ここにいていい?
第四十七話
「ここにいていい?」
美香は、みらいのたねのフリースペースの隅に座ることが増えた。
まだ真ん中には行けない。
人の輪の中心にいると、胸が苦しくなる。
誰かに見られている気がする。
何か間違えたら怒られる気がする。
だから、美香は少し離れた場所にいた。
けれど、光子と優子は、その距離を気にしなかった。
「美香おねーちゃーん!」
「こっち来てー!」
二人はいつも、遠慮なく呼ぶ。
まっすぐに。
ためらいなく。
美香が返事に困っていると、光子は胸を張って言った。
「お姉ちゃんおらんと寂しか!」
優子も大きく頷いた。
「お姉ちゃん大好き!」
その言葉は、美香の胸にまっすぐ飛び込んできた。
黒木家で聞いてきた言葉とは、正反対だった。
金食い虫。
役立たず。
生まれなければよかった。
そんな言葉ばかり浴びてきた美香にとって、
「大好き」
は、あまりにも強すぎた。
「……なんで?」
美香は思わず聞いた。
光子はきょとんとした。
「なんでって?」
「私、何もしてないよ」
優子は不思議そうに首を傾げた。
「お姉ちゃんやもん」
光子も続ける。
「美香おねーちゃんは、美香おねーちゃんやけん好き!」
理由になっていない。
でも、その理由になっていない言葉が、美香の心を揺らした。
何かをしたからではない。
役に立つからではない。
お金を稼ぐからでもない。
ただ、そこにいるから好き。
そんな扱いを、美香は受けたことがなかった。
光子と優子は、その後も全力だった。
「今日は美香おねーちゃんを笑わせる会!」
「会長は光子!」
「副会長は優子!」
「書記は?」
「お父さん!」
優馬が即座に言った。
「なんで俺が書記なん」
美鈴が笑う。
「ええやん。書記似合うよ」
「どこがや」
光子が紙を持って宣言する。
「第一議題! 美香おねーちゃんを笑わせるには!」
優子が手を挙げる。
「うにゃ〜あじゃぱー!」
優馬が顔を覆う。
「結局それかい」
美香は、また笑った。
小さく。
でも、確かに。
光子と優子は、毎日のように美香のところへ来た。
幼稚園であったこと。
給食で嫌いな野菜を食べたこと。
先生に褒められたこと。
転んだこと。
変な歌を作ったこと。
全部、全力で話す。
美香は、最初はただ聞いているだけだった。
でも、少しずつ相槌を打つようになった。
「そうなんだ」
「すごいね」
「それは……変だね」
すると二人は大喜びした。
「美香おねーちゃんが変って言った!」
「褒め言葉でしゅ!」
「いや、褒めてないかも」
そのたびに、美香の顔が少し緩んだ。
ある夕方。
光子と優子が帰る時間になった。
二人は美香に抱きついた。
「また明日来るけん!」
「美香おねーちゃん、待っとってね!」
美香は、小さく頷いた。
「うん」
すると光子が真剣な顔で言った。
「ここにおってね」
優子も続けた。
「お姉ちゃんおらんと、さみしか」
美香は言葉を失った。
ここにいていいのだろうか。
その問いは、ずっと美香の中にあった。
黒木家では、いなくなればいいと言われた。
学校では、普通じゃないと言われた。
自分はどこにいても迷惑なのだと思っていた。
でも、この小さな双子は言う。
ここにいて。
いないと寂しい。
大好き。
美香は、震える声で聞いた。
「私……ここにいていいの?」
光子と優子は、同時に答えた。
「いい!」
「もちろんでしゅ!」
即答だった。
迷いがなかった。
美鈴は、そっと美香の近くに来た。
「美香ちゃん。ここにいていいとよ」
優馬も言った。
「誰かの役に立つためやなくていい。美香ちゃんが美香ちゃんとして、ここにいていい」
美香の目から涙がこぼれた。
光子が慌てる。
「泣いた!」
優子が真剣に言う。
「泣いてもよか!」
光子も頷く。
「泣いたら、そーっとぎゅー!」
二人は、美香にそっと抱きついた。
小さな腕。
あたたかい体温。
美香は、初めて自分から二人の背中に手を回した。
壊れそうなほど小さな力で。
それでも、確かに抱き返した。
光子と優子は、美香にとって、少しずつ妹のような存在になっていった。
血はつながっていない。
でも、毎日まっすぐ好きと言ってくれる。
全力で笑わせにくる。
泣いても逃げない。
怖がっても待ってくれる。
その存在は、美香の中の凍った場所を、少しずつ溶かしていった。
この時、美香はまだ知らない。
やがてこの二人と、トリプルピーチ★としてステージに立つ日が来ることを。
三人姉妹として、爆笑コントを披露する未来があることを。
そして、いつか自分が本当に「お姉ちゃん」として、光子と優子を守り、支える側になることを。
今はまだ、ただ一言を受け取るだけで精いっぱいだった。
ここにいていい。
その言葉が、美香の中に、小さな根を下ろし始めていた。
⸻
次回予告
光子と優子のまっすぐな言葉。
「お姉ちゃんおらんと寂しか」
「お姉ちゃん大好き」
理由も条件もない愛情に、美香の心は少しずつほどけていく。
だが、黒木家はまだ完全には終わっていない。
そして、みらいのたねには、ある依頼の話が持ち上がる。
次回、第四十八話
「理事長のお願い」




