透明人間
第二十八話
「透明人間」
六年生になっても、美香への虐待は続いていた。
食べ物は足りない。
服は合わない。
靴は村瀬家で履き替えなければ歩けない。
家では、怒鳴り声と缶ビールの音が続く。
そして、美香の身体は成長していった。
ある朝、美香に初めての生理が来た。
怖くなって香織に伝えると、返ってきたのは優しい説明ではなかった。
「始まったんやね。女の子なら来るもんよ」
それだけだった。
必要な生理用品も、十分には買ってもらえない。
「今、お金ないんやけん。ある分で何とかしなさい」
そう言われ、美香は何も言えなくなった。
これは恥ずかしい話ではない。
成長期の子どもに必要な衛生用品を与えない、明らかなネグレクトだった。
けれど美香は、それを「助けて」と言えなかった。
学校では、授業中も不安でたまらない。
汚れていないか。
匂っていないか。
誰かに気づかれないか。
胸の成長も始まっていたが、ブラジャーなど買ってもらえるはずもなかった。
「そんなもの買うお金ない」
言われる前から、美香にはわかっていた。
だから言わない。
必要なものを必要だと言えない。
それが、美香の日常になっていた。
保健室の先生は、美香の様子に気づいた。
「黒木さん、体のことで困っていることない?」
美香は一瞬だけ目を揺らした。
でも、すぐに首を振った。
「大丈夫です」
また、その言葉だった。
見えているのに、誰にも本当の姿を見てもらえない。
いや、本当は大人たちは気づき始めていた。
ただ、美香自身が助けを求める言葉を奪われていた。
家では、和正が吐き捨てる。
「お前、また金かかること増えたんか」
香織は何も言わない。
美香は、そこにいるのに、いないもののように扱われた。
透明人間。
でも、痛みだけは消えなかった。
次回予告
六年生になり、身体も成長し始めた美香。
だが、生理用品も下着も、必要なものは与えられない。
それは恥ではなく、虐待だった。
衛生と尊厳を守られない、明確なネグレクトだった。
保健室の先生、担任、村瀬由紀は危機感を強めていく。
だが美香は、まだ言えない。
次回、第二十九話
「助けて」
その言葉は、喉の奥で凍りついていた。




