↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/91

双子の大騒ぎ

第四十六話


「双子の大騒ぎ」


 みらいのたねのフリースペースは、その日も騒がしかった。


 光子と優子がいるだけで、部屋の空気が変わる。


 走る。

 転ぶ。

 笑う。

 変なことを言う。


 でも、その騒がしさには恐怖がなかった。


 美香は、ソファに座りながら、その様子をぼんやり見ていた。


 昨日、自分が笑ったことが、まだ少し信じられなかった。


 笑っても怒られなかった。


 その事実が、まだ身体に馴染まない。


 光子が突然、美香の前に現れた。


「美香おねーちゃん!」


「……なに?」


「今日は“あじゃぱー講座”します!」


 優子も飛び込んでくる。


「大事な日本語でしゅ!」


 優馬が奥で吹き出した。


「絶対違う」


 美鈴が頭を抱える。


「その教育、誰がしたと……」


 美香は、少しだけ笑いそうになりながら聞いた。


「ねぇ……うにゃ〜あじゃぱーって、どういう意味なの?」


 その瞬間、光子と優子の目が輝いた。


「待ってました!」


「説明しましゅ!」


 二人はなぜか真剣な顔でスマホを取り出した。


 サクサク。


 小さな指で器用に画面を操作する。


 美香は目を丸くした。


「……使えるの?」


 優子が胸を張る。


「動画のプロでしゅ!」


 光子も負けじと胸を張る。


「光の戦士はスマホも使える!」


 優馬がぼそっと言う。


「どんな戦士やねん……」


 やがて、光子が「これ!」と画面を見せた。


 再生される動画。


 そこには、サッカースタジアムではしゃぐ中学生カップルが映っていた。


 男子の方は、レノファ山口のユニフォーム姿。


 女子の方も、オレンジ色のタオルを振っている。


「山口の湯田温也くんと、上田郷子ちゃん!」


 光子が紹介する。


「カップルでしゅ!」


 優子が補足した。


 動画の中では、試合終盤。


 実況が盛り上がっている。


『レノファ山口、1対0でリード! このまま逃げ切れるか!』


 スタンドの温也が大声で叫ぶ。


『よっしゃあ! あと少し!』


 郷子も笑顔で拍手している。


『勝てますよ温也くん!』


 だが、その直後だった。


 実況が一気に絶叫へ変わる。


『同点ゴールー!!』


 温也の顔が固まる。


「え?」


 さらに試合終了間際。


『逆転ゴールー!!』


 次の瞬間だった。


 動画の中で、温也が両手を空へ突き上げた。


『うにゃ〜!! あじゃぱー!!』


 郷子まで一緒に頭を抱えている。


『温也くん! なんでですかぁぁ!』


 スタジアムの周囲も悲鳴だらけだった。


 動画はそこで終わる。


 部屋が静まり返った。


 美香の頭の中に、また大量の「???」が飛び回った。


「……え?」


 光子が真顔で解説する。


「なんかねー、予想外のことが起きた時に言うらしい!」


 優子も頷く。


「びっくり言葉でしゅ!」


 優馬が吹き出した。


「いや、絶対違うやろ」


 美鈴は笑いを堪えながら言う。


「温也くんと郷子ちゃん、完全にショック受けとるだけやん……」


 光子は得意げだった。


「でも、お父さんも同じこと言った!」


 優子が指差す。


「ホークス負けた時!」


 優馬は顔を覆った。


「全国に黒歴史が広がっていく……」


 美香は、動画をもう一度見た。


 温也。

 郷子。


 二人とも、本気で悔しがっている。


 でも、どこか楽しそうだった。


 ショックなのに、笑ってしまいそうな空気がある。


 美香は、小さく呟いた。


「変なの……」


 光子が嬉しそうに飛び跳ねる。


「変でしょ!」


 優子も跳ねる。


「すごく変でしゅ!」


 美香は、ついに吹き出した。


「ふふっ……」


 声が漏れる。


 今度は、昨日よりはっきりした笑いだった。


 光子と優子が大歓声を上げる。


「笑ったー!!」


「美香おねーちゃん笑ったでしゅー!!」


 美香は慌てて口を押さえた。


 でも、もう遅かった。


 優馬も、美鈴も、スタッフも、みんな優しい顔で笑っていた。


 誰も怒らない。


 誰も「うるさい」と言わない。


 その時、美香は気づいた。


 ここには、黒木家と違う音がある。


 怒鳴り声ではなく、笑い声。


 命令ではなく、ギャグ。


 恐怖ではなく、「うにゃ〜あじゃぱー」。


 意味はわからない。


 でも、その意味不明さが、美香には少し救いだった。


 世の中には、怒るためじゃなく、笑うために大声を出す人がいる。


 それを、美香は初めて知った。


 動画が終わると、光子が突然立ち上がった。


「次は実演!」


 優子も立ち上がる。


「レノファごっこでしゅ!」


 優馬が即座に止めに入った。


「いや、もうええて!」


 だが遅かった。


 光子はソファの上に立ち、実況を始める。


「九回裏ー!」


「それ野球!」


 美鈴のツッコミが飛ぶ。


 優子は床に転がった。


「うにゃ〜あじゃぱー!」


 光子も転がる。


「逆転されたー!」


 みらいのたねのフリースペースに、大騒ぎの笑い声が広がる。


 その真ん中で、美香は笑っていた。


 まだ不安は消えない。


 夜になれば怖くなる。


 夢では、まだ黒木家が追いかけてくる。


 それでも、この時間だけは。


 うにゃ〜あじゃぱーが、怒鳴り声を追い払っていた。



次回予告


 光子と優子が見せた「うにゃ〜あじゃぱー動画」。


 山口の中学生カップル、温也と郷子の全力リアクションに、美香は初めて声を出して笑った。


 意味はわからない。


 でも、笑い声は怖くなかった。


 そして、美香は少しずつ「ここにいていいのかもしれない」と思い始める。


 次回、第四十七話

 「ここにいていい?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。