ピーチシード★
第百二十話
「ピーチシード★」
春介と春海が博多南幼稚園に入園する頃には、二人はすでに小倉家と赤嶺家の“爆笑危険物”として認定されていた。
音楽が好き。
歌が好き。
リズムが好き。
そして何より、笑わせることが好き。
園長先生に就任していた美鈴は、入園式の日から嫌な予感がしていた。
「春介、春海。今日は静かにね」
美香も念を押す。
「お母さんからもお願い。今日は普通に自己紹介して」
春介はこくんと頷く。
「うん」
春海もにっこり笑う。
「わかった」
だが、数分後。
自己紹介の時間。
春介が前に出た。
「赤嶺春介です」
ここまではよかった。
「好きなものは、ドラムとチューバと、うんばぁ〜砲です」
保護者席がざわつく。
美香が頭を抱える。
春海が続く。
「赤嶺春海です。好きなものは、キーボードと、ゆーこおねーしゃんのツッコミと、みーちゅおねーしゃんの撃沈顔です」
光子と優子、後方で同時に崩れ落ちる。
美鈴園長は、笑いをこらえながらマイクを握った。
「はい、二人とも元気でよろしいですね」
先生たちは肩を震わせていた。
園児たちは意味もわからず大爆笑。
保護者もつられて笑い出す。
こうして、博多南幼稚園に新たな伝説が誕生した。
春介と春海は、幼稚園でもすぐに人気者になった。
お遊戯の時間。
春介は太鼓のリズムを正確に刻む。
春海は鍵盤ハーモニカで、先生の弾いた音をすぐ真似する。
先生が驚く。
「春海ちゃん、今の音、覚えたの?」
春海はにっこり。
「ぽんってしたら、わかった」
春介はその横で、
「どん、どん、うんばぁ〜」
と謎のリズムを入れる。
クラス全員爆笑。
先生、撃沈。
そして、ある日の発表会練習。
春介と春海は、突然即興コントを始めた。
春介
「ぼくは、たいこ王子です」
春海
「私は、鍵盤姫です」
春介
「たいこ王子、出発します」
春海
「安全確認は?」
春介
「忘れました」
春海
「出発禁止」
園児たち大爆笑。
先生たちも笑いをこらえきれず、ピアノ伴奏が止まる。
美鈴園長は、職員室で報告を聞いて額を押さえた。
「完全に光子と優子の系譜やね……」
美香は迎えに来て、先生からその話を聞き、顔を真っ赤にした。
「すみません……」
先生は笑いながら言った。
「いえ、正直、毎日楽しいです」
やがて園では、二人のことをこう呼ぶようになった。
ピーチシード★
ファイブピーチ★の次世代。
まだ小さな種。
でも確かに音と笑いの芽を出している二人。
さらに、春介と春海が二人だけでコントをする時の名前も定着した。
双春
春をふたつ。
にこにこをひとつ。
本人たちはまだ意味を完全には理解していなかったが、決め台詞だけは覚えていた。
「春をふたつ、にこひとつ」
「安全運行でまいります!」
この決め台詞を発表会で披露した日。
園児、保護者、先生たちが一斉に笑い崩れた。
美鈴園長は笑いすぎて椅子に座り込み、優馬は涙を流して拍手。
光子と優子は、
「継承されたたい!」
「しかも進化しとる!」
と大興奮。
アキラは苦笑しながら言った。
「美香、これ止められんね」
美香は春介と春海を見て、笑いながら答えた。
「止める気、あんまりなか」
それは本音だった。
この子たちが笑っている。
人を笑わせている。
音を楽しんでいる。
それだけで、美香には十分だった。
そして数週間後。
博多南幼稚園の近所にある整骨院に、妙な傾向が出始めた。
「最近、腹筋痛めた保護者が増えとるんですが……」
原因は、だいたい春介と春海だった。
発表会。
参観日。
送迎時の一言。
園庭での即興コント。
あまりに笑いすぎて、腹筋をやられる大人が続出。
美鈴園長は、保護者向けのお知らせに真顔で書いた。
「本園では、赤嶺春介・春海による予期せぬ爆笑が発生する場合があります。腹筋に不安のある方はご注意ください」
先生たちは腹を抱えて笑った。
美香はそのお知らせを見て崩れ落ちた。
「お母さんまで何書いとると!」
美鈴は涼しい顔で言った。
「安全配慮たい」
優子が頷く。
「園長判断として正しい」
光子が胸を張る。
「爆笑災害対策基本法たい!」
美香はもう笑うしかなかった。
夜。
春介と春海が眠ったあと、美香は二人の寝顔を見つめていた。
小さな寝息。
少し開いた手。
昼間、あれだけ騒いでいたのが嘘のように静かだった。
アキラが隣に来る。
「今日もすごかったね」
「うん」
美香は微笑んだ。
「うちね、時々思うと」
「何を?」
「この子たちには、うちが味わった怖さとか、悲しさとか、そういうのじゃなくて……今日みたいな笑いを覚えて育ってほしか」
アキラは静かに頷いた。
「育っとるよ」
美香は春介と春海の髪をそっと撫でた。
「うん」
かつて、美香は笑えない子どもだった。
でも今、自分の子どもたちは笑いながら育っている。
そして周りの大人たちまで笑わせている。
それは、美香にとって何よりの救いだった。
ピーチシード★。
双春。
まだ小さな名前。
けれど、その名前の中には、未来へ続く音と笑いが詰まっていた。
次回予告
博多南幼稚園に伝説を作り始めた春介と春海。
ピーチシード★として音に親しみ、双春として笑いを届ける二人。
園長・美鈴も、先生たちも、保護者たちも、腹筋を守るのに必死。
そして美香は、二人の笑顔に自分の過去とは違う未来を見ていた。
次回、第百二十一話
「笑いの種」
次回予告




