慶太郎が生まれた日
第5話
「慶太郎が生まれた日」
2062年10月5日。
綾菜の誕生から、わずか四日。
今度は春海の番だった。
朝から少しずつ強くなっていた陣痛は、昼前にはかなりはっきりした間隔になっていた。
水湊は荷物を抱えながら言う。
「大丈夫。俺は冷静」
春海はソファに座り、じっと夫を見る。
「水湊」
「何?」
「靴、左右逆」
水湊が足元を見る。
「……あ」
「全然冷静やないやん」
「これは確認のためにわざと」
「そんな確認いらん」
春海は痛みの合間に笑った。
病院へ向かう車の中でも、水湊は落ち着かなかった。
「母子手帳ある」
「ある」
「スマホある」
「ある」
「充電器」
「ある」
「財布」
「ある」
「春海」
「うちまで持ち物確認に入れんで」
「いや、大事やけん」
「今、一番大事なのは安全運転」
「はい」
病院に着いた頃には、春海の陣痛はさらに強くなっていた。
診察を受け、やがて分娩室へ。
水湊も立ち会う。
春海は呼吸を整える。
「ふぅ……っ」
助産師が声をかける。
「いいですよ。その調子です」
そして次の波。
「うぅぅ……っ!」
春海の顔が険しくなる。
水湊が手を握る。
「春海、大丈夫?」
「大丈夫じゃなか!」
「ごめん!」
そして、さらに強い陣痛。
春海は突然叫んだ。
「巨大火山大噴火〜!」
分娩室が止まった。
水湊。
「え?」
春海。
「マグマ来た〜!」
助産師が思わず吹き出す。
「春海さん、呼吸、呼吸!」
「分かっとるけど、これもう火山たい!」
医師も笑いをこらえながら確認する。
「赤ちゃんは順調ですよ」
春海。
「火山活動も順調です!」
水湊。
「その報告いらん!」
その瞬間。
春海が突然、天井を指差した。
「来た!」
水湊。
「何が?」
春海。
「ヒバゴン!」
助産師。
「ヒバゴン?」
春海。
「さらにキサゴンも!」
水湊。
「誰!?」
春海は痛みに耐えながらも続ける。
「ヒバゴンとキサゴンが火山見学に来た〜!」
水湊、完全に崩れる。
「春海、今それ考える余裕あると!?」
「ない!」
「じゃあなんで言うと!」
「勝手に出てきた!」
看護師が壁を向いて肩を震わせる。
医師まで口元を隠している。
春海はそんな周囲を見て叫んだ。
「みんな笑ってないで仕事して〜!」
助産師。
「してます! ちゃんとしてます!」
水湊。
「分娩室がお笑いライブになっとる……」
春海。
「誰のせいよ!」
水湊。
「春海」
「正解!」
また笑いが起こる。
そして、次の陣痛。
春海の表情が変わった。
今度は本当に強い。
額に汗。
呼吸が乱れる。
水湊もすぐ真剣になる。
「春海、手握るよ」
「うん」
助産師。
「赤ちゃん、もう少しですよ」
春海は歯を食いしばる。
「慶太郎……」
水湊が声をかける。
「もうすぐ会える」
春海は頷いた。
「うん……」
その時。
また痛みの波。
「うぅぅぅぅ!」
春海が叫ぶ。
「火山、最終噴火ぁぁぁ!」
助産師。
「春海さん、もう少し!」
水湊。
「頑張れ!」
春海。
「言われんでも頑張っとるぅぅ!」
そして――。
泣き声。
小さく、力強い声が分娩室に響いた。
一瞬。
誰も言葉を発さなかった。
医師が微笑む。
「おめでとうございます。元気な男の子です」
春海の目から涙が溢れた。
「……慶太郎」
水湊も泣いている。
「生まれた……」
赤ちゃんが春海のそばへ連れてこられる。
小さな顔。
小さな手。
春海はそっと触れる。
「慶太郎……お母さんよ」
水湊も顔を近づけた。
「お父さんやぞ」
慶太郎が少しだけ口を動かした。
水湊。
「今、笑った?」
春海。
「生まれて数分で親バカ発動せんで」
助産師。
「反射だと思います」
春海。
「ほら」
水湊。
「でも可愛い」
「それは同意」
二人は泣きながら笑った。
⸻
その頃。
美香とアキラは、自宅で連絡を待っていた。
美香はソファに座っているが、落ち着かない。
「まだかな」
アキラ。
「四日前も同じこと言ってた」
「だって春海やもん」
「綾菜の時は春介やったけど」
「それはそれ」
