リハーサル室の小さな怪獣
第百十九話
「リハーサル室の小さな怪獣」
ファイブピーチ★のリハーサル室は、いつも音でいっぱいだった。
光子のベース。
優子のドラム。
奏太のエレキギター。
小春のキーボードとシンセサイザー。
由梨奈のピアノ。
そして、美香のピアノ、アコギ、クラシックギター、トロンボーン。
そこへ、春介と春海が初めて連れてこられた。
まだ小さな二人は、入口に立った瞬間、目をまん丸にした。
「うわぁ……」
「きらきら……」
春介は、ドラムセットを見た瞬間に固まった。
春海は、シンセサイザーの光るボタンに釘付け。
美香が笑う。
「見るだけよ。勝手に触らんとよ」
だが、春介はすでに太鼓へ向かっていた。
優子が慌てて止める。
「春介、まず説明たい」
春介は真剣な顔で言った。
「どんどん、したい」
優子は一瞬言葉を失った。
「……気持ちはわかる」
光子はベースを抱えたまま、春海を手招きした。
「春海、これがベースたい」
春海はベースの弦を見つめる。
「ぼん?」
「そう! ぼん!」
光子は嬉しそうに低音を鳴らした。
ぼおん。
春海は目を輝かせた。
「ぼん!」
その瞬間、光子は胸を押さえた。
「継承された……」
優子がすぐ突っ込む。
「まだ早い」
奏太はエレキギターを構え、春介に見せた。
「これはギター」
春介は小さな手で空中をかき鳴らす。
「ぎたー!」
奏太が笑う。
「フォームだけはロックやね」
アキラはトランペットとサックスを見せる。
春介はトランペットを見て、
「ぴかぴか!」
春海はサックスを見て、
「くねくね!」
アキラが吹き出す。
「くねくねは初めて言われた」
美香はピアノの椅子に座り、春海を膝に乗せた。
「これはピアノ」
ぽん。
春海が鍵盤を押す。
ぽん。
もう一度。
ぽん、ぽん。
美香は驚いた。
「同じ音、覚えとる?」
春海は首を傾げる。
「ぽん」
由梨奈が横から言う。
「耳、いいかも」
一方、春介はドラムの前で、優子にスティックを持たせてもらっていた。
「優しくね」
「うん」
とん。
とん、とん。
とん、とん、とん。
優子の表情が変わる。
「……拍がずれん」
奏太も気づいた。
「春介、リズム取れてますね」
小春はシンセの音色を変え、柔らかいベルの音を鳴らした。
春海がその音に反応して、同じタイミングで鍵盤を押す。
ぽん。
ちりん。
ぽん。
ちりん。
小春が微笑む。
「春海ちゃん、音に返事してるみたい」
リハーサル室の空気が、少し変わった。
それは親バカや叔母バカだけではなかった。
春介と春海は、音に反応していた。
楽器を怖がらない。
音に驚かない。
むしろ、吸い寄せられている。
美香は、静かに胸が熱くなった。
自分が初めてトロンボーンに触れた日のことを思い出す。
音が出た。
それだけで世界が変わった。
今、春介と春海も、音の扉の前に立っている。
光子が小声で言った。
「これは……」
優子が頷く。
「次世代たい」
美香が苦笑する。
「まだ早かって」
しかし、光子はもう止まらない。
「ユニット名考えよう!」
優子が眉をひそめる。
「早すぎる」
光子はホワイトボードを持ってきた。
「ファイブピーチ★の次世代やけん……」
奏太が笑う。
「もう始まった」
小春も楽しそうに見守る。
光子は大きく書いた。
ピーチシード★
「種たい!」
優子が頷く。
「次の芽、という意味なら悪くなか」
美香は春介と春海を見る。
二人はまだ意味もわからず、楽器に夢中だった。
アキラが微笑む。
「ピーチシード★か」
美香は小さく笑った。
「かわいかね」
さらに。
春介がドラムを叩いたあと、光子を見て言った。
「みーちゅ、ぼん!」
光子が胸を押さえて崩れかける。
春海が優子を見て、ぱちっとウィンク。
「ゆーこ、どん!」
優子まで固まる。
美香が吹き出す。
「これはもう、ボケツッコミも始まっとるね」
アキラが笑う。
「双子やしね」
優子が冷静に言った。
「じゃあ、コンビ名も必要やね」
光子が復活する。
「双春!」
春介と春海。
春をふたつ。
双春。
その名前を聞いた瞬間、美香は少しだけ黙った。
春介と春海が、手を叩いて笑っている。
春をふたつ。
自分の人生に生まれた、二つの春。
美香の目に、静かに涙が浮かんだ。
「いい名前やね」
光子は胸を張った。
「決定たい!」
優子が言う。
「本人たちがまだ何も理解してないけどね」
春介がドラムを叩く。
「どん!」
春海がキーボードを鳴らす。
「ぽん!」
そして二人同時に。
「うんばぁ〜!」
リハーサル室、爆笑。
美香は笑いながら涙を拭いた。
ここから先、この二人がどんな道に進むかはわからない。
音楽かもしれない。
お笑いかもしれない。
まったく違う道かもしれない。
でも、今この瞬間、春介と春海は音を楽しんでいる。
笑いながら、人とつながっている。
それだけで、美香には十分だった。
ファイブピーチ★から、ピーチシード★へ。
そして、双春へ。
小さな種が、確かに芽を出そうとしていた。
次回予告
リハーサル室で楽器に目を輝かせた春介と春海。
ドラム、キーボード、ベース、ギター、ピアノ、トランペット、サックス。
二人は音に反応し、小さな才能の芽を見せ始める。
ファイブピーチ★の次世代ユニット、ピーチシード★。
そして、双子漫才コンビ・双春。
未来へ続く新しい種が、静かに芽吹き始める。
次回、第百二十話
「ピーチシード★」




