新しい命
第百十話
「新しい命」
小倉家のリビングは、完全にお祭り騒ぎになっていた。
美香の妊娠。
しかも双子。
その事実が分かった瞬間、優馬は泣き崩れ、美鈴は美香を抱きしめ、アキラは感極まって言葉を失った。
そして、光子と優子は――。
「はい、では今から!」
「双子先輩講座を開講します!」
美香は目を丸くした。
「何それ」
光子はホワイトボードを持ち出してきた。
そこには大きく、
『双子として生きるための心得』
と書かれていた。
優子が指示棒を持つ。
「第一条。入れ替わりはほどほどに」
美鈴が即座に言う。
「あなたたちが言う?」
優馬も泣きながら笑っていた。
「一番説得力なか講師たい」
光子が胸を張る。
「失敗例から学ぶ講座たい!」
優子が真顔で頷く。
「反面教師型教育です」
美香はお腹を押さえて笑った。
「笑わせんでよ、まだ初期なんやけん」
アキラが慌てる。
「美香、大丈夫?」
「大丈夫。笑いすぎただけ」
光子がさらに続ける。
「第二条。片方がボケたら片方がツッコむ!」
優子が補足する。
「ただし、両方ボケると家が崩壊します」
美香がすかさず言った。
「すでに何回か崩壊しかけとるよ」
リビングは爆笑に包まれた。
でも、その笑いの中心に、美香はいた。
かつて「家族」という言葉が怖かった美香が、今は自分のお腹に宿った二つの命を、家族みんなで笑いながら迎えている。
それが、何よりも尊かった。
その夜。
ファイブピーチ★の公式SNSで、動画配信が行われることになった。
タイトルは、
『ファイブピーチ★から大切なお知らせ』
配信開始直後、コメント欄はざわついた。
「新曲?」
「ツアー?」
「まさか活動休止?」
「光子ちゃん、変な顔してるから絶対何かある」
画面には、美香、アキラ、光子、優子、奏太、小春が並んでいた。
美香は少し緊張した顔でマイクを持つ。
「今日は、皆さんにご報告があります」
コメント欄が一気に加速する。
美香はアキラと顔を見合わせ、微笑んだ。
「このたび、新しい命を授かりました」
一瞬、コメントが止まった。
そして次の瞬間。
画面が流れすぎて読めなくなった。
「おめでとう!!!」
「美香ちゃんママに!?」
「泣いた」
「アキラくんおめでとう!」
「ファイブピーチ★ベビー!」
「え、待って涙出た」
そこへ光子が身を乗り出す。
「しかも!」
優子が横で小声で言う。
「みっちゃん、落ち着いて」
光子は満面の笑みで叫んだ。
「双子たい!」
コメント欄は完全に爆発した。
「双子!?」
「光子優子先輩の出番だ」
「小倉家、双子に縁ありすぎ」
「これは絶対に騒がしい」
「赤ちゃん逃げて、いや生まれてない」
優子が真顔で言った。
「私たちが双子先輩として教育します」
美香が即ツッコミ。
「せんでよか」
アキラも笑いながら止める。
「まず無事に生まれてからね」
奏太が穏やかに言った。
「本当におめでとうございます」
小春も涙ぐみながら言う。
「美香さんの赤ちゃん、絶対みんなで大事にします」
美香は目を潤ませた。
「ありがとう」
配信後、SNSは完全にお祭り状態になった。
#美香ちゃんおめでとう
#アキラパパ爆誕
#双子先輩講座
#ファイブピーチベビー
#小倉家また騒がしくなる
次々にトレンド入りした。
その知らせは、関係者たちにも広がっていった。
村瀬家。
由紀は電話口で泣いた。
「美香ちゃんが、お母さんになるんやね……」
健司も、後ろで静かに頷いていた。
紗季と千夏は大騒ぎ。
「赤ちゃん見たい!」
「双子ってすごい!」
みらいのたね事務所では、理事長とスタッフたちが配信を見ながら涙ぐんでいた。
「美香さんが……」
「ここに来た時は、あんなに小さく震えていたのに……」
城南小学校。
城南中学校。
博多南中学校。
福岡高校。
東京の音大。
それぞれの場所で、美香を知る人たちに報告が届いた。
博多南中の吹奏楽部顧問は、職員室で声を詰まらせた。
「小倉美香が……お母さんか」
福岡高校音楽科の先生は、昔の卒業式の写真を見ながら微笑んだ。
「あの子なら、きっといい母親になる」
音大の教授は、メールを読みながら言った。
「赤嶺さんらしい、あたたかい音がまた増えますね」
そして東京。
美香が大学生時代にアルバイトしていた、ミライマート音大前店。
篠崎圭一店長にも報告が届いた。
篠崎店長はレジ横でスマホを見て、目を丸くした。
「赤嶺さんが……妊娠?」
しばらく黙ったあと、店内スタッフに向かって言った。
「今日は休憩室にプリン置いとくぞ。お祝いだ」
スタッフが笑う。
「店長、本人ここにいませんよ」
「気持ちの問題だ」
篠崎店長は、少し照れながら笑った。
夜。
美香は自宅でSNSのコメントを見ていた。
祝福の言葉が、次々に届いている。
昔の自分は、自分が生まれてきたことすら、悪いことのように思っていた。
でも今。
自分のお腹に宿った命を、こんなにも多くの人が祝福してくれている。
美香はお腹に手を当てた。
「すごいね。あなたたち、もうこんなに祝ってもらっとるよ」
アキラが隣に座る。
「幸せやね」
「うん」
美香は涙を浮かべながら笑った。
「うち、ちゃんとこの子たちを愛したい」
アキラは優しく頷いた。
「一緒に愛そう」
その時、スマホに光子からメッセージが来た。
『双子先輩講座、第2回の資料できた』
続いて優子。
『止めてください』
美香は吹き出した。
「もう、ほんとに……」
泣いて、笑って、また泣いて。
新しい命は、すでにたくさんの笑いと涙に包まれていた。
⸻
次回予告
公式SNSで妊娠と双子を報告した美香とアキラ。
村瀬家、みらいのたね、学校関係者、音大、ミライマート音大前店。
美香を支えてきた人たちから、次々と祝福が届く。
だが、初めての妊娠は喜びだけではない。
体調の変化、不安、仕事との調整。
美香は「母になる日々」と向き合い始める。
次回、第百十一話
「母になる日々」




