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第三話 ショースケの家へようこそ!

****


 ここはショースケの家(いえ)の応接間(おうせつま)。


 天井(てんじょう)まである背(せ)の高(たか)い本棚(ほんだな)が壁(かべ)一面(いちめん)に所狭(ところせま)しと並(なら)べられていて、その中(なか)には見(み)たことのない文字(もじ)で書(か)かれた本(ほん)がみちみちに詰(つ)まっています。


 タカヤはその部屋(へや)の中央(ちゅうおう)に置(お)かれた腰(こし)がどっしりと沈(しず)むほどやわらかいソファにちょこんと座(すわ)って、落(お)ち着(つ)かないのか辺(あた)りをそわそわ見回(みまわ)していました。


「そんな緊張(きんちょう)しないでよ。この部屋(へや)に来(く)るのだって初(はじ)めてじゃないでしょ?」


 隣(となり)に座(すわ)っているショースケは反対(はんたい)にどっかりと足(あし)を開(ひら)いてリラックスしています。


「ごめん、やっぱりここに来(く)るとドキドキしちゃって…」


「まぁこの部屋(へや)に来(き)たときは大体(だいたい)ライトさんに叱(しか)られてるから、タカヤが落(お)ち着(つ)かないのもわかるけどね。あ、そういえば…」


 ショースケはポケットをごそごそ探(さぐ)ると、小(ちい)さなロケットのようなものがついたキーホルダーをタカヤに渡(わた)しました。


挿絵(By みてみん)


「タカヤの分(ぶん)のポスエッグ、僕(ぼく)とおそろいのエッグロケットに改造(かいぞう)終(お)わったよ。小(ちい)さくするとキーホルダーになるようにしたからカバンとかにつけてね」


「え、もうできたのか? ありがとうショースケ本当(ほんとう)に一日(いちにち)でやってくれるとは思(おも)わなかったよ」


「一日(いちにち)以上(いじょう)ポスエッグ預(あず)かったらタカヤが不安(ふあん)でしょ? 頑張(がんば)ったんだから感謝(かんしゃ)してよね」


 冗談(じょうだん)っぽく言(い)ってますが本当(ほんとう)に頑張(がんば)ったのでしょう、ショースケの目元(めもと)にはちょっと隈(くま)ができています。


「もちろん、いつも感謝(かんしゃ)してるよ。ショースケとコンビが組(く)めて俺(おれ)は幸(しあわ)せ者(もの)だ」


「う…そりゃどーも」


 タカヤは恥(は)ずかしげもなく素(す)でこういうことをさらりと言(い)ってくるので、ショースケはどうも調子(ちょうし)が狂(くる)ってしまいます。


 二人(ふたり)が喋(しゃべ)っていると、コンコンとノックの音(おと)が聞(き)こえました。


 扉(とびら)が開(あ)いて、黒(くろ)いメイド服(ふく)に身(み)を包(つつ)んだルルが長(なが)い髪(かみ)をなびかせながら入(はい)ってきます。


 手(て)に持(も)ったお盆(ぼん)の上(うえ)には生(なま)クリームが添(そ)えられた美味(おい)しそうなケーキが見(み)えて、ショースケは目(め)を輝(かがや)かせました。


「ショースケさん、タカヤさん。ライトさんは本部(ほんぶ)からの連絡(れんらく)に対応(たいおう)していますのでちょっと待(ま)ってあげてくださいね」


 ソファの前(まえ)の見(み)るからに高級(こうきゅう)そうな分厚(ぶあつ)い机(つくえ)の上(うえ)に、ルルはケーキとティーカップを三(みっ)つずつ置(お)いていきます。


「わーいシフォンケーキ! 僕(ぼく)これ大好(だいす)き! いただきまーす」


 ショースケは急(いそ)いで胸(むね)の前(まえ)で手(て)を合(あ)わせて、さっそくケーキをほおばり始(はじ)めました。


「ルルさんいつもすみません、ありがとうございます」


 ティーカップに紅茶(こうちゃ)を注(そそ)いでくれているルルにタカヤが申(もう)し訳(わけ)なさそうに頭(あたま)を下(さ)げると、それを見(み)てルルはふわりと笑(わら)いました。


「私(わたし)こそ、いつもショースケさんと仲良(なかよ)くしてくださってありがとうございます。ショースケさんいつもタカヤさんのお話(はなし)ばっかりしてるんですよ」


