双子の知らせ
第百十三話
「双子の知らせ」
ファイブピーチ★には、ひとつ変わった伝統があった。
曲によってボーカルを変える。
美香が歌う曲。
光子が前に出る曲。
優子が芯を通す曲。
奏太がロックに歌い上げる曲。
小春が透明な声で包む曲。
その自由さが、ファイブピーチ★の強みだった。
だが、その日のライブには、さらに恐ろしい企画が用意されていた。
光子がマイクを握る。
「次の曲は!」
優子がすでに嫌な予感の顔をしている。
「『黒い羽根のメタルララバイ』です!」
会場が沸く。
通称、変態メタル。
テンポは190前後。
ツーバス連打。
高速ギター。
うねるベース。
不穏なシンセ。
悲しいメロディなのに、演奏は完全に地獄の全力疾走。
普段は奏太が歌っていた。
だがこの日は、光子がにやりと笑った。
「今日は、ボーカルをくじ引きで決めます!」
優子が固まる。
「え」
奏太が苦笑する。
「本当にやるんですか」
小春が箱を持ってくる。
会場は大盛り上がり。
光子がくじを引く。
「本日のボーカルは――」
紙を開く。
「優子!」
会場、大歓声。
優子、目が点。
「……えぇ」
光子が嬉しそうに言う。
「ゆうちゃん、行ってらっしゃい!」
優子はマイクを見つめる。
「これ、うちが歌うの?」
奏太が申し訳なさそうに言う。
「かなり息きついですよ」
小春も真顔で言う。
「ドラムも激しいですし、歌も跳ねます」
優子は深呼吸した。
「……作曲したの誰よ」
光子が即答する。
「優子」
会場、爆笑。
優子は天井を見上げた。
「自業自得たい……」
イントロが始まる。
奏太のエレキが切り裂く。
光子のベースが唸る。
バックバンドのツーバスが轟く。
小春のシンセが暗い雲のように広がる。
そして優子が歌い出す。
声は鋭く、強い。
普段の冷静なツッコミ役とは違う。
悲しみを抱えたまま、全力で走り抜ける声。
会場の空気が変わった。
サビに入る。
優子の声が伸びる。
速い。
苦しい。
それでも崩れない。
中学生とは思えない集中力で、優子は曲を乗り切った。
最後の一音。
ドラムが止まる。
ギターが鳴り切る。
会場は一瞬沈黙し――爆発した。
大歓声。
拍手。
優子はマイクを握ったまま、しばらく動けなかった。
光子が駆け寄る。
「ゆうちゃん!」
優子は肩で息をしながら言った。
「……フルマラソンを、100メートル走の勢いで走り抜けた感じたい」
会場、爆笑。
奏太も笑いながら頷く。
「的確すぎます」
小春が水を渡す。
「お疲れさまです」
優子は水を飲んで、ぽつりと言った。
「で、この作曲したの誰よ〜」
光子が笑い転げる。
「ゆうちゃんたい!」
優子はマイクを下ろした。
「過去の私、出てきなさい」
会場は再び腹筋崩壊。
そのライブを、美香は自宅で配信越しに見ていた。
お腹に手を当てながら、笑いすぎて涙が出る。
「ゆうちゃん……よう歌いきったね」
アキラも笑っている。
「優子ちゃん、すごいね。あれ歌いながら冷静にツッコむ余裕あるんや」
美香はお腹に向かって言った。
「春介、春海。あれがあなたたちの優子叔母さんよ。覚悟しとき」
その時、ぽこ、とお腹の奥で小さな動きを感じた。
美香が息を呑む。
「……今」
アキラが顔を上げる。
「動いた?」
「うん……たぶん」
美香は両手でお腹を包む。
ライブ会場では優子がまだ息を整えている。
画面の向こうでは光子が笑っている。
その音を聴きながら、お腹の双子が初めて返事をしたように感じた。
美香の目に涙が浮かぶ。
「聴こえとるんやね」
アキラはそっと隣に座った。
「きっと、びっくりしたんやない?」
「変態メタルで胎動デビュー……」
「ファイブピーチ★らしか」
二人は笑った。
数日後の検診。
那珂川レディースクリニック。
医師はモニターを見ながら微笑んだ。
「二人とも、順調に育っていますよ」
画面の中で、小さな命が動いている。
前よりもはっきり見える。
美香は泣きそうになった。
「大きくなっとる……」
アキラも画面を見つめた。
「春介、春海……」
医師が優しく言った。
「元気ですね」
美香は頷いた。
「はい」
その夜、美香はまた『お腹の音』の譜面に向かった。
今日の音は少し違った。
心音だけではない。
小さな動き。
画面の中で見えた命。
ライブ配信越しに聴こえたファイブピーチ★の爆音。
全部が混ざって、ひとつの旋律になっていく。
美香は笑いながら書き込んだ。
譜面の端に、小さく一言。
――変態メタルで初胎動疑惑。
アキラがそれを見て吹き出した。
「それ、曲の副題にする?」
「しません」
美香は即答した。
でも、笑顔だった。
次回予告
優子がくじ引きで『黒い羽根のメタルララバイ』のボーカルを担当。
爆速ヘビメタを歌い切った優子は、演奏後に一言。
「この作曲したの誰よ〜」
そして配信を見ていた美香は、お腹の双子の小さな動きを感じる。
命は、確かに育っていた。
次回、第百十四話
「生まれてくるあなたへ」




