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【AI小説】ヴァンパイアのカナと魔女のエリス|2026  作者: 茉莉花イツカ


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第二章 失敗続きの作戦

 翌日、ビルの影が長く伸び始めた頃。オレンジ色の西日に焼かれる給湯室の物陰で、カナは息を潜めていた。


 その身を包むのは、サイズがやや不揃いなグレーの作業服と、目深に被った作業帽。手には、ガタガタと頼りない音を立てる業務用台車を握っている。


(よし、変装は完璧ね)


 ヴァンパイアの能力で社内のセキュリティや人目を完璧に欺き、ここまで潜入したのだ。


 タイミングを計ったように、廊下で拓海と栞が足を止め、進展のないもどかしい立ち話を始めるのが見えた。


(今よ)


 カナは台車を押して、わざとらしく足音を響かせながら給湯室から廊下へと近づいた。不自然に二人の目の前で台車を止めると、ポケットから素早くあの小瓶を取り出す。


 あらかじめ用意していた二つの紙コップに紫の液体を滴下し、すかさず温かいお茶のペットボトルから緑色の液体を注いでカモフラージュした。


「あの、お疲れ様です。これ、よろしければどうぞ」


 カナは満面のビジネススマイルでコップを差し出した。


 だが、拓海は、オフィスの中に突然現れた小柄な清掃員に怪訝そうに眉をひそめるだけだった。


「え……?」


「いつもビルを綺麗に使っていただいているので、その、ささやかな差し入れです」


 栞の顔にも、あからさまな困惑の影が走った。部外者が社内の廊下でお茶を配っているなど、セキュリティ的にも常識的にもあり得ない。彼女は助けを求めるように拓海と視線を交わしている。


「あ、いえ……結構です。大丈夫ですので」


 拓海が遠慮するように手を横に振った。


「そんなことおっしゃらずに、どうぞ!」


 カナはさらに一歩間合いを詰める。だが、二人は防衛本能が働いたように、綺麗に揃って一歩後ずさった。


「本当に、お気持ちだけで十分ですから」


 栞も明確に拒絶の意思を示し、カナの持つ台車や、妙に手慣れていないコップの持ち方に鋭い視線を注ぐ。その瞳には『不審者』を見る警戒の色が完全に浮かんでいた。


 カナは必死に笑顔の仮面を維持しようとしたが、二人はすでに会話を打ち切り、足早にその場を離れていってしまった。


 夕方のオフィスフロアで、カナは台車を前にぽつんと立ち尽くした。手の中の紙コップからは、お茶と薬草が混ざり合った、なんとも言えない奇妙な臭気が立ち上っている。


(うう……大失敗。人間のセキュリティ意識って思ったより厳しいのね)


    ◇◇◇


 翌日、カナは前回の反省を踏まえ、アプローチを根本から変えることにした。


 現在彼女が身に着けているのは、目がチカチカするような赤と黄色の派手なファーストフード店の制服。サンバイザー風の帽子を限界まで深く被り、表情を隠す。


 ターゲットの二人は、仕事帰りに駅前のファーストフード店へ立ち寄り、やはり進展のない会話を続けている。


 カナは店名が大きく印刷された紙袋を胸に抱え、これ以上ないほどの快活な笑みを作って、二人が座るボックス席へと突撃した。


「お客様! お待たせいたしました!」


 二人が驚いたように振り返る。すかさずカナは、温かい紙袋を二人の鼻先に押し付けた。


「ご注文の品をお届けに上がりました!」


 拓海が露骨に眉の間に皺を寄せ、一歩身を引いた。


「え……? 僕たち、何も追加注文してないけれど」


「いえいえ、確かにこちらにいらっしゃるお客様から、ご注文をいただいております!」


 カナは半ば強引に袋を拓海の手に握らせようとする。しかし、拓海は頑なに両手をポケットに入れたまま、受け取ろうとしない。


「本当に注文していない。何かの間違いだ」


 拓海の声には明確な拒絶のトーンが混ざっていた。店内に座っている客の席へ、別の店員が直接注文を届けてくるなど、ファーストフード店のシステムとしてあり得ないからだ。隣の栞も、同意するように激しく首を振る。


「そうです。私たちがずっとここで話していただけですから。別の方じゃないですか?」


(どうしよう、場所のルールが違いすぎる。受け取ってよ!)