「ちょっとルルさんなんか恥(は)ずかしいからあんまり言(い)わないでよ」


 ショースケは照(て)れているのか、タカヤと反対(はんたい)方向(ほうこう)を見(み)ながらまた一片(いっぺん)ケーキを口(くち)に突(つ)っ込(こ)みます。


「あらあら、ごめんなさい」


 ルルが口(くち)に手(て)を添(そ)えてふふふと微笑(ほほえ)むと、また扉(とびら)がコンコンとノックされました。


「ごめん、待(ま)たせたね」


 来人(らいと)はパタパタとスリッパの足音(あしおと)を立(た)てながら部屋(へや)に入(はい)ってくると、タカヤとショースケの正面(しょうめん)に置(お)いてあるソファに座(すわ)りました。


「ライトさん、お疲(つか)れさまです!」


 タカヤは立(た)ち上(あ)がってぴしっと挨拶(あいさつ)します。


「タカヤ君(くん)、いつも言(い)ってるけどそんなにかしこまらなくていいから。ほら、座(すわ)って」


「ねぇこのシフォンケーキすっごい美味(おい)しいからライトさんの分(ぶん)ももらっていい?」


「ダメに決(き)まってるだろ。ショースケ君(くん)はもうちょっとかしこまってくれる?」


 ライトはショースケにじとりとした視線(しせん)を向(む)けた後(あと)、気(き)を取(と)り直(なお)してルルが今(いま)注(そそ)いでくれたばかりの紅茶(こうちゃ)を口(くち)に含(ふく)みました。


「えっと、それで今日(きょう)は確(たし)かこの間(あいだ)のことについてのお話(はなし)ですよね…?」


 タカヤがおずおずと話(はなし)を切(き)り出(だ)すと、途端(とたん)にライトは厳(きび)しい顔(かお)つきになります。


「うん、君(きみ)たちが宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)本部(ほんぶ)に強制(きょうせい)転送(てんそう)したET(いーてぃー)のことだよ。…二人(ふたり)とも無事(ぶじ)で本当(ほんとう)によかった」


 ライトが首(くび)からネックレスのように下(さ)げた小(ちい)さな紺色(こんいろ)のポスエッグを触(さわ)ると、空中(くうちゅう)に大(おお)きな画像(がぞう)がいくつも表示(ひょうじ)されました。


 どうも全(すべ)て、先日(せんじつ)のET(いーてぃー)についてまとめられた資料(しりょう)のようです。


「二人(ふたり)の話(はなし)に出(で)てきたET(いーてぃー)ののどの奥(おく)に見(み)えた小(ちい)さな渦(うず)、おそらくそれはワープ装置(そうち)だ。あのET(いーてぃー)は池(いけ)の中(なか)の魚(さかな)や虫(むし)なんかの地球(ちきゅう)生物(せいぶつ)や、周囲(しゅうい)の物質(ぶっしつ)とか植物(しょくぶつ)をどこか遠(とお)くの星(ほし)へ運(はこ)んでいたと僕(ぼく)は考(かんが)えてるよ、目的(もくてき)はわからないけどね」


 ライトは指先(ゆびさき)で資料(しりょう)を入(い)れ替(か)えながら説明(せつめい)します。


「ショースケ君(くん)ももし食(た)べられていたら、今頃(いまごろ)得体(えたい)のしれない星(ほし)へ連(つ)れていかれていただろう」


「ふぉわ…」


 ショースケは口(くち)いっぱいにケーキを詰(つ)めながらも全身(ぜんしん)に鳥肌(とりはだ)が立(た)つのを感(かん)じ、思(おも)わず身震(みぶる)いしました。


「それで、あのET(いーてぃー)はどうなりました?」


 タカヤの質問(しつもん)にライトは答(こた)えにくそうに口(くち)を開(ひら)きます。


「…実(じつ)は転送(てんそう)された直後(ちょくご)にETの体(からだ)がすぐに溶(と)け出(だ)して、跡形(あとかた)もなく消(き)えてしまったらしいんだ」


「ふぉふぁふぁ⁉」


「ショースケ君(くん)、飲(の)み込(こ)んでから喋(しゃべ)りなさい」


 いつものことなのでしょう、ライトは流(なが)れるようにショースケを注意(ちゅうい)して続(つづ)けます。


「だからET(いーてぃー)の詳(くわ)しい調査(ちょうさ)はできなかったらしいよ、ただ」


「ただ…?」


 タカヤが不安(ふあん)そうな眼差(まなざ)しを向(む)けます。


「おそらく宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)に連(つ)れていかれた場合(ばあい)に証拠(しょうこ)を残(のこ)さないために自動(じどう)で消(き)えるようプログラミングされていた、何者(なにもの)かによって作(つく)られた生(い)き物(もの)だろうとのことだよ」


