


 優子が続ける。


「好きとか、会いたかったとか、一回も言わんやん!」


 和正が言葉に詰まる。


 光子は畳みかけた。


「なんで探したと!?」


「……」


「美香おねーちゃんに会いたかったからじゃなくて、お金が欲しかったからやろ!」


 優子も真っ直ぐ見上げる。


「最低」


 その小さな言葉が、妙に重かった。


 和正の顔が歪む。


「ガキが偉そうに――」


「偉そうなのはそっち!」


 光子が叫ぶ。


「美香おねーちゃん、いっぱい泣いたっちゃ!」


 優子も声を張る。


「ご飯も食べさせんで、怖がらせて、泣かせて!」


 和正が舌打ちする。


「うるさい!」


 その時だった。


 美鈴が、静かに前へ出た。


 空気が変わる。


 美鈴の背後に、青白い怒りの気配が立ち上る。


 優馬ですら、一歩下がった。


「……あんたら」


 声は静かだった。


 だが、その静けさが逆に怖かった。


「美香ちゃんを、何やと思っとると」


 和正が吐き捨てる。


「親子の問題や。関係ない奴は引っ込んどれ」


 美鈴の目が、鋭く光った。


「関係ある」


 一歩前へ出る。


「うちは一度、死にかけたんよ」


 和正が一瞬たじろぐ。


「事故で、生きるか死ぬかのところまで行った」


 美鈴は、まっすぐ和正を見た。


「でも、たくさんの人に支えられて、ここまで戻ってきた」


 さらに一歩。


「幼稚園の教諭になって、たくさんの子どもを見てきた」


 声が震える。


 怒りで。


「だからわかる」


 美鈴は、和正を睨みつけた。


「自分の子どもを蔑ろにする奴は、絶対に許さん」


 次の瞬間だった。


 美鈴の膝蹴りが、渾身の勢いで和正の股間へ突き刺さった。


「ごぁぁぁっ!!」


 和正が苦悶の声を上げ、その場に崩れ落ちる。


 スタッフたちが固まる。


 優馬が顔を覆う。


「うわぁ……容赦ない……」


 光子が目を輝かせる。


「美鈴ママ強い!」


 優子が真顔で頷く。


「博多女、怒らせたら終わりやね」


 美鈴は、崩れ落ちた和正を見下ろした。


「これは、子どもの権利を奪い続けてきたあんたらへの怒りの鉄拳たい」


 青白い怒気が、まだ燃えている。


「博多女の底力、舐めるな」


 香織は震えていた。


 和正は股間を押さえたまま、声にならない呻きを漏らしている。


 そこへ、優馬が静かに前へ出た。


「警察、もう呼んどるけん」


 和正が顔を上げる。


 遠くから、パトカーのサイレンが近づいてきていた。


 美香は、その光景を震えながら見ていた。


 怖かった。


 でも。


 今日は違った。


 誰も、自分を見捨てていない。


 光子と優子がいた。


 優馬がいた。


 美鈴がいた。


 みらいのたねがあった。


 自分を守るために怒ってくれる大人がいる。


 それを、美香は初めて知った。


 そして、美鈴は振り返る。


 怒りの表情が、少しだけやわらいだ。


「美香ちゃん。もう大丈夫やけん」


 その言葉を聞いた瞬間。


 美香の張りつめていた糸が切れた。


 涙が、一気に溢れ出した。



次回予告


 みらいのたねへ押しかけた和正と香織。


 だが、美香はもう一人ではなかった。


 光子と優子の怒り。

 優馬の静かな覚悟。

 そして、美鈴の“博多女の鉄拳”。


 警察が到着し、事態は大きく動き始める。


 次回、第五十六話

 「もう帰らない」

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