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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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四日違いの奇跡

『帰る場所 その先へ ― 綾菜と慶太郎 ―』

 第2話「四日違いの奇跡」


 春介と穂乃果から妊娠を知らされてから、まだそれほど日が経っていなかった。


 赤嶺家では、美香がすっかり「初孫モード」に入っていた。


「ベビーベッド、どこ置こうかね」


 美香がスマートフォンを眺めながら言う。


 アキラが首を傾げた。


「いや、美香。赤ちゃんが暮らすのは春介たちの家だからね」


「あ」


「もう完全に自分の家に来る前提になってる」


「だって遊びに来るやろ?」


「それは来ると思うけど」


 美香は嬉しそうに画面をスクロールする。


「おもちゃもいるよね」


「まだ早いって」


「絵本は?」


「早いって」


「子ども用のピアノは?」


「ものすごく早いって」


 そんな会話をしていた午後だった。


 玄関のチャイムが鳴った。


「はーい」


 美香が玄関を開ける。


 そこにいたのは春海。


 そして夫の水湊だった。


「あら、二人揃って珍しかね。入って入って」


「お邪魔します」


 リビングへ通す。


 ところが、春海も水湊も妙に落ち着かない。


 美香はすぐ気づいた。


「……なんかあるやろ?」


 春海が笑う。


「母さん、こういう時だけ勘が鋭いね」


「こういう時だけって何よ」


 アキラもやって来る。


「どうしたの?」


 春海と水湊が顔を見合わせた。


 水湊が小さく頷く。


 春海が母を見る。


「母さん」


「うん」


「父さん」


「うん」


 春海は、自分のお腹へそっと手を置いた。


「赤ちゃん、できた」


 美香が固まった。


 アキラも固まった。


 二人とも、まったく同じ顔をしている。


 春海が吹き出した。


「その反応、この前もやったんやろ?」


「え……」


 美香はようやく声を出した。


「ほんと?」


「ほんと」


「春海も?」


「うん」


「赤ちゃん?」


「それ以外何がお腹におるとよ」


「いや、そうやけど!」


 美香は立ち上がった。


「ちょっと待って!」


 春海が笑う。


「何を待つと?」


「うち、孫が二人になると!?」


「そういうこと」


「一気に!?」


「一気に」


 アキラはすでに目元を押さえていた。


 春海が父を見る。


「父さん」


「うん……」


「もう泣いとうと?」


「だって……」


「早いって」


 水湊も笑う。


「美香さん、アキラさん。僕も春海と、この子を大切にします」


 美香は水湊を見る。


 少しだけ母親の顔になった。


「水湊君」


「はい」


「春海のこと、よろしくね」


「もちろんです」


「春海も無理したらいかんよ」


「分かっとる」


 美香は娘の手を握った。


 その手に、もう片方の手を重ねる。


「おめでとう」


「ありがとう、母さん」


 春海の目にも涙が浮かんだ。


 しばらくして、美香が聞いた。


「予定日は?」


「先生から言われたのは……」


 春海が答える。


「2062年10月5日」


「10月5日……」


 美香がスマートフォンのカレンダーを開く。


 そして、動きが止まった。


「……え?」


「どうしたと?」


 美香が画面を見せる。


「春介たち……」


 アキラも覗き込む。


「10月1日」


 全員が黙った。


 春海が瞬きをする。


「四日違い?」


「四日違い」


 水湊まで目を丸くする。


「そんなことあるんですね」


 美香はしばらく二つの日付を見比べていた。


 2062年10月1日。


 春介と穂乃果の子。


 そして、


 2062年10月5日。


 春海と水湊の子。


「四日間で、うちとアキラ……二回おばあちゃんとおじいちゃんになる可能性があると?」


 アキラが笑う。


「予定通りならね」


「感情が追いつかん!」


 春海が吹き出した。


「世界中でライブしてきた人が何言いよると」


「海外公演より緊張するわ!」


「母さんが産むんじゃないって」


「分かっとる!」


 リビングに笑い声が広がった。


 そして。


 当然ながら、この情報は光子と優子へ伝わった。


