表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/49

サイズの合わない靴

第二十三話


「サイズの合わない靴」


 五年生になってから、美香の背は少し伸びた。


 本来なら、成長は喜ばれるものだった。


「大きくなったね」


「服、買い替えんとね」


「靴も新しいのにしようか」


 そんな言葉をかけられるはずだった。


 けれど黒木家では違った。


 成長は、またお金がかかるという意味だった。


 美香の制服は、もうヨレヨレになっていた。


 何度も洗われた布は薄くなり、襟元には落ちきらない汚れが残っている。

 袖は短くなり、肩まわりは窮屈だった。

 スカートも少しきつく、座ると生地が引っ張られる。


 靴はもっとひどかった。


 底はすり減り、かかとは潰れ、つま先はきつくなっていた。


 歩くたびに、足の爪が靴の先に食い込む。


「痛っ……」


 朝、玄関で靴を履いた美香は、小さく顔をしかめた。


 香織が振り向く。


「なに?」


「靴、痛い」


「まだ履けるやろ」


「でも、つま先が……」


「我慢しなさい。今、新しい靴なんか買えん」


 美香はそれ以上言えなかった。


「……うん」


 学校までの道は、前より長く感じた。


 一歩ごとに痛みが走る。


 でも遅刻はできない。


 美香は足をかばいながら歩いた。


 教室に着くと、同級生の一人が美香の靴を見た。


「黒木さんの靴、ボロくない?」


 別の子が言った。


「かかと潰れてる」


「サイズ合ってないんじゃない?」


 笑い声が小さく広がる。


 美香は足を机の下に隠した。


 体育の時間。


 走ると、つま先に強い痛みが走った。


 美香は途中で速度を落とした。


「黒木、遅っ」


「ちゃんと走れよ」


 男子の声が飛んだ。


 美香は何も言わなかった。


 走れないのではない。


 痛いのだ。


 でも、それを言えば先生に伝わる。

 先生に伝われば家に連絡が行く。

 家に連絡が行けば、また怒られる。


 だから黙った。


 放課後、担任の先生は美香の歩き方に気づいた。


「黒木さん、足痛い?」


 美香は首を振った。


「大丈夫です」


「靴、少しきつそうに見えるけど」


「大丈夫です」


 先生はその言葉を、そのまま信じなかった。


 美香の「大丈夫」は、もう助けを拒む言葉ではなく、助けを求められない言葉になっていた。


 その夜。


 美香は靴下を脱いだ。


 足の爪の周りが赤くなっていた。


 つま先に、靴が食い込んだ跡が残っている。


 痛かった。


 けれど、声には出さなかった。


 香織は疲れた顔で洗濯物を畳んでいる。


 和正はテレビの前で缶ビールを飲んでいる。


 言える空気ではなかった。


「父ちゃん、靴……」


 そこまで言いかけて、美香は口を閉じた。


 和正がこちらを見た。


「なんや」


「……何でもない」


「言いたいことあるなら言え」


「ない」


 美香はすぐに首を振った。


 和正は舌打ちした。


「最近、学校がまた何か言いよるんか」


「言ってない」


「ほんとか」


「うん」


 美香は足を布団の中に隠した。


 痛みも、困っていることも、全部隠した。


 次の日。


 美香はまた同じ靴を履いた。


 つま先が痛い。

 制服はきつい。

 襟は汚れている。


 でも、家を出なければならない。


 学校へ行けば笑われる。

 家にいれば怒鳴られる。


 どこにも、自分の身体が楽になれる場所がなかった。


 城南小学校の廊下で、誰かが言った。


「黒木さん、服パツパツじゃん」


「靴もやばい」


「なんで買ってもらえんの?」


 その言葉に、美香は立ち止まりそうになった。


 けれど止まらなかった。


 止まれば、もっと見られる。


 だから歩いた。


 痛む足で、何も聞こえないふりをして。


 成長する身体に、黒木家の生活は追いつかなかった。


 けれど、本当に追いついていなかったのは服や靴だけではなかった。


 美香の心が、壊れていく速度に、誰もまだ追いつけていなかった。



次回予告


 制服はヨレヨレになり、身体に合わなくなっていく。


 靴はすり減り、つま先は痛み、歩くことさえ苦しくなった。


 それでも美香は「大丈夫」と言い続ける。


 学校ではからかわれ、家では言えない。


 成長することさえ、負担にされる日々。


 次回、第二十四話

 「臭いって言うな」


 貧しさは、子どもの身体に刻まれ、教室で悪意の言葉に変わっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