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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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最初に好きになった音

第8話


「最初に好きになった音」


 さらに時が流れた。


 綾菜と慶太郎は、少しずつ言葉を覚え始めていた。


 まだ発音はたどたどしい。


 けれど、家族の顔を見ると、それぞれに呼び方をつけるようになっていた。


 ある日の午後。


 美香とアキラの家には、いつものように家族が集まっていた。


 春介と穂乃果。


 春海と水湊。


 そして、光子と優子。


 綾菜と慶太郎は床の上で遊んでいる。


 美香がピアノを弾くと、綾菜は鍵盤をじっと見つめる。


 アキラがトランペットを小さく鳴らすと、慶太郎は嬉しそうに手を叩く。


 美香が笑う。


「やっぱり音好きなんかな」


 アキラ。


「血筋かな」


 春海。


「環境もあるやろね」


 水湊。


「この家、普通に楽器多すぎるし」


 春介。


「生まれた時から音楽の中やもんな」


 そこへ光子が綾菜へ近づく。


「綾菜ちゃーん」


 綾菜が光子を見る。


 光子は満面の笑み。


「光子お姉ちゃんですよ〜」


 優子も慶太郎へ近づく。


「優子お姉ちゃんですよ〜」


 美香が横から言う。


「まだ言いよると」


 光子。


「先手必勝たい」


 優子。


「言葉を覚える今が勝負」


 春介。


「何の勝負よ」


 その瞬間。


 綾菜が光子を指差した。


「……おばーちゃん」


 時間が止まった。


 光子。


「……え?」


 続いて慶太郎。


 優子を見て。


「おばーちゃん」


 優子。


「……え?」


 美香が口元を押さえる。


 アキラはすでに肩を震わせている。


 春介が顔を伏せた。


 春海も限界。


 光子は慌てて綾菜の前にしゃがむ。


「違う違う違う違う!」


 綾菜。


「おばーちゃん」


 光子。


「うちは光子お姉ちゃん!」


 綾菜。


「おばーちゃん」


 光子。


「なんで!」


 優子も慶太郎へ必死に教える。


「ゆ・う・こ・お・ね・え・ちゃ・ん」


 慶太郎。


「おばーちゃん」


 優子。


「全然聞いてない!」


 美香、ついに爆発。


「あははははは!」


 光子が振り返る。


「美香お姉ちゃん、笑いすぎ!」


 美香は涙を拭く。


「だって、あんたら昔、春介と春海に『おばちゃん』って呼ばれて大騒ぎしよったやろ」


 春介。


「歴史は繰り返した」


 春海。


「しかも今回は一段階上がった」


 水湊。


「おばちゃんから、おばあちゃん」


 優子。


「言わんで!」


 光子。


「年齢ジャンプしすぎたい!」


 その時。


 綾菜が美香を見る。


 美香は少し期待した顔になる。


「綾菜、ばあばよ」


 綾菜は美香をじっと見る。


「……ねえね」


 美香。


「……へ?」


 アキラを見る。


 慶太郎。


「にいに」


 アキラ。


「え?」


 部屋が再び静まり返る。


 光子と優子がゆっくり顔を上げる。


 光子。


「ちょっと待って」


 優子。


「おかしくない?」


 美香。


「うちが、ねえね?」


 アキラ。


「僕が、にいに?」


 綾菜。


「ねえね!」


 慶太郎。


「にいに!」


 美香の顔が一気に明るくなる。


「聞いた!?」


 光子。


「聞いたよ!」


 美香。


「うち、ねえね!」


 優子。


「なんで実際のばあばが若返っとると!」


 アキラも笑う。


「僕、にいにらしい」


 光子。


「納得いかん!」


 優子。


「血縁関係が完全にバグっとる!」


 春介が笑いながら綾菜へ聞く。


「じゃあ、パパは?」


 綾菜は春介を見る。


「パッパ!」


 春介。


「よし」


 水湊も慶太郎へ聞く。


「僕は?」


「パッパ!」


 水湊。


「よし」


 今度は春海と穂乃果。


 綾菜が穂乃果を見る。


「マァマ」


 慶太郎が春海を見る。


「マァマ」


 二人の母親は一瞬で顔が緩む。


 穂乃果。


「かわいい……」


 春海。


「それは反則やね」


 光子。


「待って!」


 優子。


「整理しよう!」


 光子は指を折る。


「春介と水湊君はパッパ」


 優子。


「穂乃果ちゃんと春海はマァマ」


 光子。


「美香お姉ちゃんはねえね」


 優子。


「アキラお兄ちゃんはにいに」


 二人同時。


「なんでうちらだけおばあちゃん!?」


 全員、大爆笑。


 光子と優子は、その場で盛大にずっこけた。


 美香はソファに倒れ込みながら笑っている。


「もう無理……お腹痛い……」


 アキラ。


「これは歴史的事件やね」


 春海。


「小倉家呼称崩壊事件」


 春介。


「第二次おばちゃん戦争」


 優子。


「戦争にするな!」


 光子。


「うちらはまだ戦える!」


 美香。


「何と戦うとよ!」


 綾菜と慶太郎は、何がそんなに面白いのか分からないまま、みんなが笑っているのを見て一緒に笑い始めた。


「きゃっきゃっ」


「あはぁ」


 その笑い声を聞いて、美香は少しだけ静かになった。


 孫たちが笑っている。


 春介と春海も笑っている。


 穂乃果と水湊も笑っている。


 光子と優子は本気で抗議しながら、それでも笑っている。


 アキラも隣で笑っている。


 この家には、笑い声がある。


 美香はそれだけで、胸がいっぱいになった。


「呼び方なんて、何でもよかね」


 アキラが頷く。


「うん」


「笑ってくれたら、それでよか」


 その直後。


 綾菜。


「おばーちゃん」


 光子。


「よくない!」


 慶太郎。


「おばーちゃん」


 優子。


「訂正します!」


 美香。


「やっぱりこだわるんやん!」


 再び、家中が笑いに包まれた。


 そして、美香がピアノを一音鳴らす。


 ぽん。


 綾菜が鍵盤を見る。


 アキラがトランペットを短く鳴らす。


 慶太郎が手を叩く。


 言葉と同じように。


 音もまた、二人の中へ少しずつ入っていく。


 次の世代の物語は、もう始まっていた。


第8話 終


次回予告


 「おばあちゃん」と呼ばれて撃沈した光子と優子。


 一方、美香は「ねえね」、アキラは「にいに」。


 呼称体系は完全崩壊。


 しかし綾菜と慶太郎は、そんな大人たちを尻目に音への興味をさらに強めていく。


 綾菜はピアノ。


 慶太郎はトランペット。


 そして、二人が一緒に鳴らした最初の小さな合奏に、美香はある懐かしい光景を重ねる。


 次回、第9話


 「二人の小さなセッション」

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