山口第一中学校
第五十話
「山口第一中学校」
山口第一中学校の音楽室は、放課後になると一気ににぎやかになる。
譜面台を立てる音。
ケースを開ける音。
マウスピースを鳴らす音。
打楽器の準備をする音。
その中で、ひときわ大きな声が響いた。
「うにゃ〜あじゃぱー!」
湯田温也だった。
すかさず、隣にいた上田郷子が振り向く。
「温也、うるさいっちゃ」
「しゃあないやろ郷子。今日の数学の小テスト、俺の心がレノファ山口の後半アディショナルタイムみたいになったんや」
「意味わからん。つまり終わったってことやろ」
「言い方きついな!」
「事実やん」
周囲の部員たちが笑う。
「また始まった」
「温也と郷子、もう漫才やん」
「いや、本人たちは真面目に会話しとるんよ、たぶん」
温也は大阪弁で勢いよくしゃべり、郷子は山口弁でさらっと返す。
同級生であり、カップルでもある二人の掛け合いは、吹奏楽部の日常の一部になっていた。
そこへ、顧問の先生が入ってきた。
「湯田、上田。ちょっと来い」
二人は顔を見合わせた。
「なんやろ」
「温也、また動画でなんかしたん?」
「俺ばっかり疑うなや」
「だいたい当たるっちゃ」
職員室横の小会議室。
顧問は、二人に一通の依頼内容を見せた。
「福岡市内の児童保護施設、みらいのたねからだ」
郷子が静かに読み上げる。
「みらいのたね……」
「そこにいる子どもたちへ、笑いと音楽を届けてほしいという依頼だ」
温也の表情が変わった。
「俺らの動画を見たんですか?」
「そうだ。お前たちのコント動画と、吹奏楽部の演奏映像を見たらしい」
郷子が少し驚いた顔をする。
「あの、レノファの逆転負けで温也が『うにゃ〜あじゃぱー』言うた動画?」
「それも含めてだ」
温也は頭を抱えた。
「なんで俺の黒歴史が福岡まで遠征しとんねん」
「黒歴史やなくて、公共財になりよるんちゃう?」
「郷子、それ褒めとるんか?」
「半分くらい」
「半分かい」
顧問は少し笑ったあと、真剣な声に戻した。
「施設には、家庭環境の問題や虐待で保護されている子どもたちもいる。最近保護されたばかりの少女もいるそうだ」
二人は黙った。
さっきまでの軽口が、すっと引いていく。
「理事長は言っていた。笑いと音楽なら、子どもたちに届くかもしれない、と」
温也は、しばらく考えた。
そして、まっすぐ言った。
「行きたいです」
郷子も頷いた。
「うちも行きたい。笑わせようって押しつけるんやなくて、笑ってもええ場所を作れたらええと思う」
「音楽もな」
温也が続ける。
「言葉で『元気出せ』って言われても、しんどい時あるやん。でも音なら、勝手に胸に入ってくる時がある」
顧問は静かに頷いた。
「正式には学校と部で検討する。だが、お前たちの気持ちはわかった」
会議室を出たあと、温也は廊下で小さく息を吐いた。
「なぁ郷子」
「ん?」
「俺らのアホみたいな動画でも、誰かの役に立つことあるんやな」
「アホみたいなんは温也の叫びだけやけどね」
「そこ切り分けるんやめてくれへん?」
郷子は少し笑った。
「でも、行こう。ちゃんと届けよう」
「ああ」
二人は音楽室へ戻っていった。
一方その頃、福岡では黒木和正と香織が、美香の所在を探り始めていた。
城南中学校の下校時間。
和正は生徒に声をかける。
「黒木美香って子、どこにおるか知らんか」
何も知らない一人の生徒が、ぽつりと言ってしまう。
「博多の方で保護されたって聞いたけど……」
和正の目が変わった。
「博多?」
そこから二人は、博多近辺の児童保護施設や支援団体を調べ始める。
登下校の時間。
施設の出入り。
子どもたちの姿。
美香を連れ戻すために。
みらいのたねでは、美香が光子と優子の折り紙コントに少し笑っていた。
山口から、音が近づいている。
だが同時に、黒木家の影もまた、博多の街へ近づいていた。
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次回予告
山口第一中学校吹奏楽部は、みらいのたねへの訪問演奏へ動き始める。
温也と郷子は、笑いと音楽を届ける決意を固める。
一方、和正と香織は、美香の所在を探し始めていた。
次回、第五十一話
「温也と郷子」




