新しい苗字
第百六話
「新しい苗字」
結婚式を終え、美香は新しい苗字になった。
赤嶺美香。
その名前を初めて書いた時、美香は少しだけ手を止めた。
小倉美香。
その名前には、救われた日々が詰まっている。
赤嶺美香。
その名前には、これからアキラと歩いていく未来がある。
美香はそっと呟いた。
「どっちも、うちたい」
アキラは隣で微笑んだ。
「うん。どっちの美香も、大事たい」
そして二人は、新婚旅行へ向かった。
行き先はニュージーランド。
六泊七日。
飛行機を降りた瞬間、空気が違った。
広い空。
深い緑。
湖に映る山々。
どこまでも続く草原。
夜には、信じられないほどの星空。
美香は何度も言葉を失った。
「すごか……」
アキラも隣で頷く。
「音にしたくなるね」
「うん。絶対、曲になる」
二人は大自然の中を歩き、湖畔で風を聴き、丘の上で夕陽を眺めた。
美香は、旅先でも小さなノートを開いた。
風の音。
鳥の声。
水のきらめき。
アキラの笑い声。
全部を、忘れたくなかった。
ある夜、満天の星空の下で、アキラが言った。
「美香」
「ん?」
「結婚してくれて、ありがとう」
美香は少し笑った。
「こちらこそ。アキラと来られてよかった」
昔の美香なら、こんな未来を想像できなかった。
自分が愛され、祝福され、遠い国で新婚旅行をしているなんて。
でも今、その未来の中にいる。
六泊七日の旅は、あっという間だった。
帰国の日。
美香は飛行機の窓から遠ざかるニュージーランドの大地を見つめた。
「また来たいね」
アキラが頷く。
「うん。今度は、曲を持って来よう」
美香は笑った。
「新婚旅行組曲?」
「いいね」
「タイトルは……『南半球の約束』かな」
アキラは微笑んだ。
「美香らしか」
こうして二人は、福岡へ帰った。
赤嶺美香として。
赤嶺章の妻として。
そして、音楽家として。
新しい生活が、静かに始まろうとしていた。
次回予告
ニュージーランドで六泊七日の新婚旅行を終えた美香とアキラ。
大自然、湖、星空。
旅の記憶は、やがて新しい曲へと変わっていく。
そして二人は福岡へ戻り、夫婦としての日常を始める。
次回、第百七話
「夫婦の音」