 そう言(い)ってライトがもう一度(いちど)ポスエッグに触(ふ)れると、空中(くうちゅう)の画像(がぞう)は順番(じゅんばん)に一(ひと)つずつ消(き)えていきました。


「作(つく)られた生(い)き物(もの)…なんでそんなのがこの町(まち)に…」


 タカヤは下(した)を向(む)いて真剣(しんけん)に考(かんが)え込(こ)んでしまいました。


「まあ…どこの誰(だれ)がやったのかはわからないけれどかなりの重罪(じゅうざい)であることは確(たし)かだから、ここから先(さき)は本部(ほんぶ)が捜査(そうさ)してくれることになったよ。だからそんなに気(き)にせずに今(いま)まで通(どお)り過(す)ごしてくれたらいいからね」


 ライトがこれ以上(いじょう)不安(ふあん)にさせないように笑(わら)って見(み)せると


「むぐむぐ…んっ。大丈夫(だいじょうぶ)大丈夫(だいじょうぶ)、なんとかなるって」


 口(くち)っぱいに入(い)れていたケーキをやっと飲(の)み込(こ)んで、ショースケがしゃべり始(はじ)めました。


「うん、ショースケ君(くん)にはもうちょっと気(き)にして欲(ほ)しいかな」


「だって今(いま)考(かんが)えたってしょうがないじゃない」


 ショースケはまだ手(て)を付(つ)けていなかったティーカップに手(て)を伸(の)ばし、ミルクと砂糖(さとう)がたっぷり入(はい)った紅茶(こうちゃ)をズズズとをすすりました。


 その様子(ようす)を見(み)て少(すこ)し緊張(きんちょう)が解(と)けたのか、タカヤも思(おも)い出(だ)したようにシフォンケーキを食(た)べ始(はじ)めます。


「おいしい…!」


 へにょりと笑(わら)ったタカヤを見(み)て、ショースケはでしょでしょと嬉(うれ)しそうにはしゃぎます。


 ライトは二人(ふたり)のそんな様子(ようす)をあたたかく見守(みまも)りながら、少(すこ)し冷(さ)めた紅茶(こうちゃ)を一気(いっき)に飲(の)み干(ほ)しました。


 タイプの全(まった)く違(ちが)う二人(ふたり)がコンビを組(く)むと聞(き)いたときはどうなることかと思(おも)いましたが、なんとか上手(うま)くいっているようで一安心(ひとあんしん)です。


 開(ひら)いた窓(まど)からはさんさんと明(あか)るい日差(ひざ)しが差(さ)し込(こ)み、やわらかな春風(はるかぜ)がケーキの甘(あま)い香(かお)りをさらに漂(ただよ)わせました。


「ライトさん、紅茶(こうちゃ)のおかわりはいかがですか?」


挿絵(By みてみん)


 隣(となり)に座(すわ)るルルが笑(わら)いかけます。


「はい、お願(ねが)いしますルルさん」


 部屋(へや)にはこの上(うえ)ないほどあたたかい時間(じかん)が流(なが)れていました、が。


「いやーでもこの間(あいだ)は本当(ほんとう)に危(あぶ)なかったよねー」


 ショースケが上機嫌(じょうきげん)で口(くち)を開(ひら)き


「僕(ぼく)は食(た)べられそうになるし、タカヤはコスモピース使(つか)って真(ま)っ黒(くろ)になっちゃうし!」


 そう話(はな)したその瞬間(しゅんかん)。


 部屋(へや)の空気(くうき)は一瞬(いっしゅん)で凍(こお)り付(つ)きました。


「ショ、ショースケそれは…っ」


 タカヤはティーカップを持(も)ったまま固(かた)まり、顔(かお)が真(ま)っ青(さお)になっていきます。


「まっくろになった…?」


 ライトは眉(まゆ)をピクピクひくつかせながらにーっこりと笑(わら)っています。


 ショースケにはわかります、これはめちゃめちゃ怒(おこ)っている顔(かお)です。


 こんなに怒(おこ)っているところを見(み)たのは、ショースケのランドセルの奥(おく)からくちゃくちゃに小(ちい)さくなった提出(ていしゅつ)期限(きげん)が昨日(きのう)のプリントが見(み)つかった時(とき)以来(いらい)です。


