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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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最初の音

第百十八話


「最初の音」


 「おばちゃん」問題は、結局解決しないまま数年が過ぎた。


 春介と春海は、ますます元気に成長していた。


 歩く。


 走る。


 転ぶ。


 笑う。


 そして、少しずつ言葉も増えていった。


「まま」


「ぱぱ」


「じいじ」


「ばあば」


 そこまでは普通だった。


 しかし、光子と優子に対してだけは、しばらくの間ずっと、


「おばちゃん」


 だった。


 光子は毎回崩れ落ちる。


「まだ花の中学生なのに……」


 優子も遠い目をする。


「戸籍上の現実が強すぎる……」


 だが、ある日。


 春介が光子の顔をじっと見つめて、にこっと笑った。


「みーちゅおねーしゃん」


 光子が止まった。


「……え?」


 春介は両手を伸ばす。


「みーちゅおねーしゃん、しゅき〜」


 光子、完全撃沈。


「はぁぁぁぁぁ……」


 そのまま床に沈んだ。


 優子が慌てる。


「みっちゃん!?」


 だが、次の瞬間。


 春海が優子へ向かって、ぱちっと小さくウィンクした。


 誘惑ウィンク。


 さらに。


「ゆーこおねーしゃん、しゅき〜」


 そして、仕上げ。


「うんばぁ〜」


 うんばぁ〜砲、炸裂。


 優子も撃沈。


「……これは反則たい」


 美香は笑いすぎて、壁にもたれた。


 アキラも肩を震わせている。


「完全に小倉家の血……いや、環境やね」


 美香は涙を拭きながら言った。


「光子と優子に育てられた影響が強すぎる」


 それからというもの、春介と春海は、光子と優子を完全に攻略した。


 光子が少し怒ったふりをすると、


「みーちゅおねーしゃん、しゅき〜」


 はい、撃沈。


 優子が真面目に注意しようとすると、


「ゆーこおねーしゃん」


 ぱちっ。


「うんばぁ〜」


 はい、撃沈。


 美鈴が呆れる。


「二人とも、赤ちゃんに弱すぎる」


 優馬が頷く。


「いや、これは無理たい」


 光子は春介を抱きしめながら言った。


「春介、天才たい……」


 優子も春海を抱っこして呟く。


「春海、恐ろしい子……」


 そんなギャグコントみたいな日々の中で、光子と優子は春介と春海に音楽を教え始めた。


 最初は遊びだった。


 小さなタンバリン。


 鈴。


 ミニキーボード。


 おもちゃの太鼓。


 春介は、太鼓を叩くのが好きだった。


 とん、とん。


 とんとん、とん。


 リズムが妙に安定している。


 優子が目を細める。


「……この子、拍が取れとる」


 春海は、ミニキーボードの音を鳴らす。


 ぽん。


 ぽん。


 ぽぽん。


 光子が驚く。


「春海、音で返事しとる?」


 美香が近づいて、そっと耳を澄ませた。


 春介が太鼓でリズムを刻む。


 春海がキーボードで、簡単な音を重ねる。


 まだ幼い。


 音楽と呼ぶには、あまりにも小さな音。


 でも、確かに何かが始まっていた。


 アキラが静かに言う。


「最初の音やね」


 美香は頷いた。


「うん」


 かつて、自分も初めてトロンボーンで“ド”を出した。


 あの不安定な音が、自分の人生を変えた。


 今、春介と春海も、小さな音を鳴らしている。


 それは将来、音楽家になるかどうかとは関係ない。


 ただ、音を楽しんでいる。


 笑いながら、誰かと鳴らしている。


 それだけで、美香には十分だった。


 春介が太鼓を叩き、春海がキーボードを鳴らす。


 光子がベースの真似をして口で低音を入れる。


「ぼん、ぼぼん」


 優子が手拍子でリズムを整える。


 美香が小さくピアノを添える。


 アキラが指で机を叩いて拍を取る。


 赤嶺家のリビングに、小さな合奏が生まれた。


 曲名はまだない。


 譜面もない。


 でも、そこには笑いがあった。


 春介が叫ぶ。


「みーちゅおねーしゃん!」


 春海が続く。


「ゆーこおねーしゃん!」


 そして二人同時に、


「うんばぁ〜!」


 光子と優子、再び撃沈。


 美香はお腹を抱えて笑った。


 その笑い声を聞きながら、春介と春海も笑った。


 受け継がれる笑い。


 受け継がれる音。


 美香は、胸の奥で静かに思った。


 この子たちには、苦しみではなく、こういう音を覚えてほしい。


 泣いてもいい。


 怒ってもいい。


 でも最後には、誰かと笑える場所がある。


 そんな家で育ってほしい。


 その願いは、リビングに響く小さな音の中に、確かに込められていた。


⸻


次回予告


 春介と春海が鳴らした、人生最初の音。


 太鼓とキーボード。


 まだ拙い音だったが、美香とアキラ、光子と優子はそこに小さな才能の芽を感じる。


 そしてある日、春介と春海はファイブピーチ★のリハーサルに連れて行かれる。


 そこで二人は、とんでもない反応を見せる。


 次回、第百十九話

 「リハーサル室の小さな怪獣」

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