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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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生きていてよかった

 第百二十四話

「生きていてよかった」


 那珂川の水面は、静かに光っていた。


 春の午後。


 風はやわらかく、川沿いの木々は新しい葉を揺らしていた。


 美香は、ゆっくり歩いていた。


 隣にはアキラ。


 少し前を、春介と春海が手をつないで歩いている。


 その後ろには、優馬と美鈴。


 光子と優子。


 奏太と小春。


 みらいのたねのスタッフ。


 村瀬家の人たち。


 赤嶺家の人たち。


 美香を支えてきた人たちが、静かに集まっていた。


 美香は、橋の欄干の前で足を止めた。


 ここだった。


 かつて、暗い水面を見つめていた場所。


 もう苦しまなくて済む。


 そう思って、すべてを終わらせようとした場所。


 美香は、そっと欄干に手を置いた。


 冷たくはなかった。


 昔は、あんなに冷たく感じたのに。


 アキラが、何も言わず隣に立つ。


 美香は川を見つめた。


「ここでね」


 声は静かだった。


「うち、終わらせようとした」


 誰も言葉を挟まなかった。


「もう苦しみたくなかった。もう怒鳴られたくなかった。もう殴られたくなかった。もう生きるのが怖かった」


 美鈴は涙をこらえていた。


 優馬は拳を握りしめている。


 美香は続けた。


「でも、終わらんかった」


 風が吹く。


 春介が振り返る。


「まま?」


 美香はしゃがんで、春介と春海を抱き寄せた。


「うん。ママ、ここにおるよ」


 春海が美香の頬に触れる。


「まま、ないてる?」


「うん。ちょっとね」


 春介が小さな手で美香の涙を拭いた。


「だいじょぶ」


 春海も言う。


「はるみ、おるよ」


 その言葉で、美香の涙がさらに溢れた。


 かつて誰にも守られなかった少女が、今は我が子に涙を拭われている。


 美香は二人を強く抱きしめた。


「ありがとう」


 アキラがそっと美香の肩に手を置く。


 光子が涙声で言った。


「美香お姉ちゃん」


 優子も目を潤ませている。


 美香は立ち上がり、みんなを見た。


「うちね、あの日は未来なんて見えんかった」


 そして、ゆっくり笑った。


「でも今は、見える」


 春介と春海。


 アキラ。


 優馬と美鈴。


 光子と優子。


 奏太と小春。


 支えてくれた人たち。


 音楽。


 笑い。


 家族。


「うち、生きていてよかった」


 その言葉は、川の上を静かに渡っていった。


 優馬はその場で泣き崩れた。


 美鈴は美香を抱きしめた。


「生きててくれて、ありがとう」


 光子と優子も駆け寄る。


「美香お姉ちゃん、ありがとう」


「うちらのお姉ちゃんでいてくれて、ありがとう」


 美香は泣きながら笑った。


「こちらこそ」


 春介と春海が、突然前に出た。


 春介

「春をふたつ!」


 春海

「にこひとつ!」


 二人同時に、


「安全運行でまいります!」


 涙に包まれていた空気が、一気に笑いに変わった。


 光子が泣き笑いで叫ぶ。


「ここでやる!?」


 優子が涙を拭きながら突っ込む。


「でも、今のは満点たい」


 美香も声を上げて笑った。


 那珂川の橋の上。


 かつて絶望の場所だったそこに、笑い声が響いた。


 美香は、その笑い声を聞きながら思った。


 過去は消えない。


 傷も、記憶も、なかったことにはならない。


 でも。


 その上に、新しい音を重ねることはできる。


 新しい笑いを重ねることはできる。


 新しい命を抱きしめることはできる。


 その夕方。


 美香は家に戻り、ピアノの前に座った。


 春介と春海は隣で眠っている。


 アキラがトランペットを静かに置いた。


「曲、書く?」


 美香は頷いた。


「うん」


 タイトルは、もう決まっていた。


『生きていてよかった』


 それは、悲しみの曲ではなかった。


 絶望の曲でもなかった。


 暗い水面から始まり、やがて朝になり、子どもたちの笑い声へたどり着く曲。


 美香の人生そのものだった。


 アキラが言う。


「一緒に書こう」


「うん」


 美香は鍵盤に指を置いた。


 最初の音は、とても静かだった。


 でも、確かに前へ進む音だった。


 次回予告


 那珂川の橋の上で、美香はついに言葉にする。


「うち、生きていてよかった」


 絶望の場所は、家族と笑いに包まれた場所へ変わった。


 そして美香は、その思いを新しい曲へ託す。


 物語はいよいよ最終話へ。


 次回、最終話

「帰る場所」

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