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帰る場所~光の指す方へ  作者: リンダ


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忘年会

第九話


「忘年会」


 十二月の終わりが近づいていた。


 街にはイルミネーションが灯り、商店街には年末セールの声が響いていた。

 けれど、和正の背中は、日に日に重くなっていた。


 帰ってくる時間は遅い。

 食卓に座っても、箸の動きは鈍い。

 風呂から上がると、缶ビールを開ける音がする。


 美香は、そんな父をじっと見ていた。


「父ちゃん」


「ん?」


「疲れとる?」


 和正は一瞬、驚いた顔をした。


「……ちょっとな」


「休んだほうがいいんじゃないと?」


 香織が台所で手を止めた。


 美香は真剣だった。


「またピクニック行こう? 大濠公園。おにぎり持って」


 和正は、缶ビールを持った手を少し下ろした。


 大濠公園。

 レジャーシート。

 美香の頬についた海苔。

 肩車した時の、小さな重み。


 和正は笑おうとした。


「そうやな。年末終わったら行こうか」


「ほんと?」


「ああ。父ちゃん、ちゃんと休む」


「約束?」


「約束」


 美香は安心したように笑った。


 その笑顔を見て、和正の胸が少し痛んだ。


 会社では、その日の夕方、忘年会が開かれた。


「今年もお疲れ!」


「乾杯!」


 グラスが鳴る。


 焼肉の煙。

 笑い声。

 仕事の愚痴。

 現場の疲れ。


 和正も最初は控えめに飲んでいた。


「黒木、もっと飲めよ」


「明日も早いんで」


「寝たら抜けるって」


「いや、最近ちょっと疲れとるし」


「一年頑張ったんやけん、今日くらいええやろ」


 その言葉に、和正は少しだけ迷った。


 今日くらい。

 少しだけ。

 明日には抜ける。


 危ない言葉ほど、耳に優しい。


 和正はグラスを受け取った。


「……じゃあ、少しだけ」


 その夜の一杯は、疲れた身体に染み込んだ。


 仕事の重さを忘れた。

 家計の不安を忘れた。

 帰宅の遅さを責められる気まずさも、少しだけ遠のいた。


 和正は笑った。


 久しぶりに、大きな声で笑った。


 けれど、その笑いの奥で、何かが静かに緩んでいた。


 家では、美香が布団の中で待っていた。


「父ちゃん、まだ?」


 香織が部屋の電気を消しながら答える。


「今日は会社の人とご飯やけん、遅いよ」


「忘年会?」


「そう」


「父ちゃん、休むって言った」


「年末終わったらね」


 美香は、少しだけ不満そうに布団をかぶった。


「ピクニック、行くもん」


 香織はその言葉に小さく笑った。


「うん。行こうね」


 けれど深夜。


 玄関の鍵が開いた音で、香織は目を覚ました。


 和正が帰ってきた。


 足取りは少し重い。

 酒の匂いが、部屋の空気に混じった。


「ただいま……」


「飲みすぎた?」


「大丈夫」


 和正はそう言った。


 その声は少しだけ曖昧だった。


 香織は眉をひそめた。


「明日、仕事やろ」


「寝たら抜ける」


 その言葉を、和正は何気なく言った。


 だが、その一言が、翌朝のすべてを決めてしまう。


 布団の中で、美香は目を覚ましていた。


 酒の匂い。

 父の低い声。

 母のため息。


 まだ怖いとは思わなかった。


 けれど、美香は胸の奥に小さな不安を覚えた。


 父ちゃん、休んだほうがいいのに。


 その小さな願いは、誰にも届かなかった。



次回予告


 美香は、父の疲れに気づいていた。


 「休んだほうがいい」

 「またピクニックに行こう」


 その願いを胸に、和正は忘年会へ向かう。


 だが、酒は抜けきらなかった。


 翌朝。

 トラックのエンジンがかかる。

 検問。

 呼気検査。

 そして、すべてが崩れ始める。


 次回、第十話

 「飲酒検問」


 安全第一を教えた父が、その言葉を裏切る。

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