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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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吹奏楽コンクール

第五十四話

「吹奏楽コンクール」


 夏のコンクールで演奏する曲を決める日。


 博多南中学校吹奏楽部の音楽室には、いつもより少し張りつめた空気があった。


 顧問の先生が黒板の前に立つ。


「今年の自由曲、いくつか候補があります」


 クラシック。

 映画音楽。

 吹奏楽オリジナル曲。

 いくつかの曲名が黒板に書かれていく。


 美香は、トロンボーンを抱えたまま黙って見ていた。


 その中に、一曲、見覚えのある曲名があった。


 ルパン三世のテーマ ジャズバージョン。


 胸が、小さく跳ねた。


 あの日。


 みらいのたねで、山口第一中学校吹奏楽部が演奏した曲。


 ドラムが鋭く入り、ベースが跳ね、金管が一気に空気を変えた。


 音が踊っていた。


 音楽って、怖くないだけじゃない。


 こんなに自由で、こんなにかっこよくて、こんなに前へ連れて行ってくれるものなんだ。


 そう初めて思わせてくれた曲だった。


 顧問が言った。


「意見があれば聞きます」


 部員たちがいくつか意見を出していく。


 美香は迷った。


 自分が言っていいのだろうか。


 転入してきたばかり。

 入部して日も浅い。

 まだ音も安定していない。


 でも、胸の奥で、あの日の音が鳴っていた。


 美香は、ゆっくり手を上げた。


「黒木さん?」


 顧問が優しく促す。


 美香は小さく息を吸った。


「私……ルパン三世のテーマ、やってみたいです」


 音楽室が静かになる。


 美香は続けた。


「あの日、みらいのたねで聴いた時、初めて思ったんです。音楽って、怖くないだけじゃなくて、自由なんだって。私も、あの曲を吹いてみたいです」


 声は震えていた。


 でも、最後まで言えた。


 しばらく沈黙があった。


 最初に手を叩いたのは、トロンボーンの先輩だった。


「いいじゃん」


 クラリネットの先輩も頷く。


「うちもそれやりたい」


 打楽器の部員が笑う。


「ドラム、めっちゃ燃えるやつやん」


 トランペットの先輩が言った。


「金管、かっこよく決めたいね」


 顧問が全体を見渡す。


「では、ルパン三世のテーマ ジャズバージョンでいいですか?」


 返事は、すぐだった。


「はい!」


 全会一致だった。


 美香は、胸が熱くなった。


 自分の言葉が、部の音になった。


 それが信じられなかった。


 そこからの練習は、厳しかった。


 ジャズのリズムは難しい。


 拍の取り方も、音の切り方も、クラシックとは違う。


 トロンボーンは、かっこよく鳴らせば最高に映える。

 でも、少しでも遅れると重くなる。


 美香は何度もつまずいた。


「黒木さん、そこ、裏拍を感じて」


「はい!」


「音、置きにいかない。前に出して」


「はい!」


 息が足りない。

 スライドが遅れる。

 音が揺れる。


 でも、美香は食らいついた。


 家に帰ってからも、机に向かった。


 授業の遅れを取り戻すため、教科書とノートを広げる。


 そして勉強が終わると、譜面を読む。


 寝る前には、指でスライドの動きを確認する。


 みらいのたねのスタッフが声をかける。


「美香ちゃん、休もう」


「あと少しだけ」


 その顔は疲れていた。


 でも、以前のように空っぽではなかった。


 自分の意思で、前に進もうとしている顔だった。


 コンクール当日。


 会場の舞台袖で、美香はトロンボーンを握っていた。


 手が震える。


 唇も乾く。


 でも、心の中であの日の音が鳴っていた。


 みらいのたねで聴いた、ルパン三世。


 あの音に、自分は救われた。


 今度は、自分もその音の一部になる。


 指揮者の手が上がる。


 ドラムが入る。


 ベースが刻む。


 金管が一気に鳴る。


 美香は息を吸った。


 そして、トロンボーンを吹いた。


 最初の音は少し震えた。


 でも、止まらなかった。


 隣の先輩の音が支えてくれる。

 後ろから打楽器が背中を押す。

 トランペットが前を切り開く。


 音楽室で何度も練習したリズムが、ステージの上で走り出す。


 怖い。


 でも、楽しい。


 美香は、初めて本番中にそう思った。


 中盤、トロンボーンが少し前に出る場面。


 美香は息を深く吸った。


 音が出る。


 低く、太く、まだ少し幼いけれど、確かに前へ進む音。


 演奏が終わった瞬間、ホールに拍手が広がった。


 美香は、息を吐いた。


 吹ききった。


 あの日、みらいのたねで心を掴まれた曲を。


 今度は自分の息で。


 舞台袖へ戻ると、先輩が言った。


「美香ちゃん、やったね」


 美香は涙をこらえながら頷いた。


「はい……」


 結果は、目標にはあと少し届かなかった。


 けれど顧問の先生は言った。


「今日の演奏は、間違いなく次につながる音でした」


 美香は、トロンボーンケースを抱えた。


 悔しさもある。


 でも、心の奥には別の熱があった。


 もっと上手くなりたい。


 もっと届く音を出したい。


 もっと、音楽を知りたい。


 みらいのたねへ帰ると、光子と優子が飛び出してきた。


「美香おねーちゃん、おかえり!」


「ルパン、できた?」


 美香は、少し笑って頷いた。


「うん。怖かったけど、楽しかった」


 光子が両手を上げる。


「うにゃ〜あじゃぱー級にすごい!」


 優子が冷静に言う。


「それ、褒め言葉として通じるかな」


 美香は笑った。


 今度は、ちゃんと声を出して。


 その一方で。


 博多の街では、和正と香織が、なおも美香の所在を探し続けていた。


 目的は、娘を想うためではない。


 美香に支給される手当を、もう一度自分たちのものにするためだった。


 美香が音楽で前へ進み始めた頃、黒木家の影もまた、みらいのたねへ近づいていた。


次回予告


 美香の提案で、コンクール曲は「ルパン三世のテーマ ジャズバージョン」に決まった。


 あの日、みらいのたねで聴いて、美香の心を掴んだ曲。


 その曲を、今度は自分の息で吹ききった。


 だが、和正と香織は美香を探し続けている。


 そしてついに、みらいのたねの近くに姿を現す。


 次回、第五十五話

 「みらいのたね襲撃」

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