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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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「二人の小さなセッション」

第9話


「二人の小さなセッション」


 綾菜と慶太郎は、少しずつ言葉を増やしていった。


 本来なら、


「おはよう」


「ありがとう」


「いただきます」


 そんな言葉から覚えてほしい。


 春介も穂乃果も、春海も水湊も、そう願っていた。


 だが。


 現実は、まったく違った。


 ある日の赤嶺家。


 綾菜が美香の膝の上で遊んでいる。


 慶太郎は、床に置かれたおもちゃのトランペットを持っている。


 そこへ光子と優子がやって来た。


「こんにちは〜」


 光子が手を振る。


 綾菜が振り返る。


「おばーちゃん!」


 光子。


「そこはまだ直ってない!」


 慶太郎も優子を見て、


「おばーちゃん!」


 優子。


「今日も通常営業!」


 美香は笑いながらピアノの蓋を開けた。


「二人とも、今日は音楽しようか」


 綾菜。


「おんがく!」


 美香。


「そうそう。そういう言葉を覚えてほしかったと」


 すると。


 綾菜が突然、両手を広げた。


「うにゃだらぱ〜!」


 部屋が止まった。


 美香。


「……誰が教えた」


 光子、目をそらす。


 優子も目をそらす。


「二人とも、こっち見なさい」


 光子。


「いやぁ……」


 優子。


「自然発生かもしれん」


「そんなわけあるか!」


 そこへ慶太郎。


「あじゃぱー!」


 美香。


「増えた!」


 アキラが別室から顔を出す。


「何が起きた?」


 綾菜。


「うにゃだらぱ〜!」


 慶太郎。


「あじゃぱー!」


 アキラ。


「……覚えなくていい言葉ほど早いね」


 春介が迎えに来て、その光景を見る。


「母さん、何教えたと?」


 美香。


「うちじゃなか!」


 光子。


「文化継承たい」


 優子。


「いらん文化もある」


 春介。


「二人とも犯人やん」


 光子。


「証拠は?」


 綾菜が光子を指差す。


「うにゃだら、おばーちゃん!」


 全員。


「証拠出た!」


 光子。


「綾菜ぁぁぁ!」


 部屋は大爆笑。


 だが、本当の問題はそこからだった。


 数日後。


 今度は宗像美咲が遊びに来た。


 幼い頃から周囲を撃沈させてきた、あの伝説技。


 うんばぁ〜砲。


 美咲が何気なく、綾菜と慶太郎をあやしてみせる。


「うんばぁ〜」


 綾菜と慶太郎の目が輝いた。


 美香。


「……嫌な予感」


 その日の夕方。


 綾菜がアキラを見る。


 両手を広げる。


「うんばぁ〜!」


 アキラ。


「うわぁ……」


 一撃撃沈。


 美香。


「アキラ!」


「無理。かわいすぎる」


 慶太郎も続く。


「うんばぁ〜!」


 今度は美香。


「はぁぁぁ……」


 春海。


「母さんも撃沈しとるやん」


 美香。


「これは無理たい」


 春介。


「完全継承」


 さらに数週間後。


 綾菜が光子をじっと見る。


 光子。


「何?」


 綾菜。


 ぱちっ。


 誘惑ウィンク。


 光子。


「……っ」


 そのまま胸を押さえて後退。


「誰が教えたと!」


 優子。


「みっちゃん、落ち着いて」


 慶太郎が優子を見る。


 ぱちっ。


 優子。


「……これは反則」


 春海。


「二人とも弱すぎ」


 美香。


「昔からよ」


 しかし。


 それだけでは終わらない。


 次の日。


 綾菜と慶太郎は、さらに恐ろしい技を習得していた。


 極上投げキッス。


 綾菜。


