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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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みらいのたね演奏会

 第五十一話

「みらいのたね演奏会」


 その日、みらいのたねの空気は、朝から少し違っていた。


 スタッフたちが机を動かし、椅子を並べ、フリースペースを広く空けている。


 子どもたちも、どこかそわそわしていた。


「今日ね、山口から吹奏楽部のお兄ちゃんお姉ちゃんたちが来るんよ」


 美鈴が説明すると、光子が飛び跳ねた。


「うにゃ〜あじゃぱーの人たち!」


 優子も両手を上げる。


「本家でしゅ!」


 優馬が即座に突っ込む。


「だから本家言うな」


 美香は、そのやり取りを静かに見ていた。


 山口第一中学校吹奏楽部。


 動画の中で見た、あの人たち。


 うにゃ〜あじゃぱーと叫んでいた温也。

 冷静に突っ込んでいた郷子。


 そして、最後に流れていた、あの音。


 昼過ぎ。


 みらいのたねの前に、小型バスが止まった。


 楽器ケースを抱えた中学生たちが降りてくる。


 トランペット。

 クラリネット。

 ホルン。

 トロンボーン。

 チューバ。

 打楽器。


 その中に、湯田温也と上田郷子もいた。


「うわぁ、思ったより広いな」


 温也が辺りを見回す。


 郷子が小さく頷いた。


「緊張する?」


「ちょっとする」


「珍しい」


「そらするやろ。今日は“笑わせる”やなくて、“届ける”日やし」


 郷子は少し笑った。


「でも温也、緊張すると余計うるさくなるけぇね」


「それ悪口ちゃう?」


 そこへ、光子と優子が全力で走ってきた。


「うにゃ〜あじゃぱー!」


「本物でしゅ!」


 温也が頭を抱えた。


「うわぁ、増殖しとる!」


 郷子が吹き出す。


「温也、完全に定着しとるやん」


 美鈴と理事長が吹奏楽部を迎えた。


「今日は本当にありがとうございます」


 顧問が頭を下げる。


「こちらこそ。子どもたちに、少しでも楽しい時間を届けられたらと思っています」


 フリースペースに譜面台が並べられていく。


 楽器が準備される音。


 軽いチューニング。


 その光景を、美香は少し離れた場所から見ていた。


 不思議だった。


 誰も怒鳴っていないのに、大勢の人が動いている。


 怖い空気がない。


 やがて、演奏会が始まった。


 最初の曲は――


「となりのトトロ」


 フルートの軽やかなメロディが流れた瞬間、子どもたちの顔が明るくなる。


 クラリネットが追いかけ、トランペットが空を開く。


 光子と優子は身体を揺らしていた。


「トットロー!」


「トットローでしゅ!」


 美香も、少しだけ口元を緩めた。


 次の曲。


「ルージュの伝言」


 ジャズっぽいリズムに、子どもたちが自然に手拍子を始める。


 温也のトロンボーンが、低く軽やかに跳ねた。


 その音は、不思議とあたたかかった。


 続いて、


「優しさに包まれたなら」


 空気が変わった。


 やわらかな前奏。


 楽器の響きが、部屋を静かに満たしていく。


 光子と優子が、小さな声で歌い始める。


 美香の胸が、また熱くなった。


 昨日、涙が止まらなくなった曲。


 今日は、吹奏楽の音になって届いてくる。


 “優しさ”という言葉が、音になって身体に入ってくる。


 美香の目から、静かに涙が落ちた。


 でも演奏は続く。


 次の瞬間、空気が一変した。


「ルパン三世のテーマ ジャズバージョン」


 ドラムが鋭く入り、ベースが跳ねる。


 トランペットが一気に駆け上がった。


「うわぁ!」


 光子が叫ぶ。


「かっこいいでしゅ!」


 優子も目を輝かせる。


 温也のトロンボーンが、自由に歌う。


 音が踊っていた。


 美香は驚いた。


 音楽って、こんなに自由なんだ。


 怒鳴るものじゃない。

 押しつけるものじゃない。


 笑ってもいいみたいに、音が遊んでいる。


 続いて、


「カラヤン・メドレー」


 重厚なクラシックの響きが広がる。


 美香は、知らない景色を見ているような気分になった。


 大きなホール。

 遠い国。

 光の中で鳴る音。


 世界には、自分の知らない場所がある。


 その感覚が、胸に広がる。


 さらに、


「威風堂々」


 堂々とした行進曲。


 前を向いて歩くような音。


 温也たちの演奏は、中学生とは思えないほど真っ直ぐだった。


 そして――


「第九」


 圧倒的な音の厚み。


 美香は息を呑んだ。


 怒鳴り声ではない大きな音を、初めて怖いと思わなかった。


 むしろ、包まれているようだった。


 続く、


「千と千尋の神隠し メドレー」


 やさしく、切なく、不思議な音。


 まるで迷い込んだ世界から、帰る場所を探しているみたいだった。


 美香は、自分のことみたいだと思った。


 そして最後。


 温也が、小さく息を吸う。


 郷子が譜面を見る。


 指揮者の手が上がる。


「劇場版 銀河鉄道999」


 壮大なイントロが鳴り響いた。


 その瞬間だった。


 美香の胸の奥で、何かが震えた。


 遠くへ行ける。


 今いる場所じゃない、どこかへ。


 暗いだけじゃない未来があるかもしれない。


 音が、美香を連れて行く。


 那珂川の欄干にいた少女を、少しずつ前へ運んでいく。


 演奏が終わる。


 しばらく誰も動けなかった。


 そして、大きな拍手が起きた。


 光子と優子は飛び跳ねていた。


「すごかった!」


「999で宇宙行ったでしゅ!」


 温也が笑う。


「それはよかった」


 郷子は、美香の方を見た。


 涙を流している美香に、そっと近づく。


「大丈夫?」


 美香は涙を拭きながら頷いた。


「……怖くなかったです」


 温也が、トロンボーンを軽く叩いた。


「音楽ってな、人を殴らへんねん」


 美香は、その言葉を見つめた。


 音楽は、人を殴らない。


 怒鳴らない。


 否定しない。


 その時、美香は初めて思った。


 私も、こんな音を出してみたい。


 トロンボーンを見つめる美香の目に、ほんの小さな光が宿っていた。


 次回予告


 山口第一中学校吹奏楽部の演奏が、美香の心を揺らした。


「ルパン三世」

「威風堂々」

「第九」

「銀河鉄道999」


 音楽は、人を殴らない。

 音楽は、人を否定しない。


 そして、美香は初めてトロンボーンに触れる。


 次回、第五十二話

「音楽は人を殴らない」

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