「全部心配なんやね」
「当然」
その時。
スマートフォンが鳴った。
美香が飛びつく。
「春海!」
水湊の声。
「美香さん」
「生まれた!?」
「はい」
美香が立ち上がる。
「男の子?」
「はい。元気です」
「春海は?」
「元気です」
美香の目に一気に涙が溜まった。
「名前は?」
電話の向こうから、春海の声が聞こえる。
「母さん」
「春海!」
「慶太郎」
美香は口元を押さえた。
「慶太郎……」
アキラも隣で涙をこぼす。
「二人目の孫やね」
美香は泣きながら笑った。
「四日で二人のおばあちゃんになった……」
アキラ。
「ばあばレベル2」
美香が振り返る。
「アキラまで言う!?」
「ごめん、光子ちゃんのが移った」
美香は笑いながら涙を拭いた。
⸻
病院。
美香とアキラが到着する。
病室では春海が少し疲れた顔で、それでも嬉しそうに慶太郎を見つめていた。
水湊が美香たちを迎える。
「来てくれてありがとうございます」
美香はベッドへ近づく。
「春海、お疲れさま」
「母さん」
「よう頑張ったね」
春海が苦笑する。
「頑張ったというか、途中から大噴火やった」
「何それ」
水湊が即座に言う。
「聞いてください。分娩中に『巨大火山大噴火』とか『ヒバゴンとキサゴンが現れた』とか」
美香が固まる。
「……春海」
「何」
「分娩室で何しよったと」
「産みながらお笑いライブ」
アキラが吹き出す。
「誰に似たんやろうね」
美香。
「光子と優子やろ」
春海。
「母さんも結構ツッコミ強いよ」
「否定はせん」
美香は慶太郎を抱かせてもらう。
小さな身体。
温かい。
軽い。
でも、命の重さははっきり伝わってくる。
「慶太郎……」
美香の声が震える。
「ばあばよ」
言ってから、自分で少し照れる。
春海が笑う。
「慣れてきた?」
「まだ無理」
慶太郎の小さな手が、美香の指に触れる。
美香は静かになった。
綾菜に続いて、慶太郎。
春介の娘。
春海の息子。
自分の子どもたちが、新しい命を迎えた。
美香は慶太郎を見つめながら言った。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
春海はその言葉を聞いて、少し目を潤ませた。
「母さん」
「ん?」
「うちね」
「うん」
「慶太郎には、いっぱい笑って育ってほしい」
美香は微笑む。
「うん」
「失敗してもいいし、泣いてもいい。でも、家に帰ったら安心できるって思ってほしい」
美香の目に涙が浮かぶ。
「それでよか」
春海。
「母さんがうちらにしてくれたみたいに」
美香はしばらく何も言えなかった。
そして、慶太郎を抱いたまま頷いた。
「ありがとう」
⸻
当然、小倉家にも報告が届く。
優馬。
「二人目生まれたぁぁぁ!」
美鈴。
「四日前より声大きくなってない?」
「ひ孫が二人になったぞ!」
「分かっとる!」
優馬、また号泣。
美鈴も涙目。
そして光子と優子からもすぐに電話。
光子。
「美香お姉ちゃん、ばあばレベル2達成おめでとう!」
美香。
「達成って言うな!」
優子。
「四日でレベルアップ、史上最速」
春海。
「ゲーム実況みたい」
水湊。
「セーブしますか?」
美香。
「水湊君まで乗らんで!」
病室がまた爆笑に包まれた。
その声を聞きながら、慶太郎は静かに眠っている。
美香はその寝顔を見つめた。
綾菜。
慶太郎。
二つの新しい命。
2062年10月。
美香とアキラは、四日間で二人の孫を迎えた。
そして、美香が子どもたちへ渡してきた「帰る場所」は、今度は春介と春海の手によって、そのまた次の世代へ渡されようとしていた。
第5話 終
次回予告
綾菜と慶太郎。
四日違いで生まれた二人の孫。
美香とアキラは、完全にじいじ・ばあばモードへ突入する。
一方、優馬と美鈴もひいじいちゃん・ひいばあちゃんとして大張り切り。
そして光子と優子は、綾菜と慶太郎に対して早くも、
「お姉ちゃんって呼んでね」
と謎の先制攻撃を開始する。
歴史は繰り返すのか。
次回、第6話
「大おばちゃんとは呼ばせない」