 ビデオ通話開始。


 美香が言う。


「重大発表があります」


 光子が身構える。


「ファイブピーチ★、また世界ツアー?」


「違う」


 優子。


「新曲?」


「違う」


「アキラさんとまた組曲作った?」


「違うって」


 美香は春海を画面へ呼んだ。


「春海からどうぞ」


 春海が笑顔で言う。


「赤ちゃんできました」


 沈黙。


 光子。


「……はい?」


 優子。


「……え?」


「予定日は10月5日」


 光子と優子が同時に立ち上がった。


「えええええええ!」


 美香が耳を塞ぐ。


「うるさい!」


 優子が指を折る。


「待って待って。春介と穂乃果ちゃんが10月1日やろ?」


「そう」


「春海と水湊君が10月5日?」


「そう」


「四日違いやん!」


「だから言いよるやろ!」


 光子は突然、真顔になった。


「美香お姉ちゃん」


「何」


「十月、ばあば強化月間」


「何そのキャンペーン!」


 優子がテーブルを叩いて笑う。


「しかも四日間で二段階進化!」


「ゲームのキャラクターみたいに言うな!」


 光子。


「10月1日、美香お姉ちゃん、ばあばレベル1」


 優子も乗る。


「10月5日、ばあばレベル2」


「やかましいわ!」


 春海はソファで腹を抱えている。


 水湊まで笑いをこらえきれない。


 アキラも顔を伏せて肩を震わせていた。


「アキラまで笑わんで!」


「ごめん……でも、ばあばレベル2は……」


「夫まで敵になった!」


 赤嶺家は完全に爆笑の渦になった。


 けれど。


 その夜。


 みんなが帰ったあと、美香は一人でリビングのピアノの前に座っていた。


 譜面台には何もない。


 ただ静かに、鍵盤へ指を置く。


 一音。


 もう一音。


 小さな旋律が生まれる。


 アキラが隣へ来た。


「新曲?」


「まだ分からん」


 美香は鍵盤を見つめた。


「二人の赤ちゃんが、四日違いで生まれてくるんやね」


「うん」


「春介と春海が生まれた日のこと、思い出した」


 2036年2月29日。


 あの日、美香は初めて母になった。


 小さな春介。


 小さな春海。


 腕の中で眠っていた二つの命。


 その二人が大人になり、愛する人と出会った。


 そして今度は、自分たちが親になろうとしている。


「不思議やね」


 美香が呟いた。


「何が?」


「命って」


 美香はもう一音弾いた。


「あの日、春介と春海を抱いた時、この子たちには絶対、うちと同じ思いをさせんって思った」


「うん」


「それが今度は、あの二人が自分の子どもを守る番になるんやね」


 アキラが静かに頷いた。


 美香は微笑んだ。


「うちらが渡したものを、あの子たちが次へ渡してくれるんかな」


「きっと」


 美香の指が再び動く。


 優しい旋律。


 二つの新しい命を待つ音。


 アキラが尋ねる。


「タイトルは?」


 美香は少し考えた。


「まだ秘密」


「そう?」


「生まれて、顔を見てから決めたい」


 アキラは笑った。


「それがいいね」


 美香は窓の外を見る。


 まだ見ぬ二人の孫。


 春介と穂乃果の子。


 春海と水湊の子。


 この時はまだ、美香もアキラも知らなかった。


 2062年10月1日。


 春介と穂乃果のもとに、女の子が誕生する。


 名前は、


 綾菜。


 そして、そのわずか四日後。


 2062年10月5日。


 春海と水湊のもとに、男の子が誕生する。


 名前は、


 慶太郎。


 かつて未来を失いかけた一人の少女の人生から、


 また二つの新しい未来が生まれようとしていた。


 第2話 終

 次回予告


 2062年10月1日。


 春介から届く一本の連絡。


「母さん、生まれたよ」


 美香とアキラは急いで病院へ向かう。


 そこで初めて対面する、小さな女の子。


 綾菜。


 その小さな手が、美香の指を握る。


 美香は思い出す。


 春介が生まれた日を。


 そして、那珂川の橋に立っていた遠い日の自分を。


 もし、あの日で人生が終わっていたら、この小さな命にも会えなかった。


 だが感動に浸る美香のスマートフォンへ、春海からメッセージが届く。


「母さん、こっちもそろそろかも」


 四日違いの奇跡、その第一幕。


 次回、第3話


「綾菜」

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