あとがき
あとがき
最後まで『帰る場所』を読んでくださり、本当にありがとうございました。
この物語を書き終えた今、私の中に残っているのは、「よかったなぁ」という気持ちです。
美香は、この物語の主人公です。
けれど、彼女は最初から強い人間ではありませんでした。
むしろ逆です。
誰よりも傷つき、誰よりも泣き、誰よりも「もう無理だ」と思った人間でした。
那珂川の橋の欄干。
暗い水面。
未来が見えなかった少女。
みらいのたねで泣き叫び、「もういや。誰か私を殺して」と叫んだ少女。
その姿は、この物語の原点です。
現実の世界でも、虐待、DV、いじめ、差別、誹謗中傷。
理不尽な暴力に苦しんでいる人がいます。
子どもたちが傷ついています。
大人になっても、その傷が消えずに苦しんでいる人もいます。
美香は、その象徴として生まれたキャラクターでした。
だから、この物語は単なるサクセスストーリーではありません。
「傷は消えない」
という現実を描いた物語でもあります。
美香は過去を忘れたわけではありません。
和正や香織にされたことを許したわけでもありません。
傷は残っています。
トラウマも残っています。
思い出したくない記憶も残っています。
けれど、それでも前を向いて生きることはできる。
それを描きたかったのです。
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そしてもう一つ。
この物語は「再生の物語」です。
人は、一度壊れたら終わりではありません。
誰かが手を差し伸べてくれることがあります。
居場所が見つかることがあります。
人生をやり直せることがあります。
美香にとって、それが優馬であり、美鈴であり、光子と優子であり、アキラであり、みらいのたねでした。
人は一人では生きていけません。
だからこそ、人は誰かを救うこともできる。
それを私は書きたかった。
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この物語を書いていて、私自身が何度も驚いたことがあります。
それは、美香が「復讐の物語の主人公」にならなかったことです。
彼女は恨んで当然でした。
怒って当然でした。
憎んで当然でした。
それほどの仕打ちを受けています。
しかし美香は、怒りや憎しみに人生を支配させませんでした。
それは許したからではありません。
憎しみよりも大切なものを見つけたからです。
音楽。
家族。
仲間。
笑顔。
そして春介と春海。
美香は復讐のためではなく、未来のために生きることを選びました。
私は、その生き方に強さを感じます。
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そして、この物語で欠かせない存在が光子と優子です。
正直に言えば、この二人がいなければ、この物語はもっと苦しい作品になっていたと思います。
重いテーマ。
苦しい過去。
理不尽な現実。
それだけでは、人は息が詰まってしまう。
だから光子と優子は笑う。
ボケる。
転ぶ。
周囲を巻き込む。
時には明石家さんまさんまで整骨院送りにする。
そして読者も笑う。
私は、この二人を通して一つのことを描きたかったのです。
人間は、笑っている時が一番幸せなのだと。
笑いは問題を解決しません。
悲しみを消し去ることもできません。
けれど、明日を生きる力にはなります。
だから、この物語には笑いが必要でした。
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終盤で登場した春介と春海。
彼らは希望そのものです。
美香が守りたかった未来。
美香が与えたかった日常。
美香が欲しかった居場所。
それらを当たり前のように持つ子どもたちです。
春介と春海が笑っている。
それだけで、美香の人生は報われたのだと思います。
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そして最後に。
この物語を書きながら、私が一番伝えたかった言葉を書いておきます。
もし今、苦しんでいる人がいるなら。
もし今、未来が見えない人がいるなら。
もし今、「もう無理だ」と思っている人がいるなら。
どうか、一人で抱え込まないでください。
助けを求めることは弱さではありません。
生き延びるための勇気です。
今日が苦しくても、明日も苦しいとは限りません。
今は信じられなくても、未来には笑える日が来るかもしれません。
美香がそうだったように。
那珂川の橋で未来を失っていた少女が、やがて母になり、音楽家になり、「生きていてよかった」と言えるようになったように。
人生は、思っているより長く続きます。
そして、その先に「帰る場所」が見つかることがあります。
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美香へ。
アキラへ。
優馬と美鈴へ。
光子と優子へ。
春介と春海へ。
そして、この物語に登場したすべての人たちへ。
たくさん笑わせてくれて、ありがとう。
たくさん泣かせてくれて、ありがとう。
最後まで生き抜いてくれて、ありがとう。
そして読者の皆さま。
最後まで見届けてくださり、本当にありがとうございました。
またどこかの物語で、お会いしましょう。




