↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/91

食べるな

第三十二話


「食べるな」


 一時保護から戻ってしばらくの間、黒木家は静かだった。


 和正は怒鳴らない。

 香織も少しだけ優しい。

 食卓にも、最低限のおかずが並ぶ。


 美香は、信じたかった。


 もしかしたら、本当に変わるのかもしれない。


 けれど、それは長く続かなかった。


 最初に減ったのは、夕飯だった。


 ある夜、食卓には和正と香織の分だけが並んでいた。


 美香は、自分の席の前に何も置かれていないことに気づいた。


「母ちゃん……私のは?」


 香織は目を合わせなかった。


「今日はもう、給食食べたやろ」


「でも……」


 和正が缶ビールを置いた。


「食べるな」


 美香の身体が固まった。


「お前のための金なんかない」


 香織は何も言わなかった。


 美香は、椅子に座ることもできず、ただ立っていた。


「給食で食ってるやろ。足りんのなら学校で食え」


 和正は吐き捨てるように言った。


 美香は小さく頷いた。


「……うん」


 本当は、お腹が空いていた。


 でも言えなかった。


 言えば、また怒られる。


 その夜、美香は水だけ飲んで布団に入った。


 お腹が鳴った。


 その音が聞こえたら恥ずかしいと思い、毛布を強く抱いた。


 翌朝も、朝ごはんはなかった。


「遅れるよ」


 香織が言った。


 美香はランドセルを背負った。


「行ってきます」


 返事はなかった。


 学校へ向かう途中、村瀬家に寄って靴を履き替えた。


 村瀬由紀は、美香の顔色を見てすぐ気づいた。


「美香ちゃん、朝ごはん食べた?」


 美香は一瞬だけ目を伏せた。


「食べました」


 由紀は何も言わなかった。


 代わりに、小さなおにぎりを包んで渡した。


「これ、余ったから持っていってくれる?」


 美香は震える手で受け取った。


「……ありがとうございます」


 学校の給食時間。


 美香は以前よりさらに早く食べるようになった。


 食べられる時に食べる。


 次にいつ食べられるかわからないから。


 担任は、その姿を見て胸が締めつけられた。


 一時保護から戻ったあとの“改善”は、表面だけだった。


 美香の身体は、また静かに削られていた。


 放課後。


 担任は保健室の先生、村瀬由紀と情報を共有した。


「また食事を制限されている可能性があります」


「顔色も悪いです。体重も心配です」


「再通告が必要です」


 大人たちは動き始めた。


 けれど、美香の夜は待ってくれない。


 その夜も、食卓に美香の分はなかった。


 和正は言った。


「お前、外でいろいろ貰っとるんやろ。なら家で食う必要ないな」


 美香は何も言えなかった。


 助けてくれる人がいることさえ、家では責められる。


 美香は、またひとつ覚えた。


 食べたいと言ってはいけない。


 助けてもらったことも、言ってはいけない。


 自分の身体が空っぽになっていくことを、誰にも見せてはいけない。



次回予告


 美香の食事は、家の中から消えていく。


 「給食で食ってるやろ」

 「お前のための金なんかない」

 「食べるな」


 言葉は、食卓から美香の居場所を奪っていった。


 そして次に投げつけられるのは、存在そのものを否定する言葉。


 次回、第三十三話

 「お前なんか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。