 カナの頬が引きつる。それでも笑顔だけは死守した。


「でも、お席の番号もこちらって指定されていて、その……」


「間違いです」


 拓海が冷たく言葉を遮った。栞が、気の毒そうな、けれど早く去ってほしいというニュアンスを孕んだ目でカナを見つめている。


「きっと、他のお客様のご注文ですよ。確認された方がいいと思います」


「そう……ですか……」


 これ以上粘れば店員を呼ばれかねない気配を察し、カナはすごすごと袋を引っ込めた。それを見届けて、二人は気まずそうに席を立ち、足早に店を離れていく。


(またダメだった……何がいけないのよ、もう!)


 ポテトの匂いが虚しく漂う紙袋を抱えたまま、カナは店内で硬直していた。周囲の客たちが、奇妙な格好で固まっている少女を、怪訝そうな目で見流していくのが恨めしかった。


    ◇◇◇


 その日の夜、カナは重い足取りでエリスの塔を訪れた。いつものように窓を叩くと、エリスがすぐに滑らかな動作でガラスを開けてくれた。


「随分と派手な格好で行ったのね。成果はどうだった?」


 エリスの問いかけに、カナはまともに応える気力もなく部屋へ這い入り、近くの椅子に泥のように崩れ落ちた。サンバイザーを床に放り出す。


「全然ダメ。掠りもしなかったわ」


「ふふ、やっぱりね」


 エリスの容赦のない笑い声が室内に響く。カナは恨めしげに顔を上げた。


「ちょっと、笑わないでよ!」


「だって、完全に私の予想通りなんですもの」


 エリスは調合机に腰を掛け、長い足を組んでカナを見下ろした。


「いい? 現代の人間の警戒心を舐めすぎよ。会社の中やファーストフード店で、突然頼んでもいない飲食物を差し出されて、誰が素直に口にすると思う? 普通は毒物か何かだと疑うわ」


「分かってる、分かってるわよ、そんなこと……」


 カナは両手で頭を抱え、机に突っ伏した。


「でも、あの場所じゃ、他に自然に飲ませる方法なんて思いつかなかったのよ」


 しばしの沈黙の後、エリスが静かに椅子から立ち上がった。衣擦れの音と共にカナの背後に回り込み、その白い耳元へ唇を寄せてくる。


「ゴニョゴニョゴニョ……」


 低く囁かれた言葉の羅列に、カナの身体がビクリと跳ね、目が見開かれた。飛び起きるようにしてエリスを振り返る。


「えっ……それって、流石に――」


「そうよ。それしかないわ」


 エリスは楽しげに、残酷なほど美しい笑みを浮かべている。カナは弾かれたように椅子から立ち上がった。


「流石にそれは、手口が強引すぎるんじゃない!? 白昼堂々、大犯罪よ!?」


「じゃあ、他にあの頑なな人間たちに薬を流し込む方法があるの?」


 エリスの冷徹な正論に、カナはぐうの音も出ず、黙り込むしかなかった。


(……ない。搦め手が通じない以上、もう物理的な手段しかないんだわ)


「……分かったわ」


 カナは深く、覚悟を決めるための息を吸い込んだ。


「やるしかないわね。こうなったら」


「ええ、私も手伝ってあげる」


「いつ、決行する?」


「明日よ」


 カナは即答した。


 エリスが少しだけ意外そうに眉を上げる。


「あら、随分と急ね」


「だって――」


 カナは窓の外、都会の排気ガスに霞む星空を見つめた。


「あんなに想い合っているのに傷つけ合っている二人を、一刻も早く幸せにしてあげたいんだもの」


 エリスはそれ以上、カナをからかうことはしなかった。ただ、慈しむような、静かな微笑を浮かべてその横顔を見つめていた。

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