「ちゅ〜」


 ぱっ。


 美香。


「……っ!」


 慶太郎。


「ちゅ〜」


 ぱっ。


 アキラ。


「無理」


 春介。


「父さん母さん、耐久力ゼロやん」


 春海。


「光子おば……」


 光子。


「今おばあちゃんって言おうとした!?」


 春海。


「言ってない」


 優子。


「絶対言おうとした」


 水湊は、少し離れたところで笑っていた。


「これ、将来大丈夫ですかね」


 美香。


「何が?」


「芸人になるんじゃないですか」


 部屋が静まる。


 全員、綾菜と慶太郎を見る。


 綾菜。


「うにゃだらぱ〜!」


 慶太郎。


「あじゃぱー!」


 そして二人同時に、


「うんばぁ〜!」


 さらに。


 ぱちっ。


 誘惑ウィンク。


 最後に。


「ちゅ〜」


 極上投げキッス。


 全員、撃沈。


 美香はソファに倒れ込みながら言った。


「……片鱗どころじゃなかね」


 アキラ。


「完成し始めとる」


 春介。


「双春の次世代」


 春海。


「危険すぎる」


 光子は起き上がりながら言う。


「でも待って」


 優子。


「何?」


 光子。


「この二人、音楽もできる」


 全員。


「……あ」


 美香がピアノの前に綾菜を座らせる。


 もちろん一人では危ないので、美香が後ろから支える。


 綾菜が鍵盤を押す。


 ぽん。


 ぽん。


 ぽぽん。


 美香が少し驚く。


「同じ音、覚えとる」


 一方、慶太郎にはアキラがおもちゃのトランペットを渡す。


 実際の金管楽器を吹くにはまだ早い。


 だが、慶太郎は口元へ持っていき、


「ぷー」


 と息を入れる。


 音は出ない。


 でも、本人は満足そうだ。


 アキラが笑う。


「吹く真似は完璧」


 綾菜がピアノを鳴らす。


 ぽん、ぽん。


 慶太郎。


「ぷー」


 綾菜。


 ぽん。


 慶太郎。


「ぷー」


 交互に続く。


 美香の表情が変わった。


「……これ」


 アキラ。


「セッションしてる?」


 春介。


「まさか」


 春海。


「でも、合わせとるように見える」


 綾菜が、慶太郎を見る。


「けーたろ」


 慶太郎。


「あやな」


 綾菜。


「ぽん」


 慶太郎。


「ぷー」


 全員、静かに笑った。


 美香の頭に、遠い日の光景が浮かんだ。


 春介が太鼓を叩き。


 春海がキーボードを鳴らした、あの日。


 さらにもっと前。


 光子と優子が小さな音を鳴らしていた頃。


 そして、自分自身が初めて音楽に救われた頃。


「続いとるね」


 美香が呟いた。


 アキラが頷く。


「音も、笑いも」


「うん」


 美香は二人の孫を見た。


 音楽が好き。


 笑わせることが好き。


 まだ何者になるかなんて分からない。


 それでいい。


 今はただ、楽しく音を鳴らし、楽しく笑えばいい。


 綾菜。


「うにゃだらぱ〜!」


 美香。


「そこで戻るん!?」


 慶太郎。


「あじゃぱー!」


 アキラ。


「音楽の余韻が!」


 最後はやっぱり大爆笑だった。


第9話 終


次回予告


 音楽と笑い。


 二つの才能を、恐ろしい速度で吸収し始めた綾菜と慶太郎。


 ピアノの綾菜。


 トランペットに興味津々の慶太郎。


 そして、


「うにゃだらぱ〜」


「あじゃぱー」


「うんばぁ〜砲」


「誘惑ウィンク」


「極上投げキッス」


 覚えなくてもいいものまで完璧に習得。


 そんな二人を見た光子と優子が、ある恐ろしい提案をする。


「コンビ名、決めん?」


 美香。


「まだ早い!」


 だが春介と春海まで乗り気になり――。


 次回、第10話


 「名前をつけるには早すぎる」

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