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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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小さな予感

第百九話


「小さな予感」


 組曲『未来へつなぐ音』のスケッチを書き始めてから数週間。


 美香は、少しずつ自分の身体に違和感を覚えていた。


 朝起きても、どこかだるい。


 練習を終えると、以前より疲れやすい。


 そして何より――


「うっ……」


 朝食の味噌汁の匂いに、思わず顔をしかめた。


 アキラが心配そうに振り返る。


「大丈夫?」


「うん……大丈夫やけど……」


 そう答えたものの、自分でも気になっていた。


 数日後。


 福岡交響楽団の練習中。


 休憩時間に美香は椅子へ腰を下ろした。


 普段なら平気な練習量。


 それなのに息が上がる。


 隣にいた団員が心配そうに声をかけた。


「赤嶺さん、大丈夫ですか?」


「はい……ちょっと疲れやすくて」


 その日の帰宅後。


 美香はカレンダーを見つめていた。


 そして静かに呟く。


「……ひょっとして」


 アキラが隣へ来る。


「どうした?」


 美香は少し照れながら言った。


「まだわからんけど……病院行ってみようかな」


 アキラはすぐ頷いた。


「うん。行こう」


⸻


 翌週。


 二人は、


那珂川レディースクリニック


を訪れた。


 受付の女性は一瞬目を丸くした。


 福岡交響楽団の奏者。


 ファイブピーチ★の中心メンバー。


 最近ではテレビにも出演している夫婦。


 突然の来院に少し驚いたのだ。


 しかし、すぐに笑顔になった。


「赤嶺さんですね。こちらへどうぞ」


 美香は少し緊張していた。


 アキラも珍しく落ち着かない。


 診察室へ呼ばれる。


 担当は女性医師だった。


 穏やかな口調で問診が進む。


 検査。


 超音波。


 静かな時間。


 美香は心臓の鼓動が聞こえる気がした。


⸻


 しばらくして。


 医師がモニターを見ながら微笑んだ。


「赤嶺さん」


 美香が息を飲む。


「はい」


「おめでとうございます」


 その瞬間。


 アキラが固まった。


 美香も言葉を失う。


 医師は続ける。


「妊娠されています」


 美香の目に涙が浮かんだ。


 アキラは思わず椅子から立ち上がりそうになる。


「ほ、本当に……?」


 医師は笑う。


「本当ですよ」


 そしてモニターを指差した。


「それと――」


 二人が画面を見る。


「双子です」


 診察室が静まり返る。


 数秒後。


「え?」


 美香。


「え?」


 アキラ。


 完全に同時だった。


 医師が吹き出しそうになる。


「はい。双胎妊娠です」


 アキラは目をぱちぱちさせた。


「ふ、双子……」


 美香は両手で口を覆う。


「双子……」


 しばらくして。


 涙が溢れた。


 美香は泣きながら笑っていた。


「アキラ……」


「うん」


「本当に……?」


「本当たい」


 アキラも涙目だった。


⸻


 診察が終わり、


 医師が予定日を伝える。


「順調にいけば、出産予定日は――」


 カルテを確認する。


「2036年2月29日です」


 美香とアキラが顔を見合わせる。


「うるう年……」


「四年に一回たい」


 思わず笑う。


 医師も微笑んだ。


「忘れられない誕生日になりますね」


⸻


 帰りの車。


 二人は何度もエコー写真を見ていた。


 信じられない。


 でも確かにそこにいる。


 二つの命。


 美香はそっとお腹に手を当てた。


「ありがとう」


 誰に向けた言葉なのか、自分でもわからなかった。


⸻


 その夜。


 小倉家。


 美鈴が夕食を並べている。


 優馬がテレビを見ている。


 光子と優子が宿題をしている。


 そこへ、


 美香とアキラがやって来た。


 美香の顔を見た瞬間。


 美鈴が察した。


「……美香?」


 美香は涙ぐみながら頷いた。


「お母さん」


 その一言で。


 優馬が立ち上がる。


「どうした?」


 美香は笑った。


「赤ちゃん、できた」


 一瞬の静寂。


 そして――


「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 小倉家が揺れた。


 さらに。


 アキラが続ける。


「双子です」


 再び沈黙。


 そして。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 今度はさらに大きかった。


 優馬、号泣。


 美鈴、号泣。


 光子、机をひっくり返しそうになる。


 優子、椅子から転げ落ちる。


 アキラ、つられて泣く。


 美香も泣きながら笑っていた。


 その夜。


 小倉家は、


 人生で一番賑やかな夕食になった。


⸻


次回予告


 妊娠判明。


 しかも双子。


 小倉家は大歓喜に包まれる。


 しかし、美香にとっては初めての妊娠。


 喜びと同時に、不安も押し寄せてくる。


 そんな娘へ、美鈴は静かに語りかける。


 そして光子と優子は、


 なぜか「双子先輩講座」を開講しようとしていた――。


 次回、第百十話


 「新しい命」

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