ひいばあちゃん?
スピンオフ『帰る場所 その先へ ― 綾菜と慶太郎 ―』
第3話「ひいばあちゃん?」
春介と穂乃果。
春海と水湊。
二組から相次いで妊娠の報告を受けた美香とアキラは、その日のうちに小倉家へ電話をかけた。
光子と優子にはすでに報告済み。
残るは、優馬と美鈴だった。
数回の呼び出し音。
「もしもし、美香?」
優馬が電話に出た。
「お父さん、今大丈夫?」
「大丈夫たい。どうしたと?」
美香は少し笑う。
「大事な報告があると」
「大事な報告?」
「うん」
美香はアキラと顔を見合わせた。
「春介と穂乃果ちゃんに、赤ちゃんができた」
電話の向こうが静かになる。
「……え?」
「それから」
「まだあると?」
「春海と水湊君にも、赤ちゃんができた」
沈黙。
三秒。
五秒。
そして。
「えええええええええええ!」
美香は慌ててスマートフォンを耳から離した。
「お父さん、声!」
「美香、ほんと!?」
「ほんとよ」
「二人とも!?」
「二人とも」
「春介も!?」
「うん」
「春海も!?」
「だからそう言いよるやろ」
優馬の頭の中で、ようやく事実がつながった。
そして突然、台所へ向かって叫ぶ。
「美鈴!」
台所から美鈴の声。
「何?」
優馬は満面の笑みだった。
「美鈴、ひいばあちゃんになるぞ!」
美鈴が顔を出した。
「……へ?」
「ひいばあちゃん!」
美鈴は真顔で首を傾げる。
「ひいばあちゃんって誰?」
「美鈴」
「うち?」
「そうたい」
美鈴はさらに混乱した。
「え、徳島のせきちゃん閣下の、せいちゃん姫?」
優馬。
「違う!」
電話の向こうで美香が吹き出した。
「なんでインコの雛が生まれて、美鈴がひいばあちゃんになるんね!」
美鈴。
「だって急に『ひいばあちゃん』って言うけん!」
「春介と春海たい!」
「……春介と春海?」
「二人とも赤ちゃんできたと!」
美鈴の動きが止まった。
「……ほんと?」
美香が電話越しに答える。
「ほんとよ、お母さん」
美鈴はしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくり椅子に座った。
「春介が……お父さんになると」
「うん」
「春海が……お母さんになると」
「うん」
美鈴の目に涙が浮かぶ。
「そっか……」
優馬はもう横で泣いていた。
美鈴が気づく。
「優馬」
「ん?」
「もう泣いとうと?」
「泣くやろ!」
「まだ生まれてないよ」
「妊娠報告でも泣く!」
美香が笑う。
「お父さん、昔から変わらんね」
「変わらんでよか!」
美鈴も笑いながら涙を拭いた。
「予定日はいつ?」
美香が答える。
「春介と穂乃果ちゃんが、2062年10月1日」
「うん」
「春海と水湊君が、10月5日」
美鈴。
「……四日違い?」
「そう」
優馬。
「四日間で俺たち、ひいじいちゃんとひいばあちゃん二回やぞ!」
美鈴。
「二回なるわけやないやろ」
「気持ちの問題たい!」
美香は電話の向こうで笑っていた。
美鈴はカレンダーを見ながら呟く。
「10月1日と、10月5日か……」
そして少しだけ表情を柔らかくした。
「美香」
「ん?」
「すごいね」
「何が?」
「あなたが母親になって、春介と春海を育てて」
「その二人が今度は親になる」
美香は静かになった。
「……うん」
「命って、ちゃんと続いていくんやね」
美香は少し間を置いて答えた。
「ほんとやね」
優馬も鼻をすすりながら言った。
「美香」
「何?」
「よかったな」
美香は小さく笑った。
「うん」
その声には、長い時間が重なっていた。
那珂川の橋。
みらいのたね。
小倉家。
アキラ。
春介と春海。
そして今度は、綾菜と慶太郎へ。
美香の人生は、まだ先へ続いていく。
美鈴はもう一度言った。
「うち、ひいばあちゃんかぁ……」
優馬。
「そうたい」
美鈴。
「でも一瞬、せいちゃん姫かと思った」
優馬。
「まだ言う!?」
美香はとうとう声を上げて笑った。
「お母さん、それ光子に言ったら絶対ネタにされるよ」
美鈴。
「もう光子と優子は知っとるんやろ?」
「知っとる」
「じゃあ絶対言わん」
優馬。
「たぶん美香が言うぞ」
美香。
「さあ、どうやろね」
美鈴。
「美香!」
笑い声が電話越しに重なった。
新しい命の知らせは、やはり小倉家でも涙だけでは終わらなかった。
それが、この家族らしかった。
第3話 終
次回予告
2062年10月1日。
予定日を迎えた春介と穂乃果。
そして、美香のスマートフォンに届く一本の連絡。
「母さん、生まれたよ」
女の子。
名前は、綾菜。
かつて春介を初めて抱いた美香が、今度は春介の娘を腕に抱く。
そして四日後には、春海と水湊にも新しい命が誕生する。
次回、第4話
「綾菜が生まれた日」