「ちょっと向(む)こうの部屋(へや)で詳(くわ)しく調(しら)べさせてくれないかな…ねぇタカヤ君(くん)?」


 タカヤはビクリと肩(かた)を震(ふる)わせます。


「い、いやぁライトさん、これから僕(ぼく)とタカヤちょっと用事(ようじ)があって」


 あまりにもタカヤが怯(おび)えているのでショースケは助(たす)け舟(ぶね)を出(だ)しますが


「ショースケ君(くん)、僕(ぼく)のシフォンケーキあげるからちょっと黙(だま)っててくれる?」


「え、くれるの! やったータカヤいってらっしゃい」


 あっさりと買収(ばいしゅう)されてしまいました。


 ショースケが嬉(うれ)しそうに二(に)回(かい)目(め)のいただきますをしている中(なか)、タカヤは為(な)す術(すべ)なくライトに連(つ)れられて行(い)きました。



****



 さて、タカヤとライトが応接間(おうせつま)を離(はな)れて五(ご)分(ふん)ほど経(た)った頃(ころ)。


 ライトがくれたシフォンケーキをぺろりと完食(かんしょく)したショースケは今頃(いまごろ)罪悪感(ざいあくかん)に苛(さいな)まれておりました。


 まあケーキ一(ひと)つで怯(おび)える友達(ともだち)を売(う)ってしまったんだから当然(とうぜん)でしょう。


 なんて言(い)って謝(あやま)ろうか、ショースケがあれやこれやと考(かんが)えていると


「ライトさん大変(たいへん)でスー‼」


 急(きゅう)に扉(とびら)がバチコーンと開(ひら)いて、ピンク色(いろ)のくらげのようなプニプニしたET(いーてぃー)が入(はい)ってきました。


「あれあレ⁉ ライトさんいないんですカ⁉」


「メグさん、姿(すがた)が元(もと)に戻(もど)っちゃってるよ」


 ショースケがそう伝(つた)えると


「わワ、本当(ほんとう)でスこれは失礼(しつれい)しましタ」


 メグと呼(よ)ばれるET(いーてぃー)はポポンッと、ルルとお揃(そろ)いのメイド服(ふく)に身(み)を包(つつ)みピンクの髪(かみ)をお団子(だんご)にまとめた女性(じょせい)に変身(へんしん)しました。


「いヤーやっぱり気(き)を抜(ぬ)くと戻(もど)っちゃってダメですネー」


 頭(あたま)を搔(か)きながらメグはえへへと笑(わら)います。


「ところでライトさんに用(よう)があったの? ライトさんならタカヤとお話(はなし)するからって実験室(じっけんしつ)に行(い)っちゃったよ」


「あラ、そうですか。それは邪魔(じゃま)しちゃいけませんネ」


 メグはうーんと考(かんが)えます。


「仕方(しかた)なイ。じゃあこの際(さい)ショースケさんで(・)も(・)いいから来(き)てもらえませン?」


「そんな言(い)い方(かた)されるとすごく行(い)きたくないけど…なんかあったの?」


 ショースケが面倒(めんどう)くさそうに返事(へんじ)をすると、メグは思(おも)い出(だ)したのかまたバタバタ慌(あわ)て始(はじ)めました。


「そウ! 大変(たいへん)なんでス! お花(はな)が…『モジェリ』が枯(か)れてしまいそうなんでス!」



****



 メグに連(つ)れられて、ショースケは地球(ちきゅう)外(がい)の植物(しょくぶつ)がたくさん植(う)えられている温室(おんしつ)にやってきました。


 その一番(いちばん)奥(おく)に、明(あき)らかにぐったりとしなびた植物(しょくぶつ)が一本(いっぽん)あります。


「これがモジェリ? 初(はじ)めて見(み)るよ」


 ショースケは祖父(そふ)にもらったタブレットを取(と)り出(だ)してモジェリについて調(しら)べ始(はじ)めました。


「そうでス! ワタシの故郷(こきょう)の星(ほし)の花(はな)なんですヨ!」


 メグは自慢(じまん)げです。


「モジェリ…あ、あった。えーとなになに…? 宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)の特効薬(とっこうやく)になる唯一(ゆいいつ)の花(はな)…」


 調(しら)べた画像(がぞう)に写(うつ)るモジェリはまっすぐ伸(の)びた茎(くき)のてっぺんを囲(かこ)むように白(しろ)い花(はな)びらが浮(う)かび、その周(まわ)りには天使(てんし)の輪(わ)のようなものが光(ひか)っているとても綺麗(きれい)な花(はな)でした。


「プニプヨ星(せい)にしか生(は)えていないため、より広範囲(こうはんい)で栽培(さいばい)できるように研究(けんきゅう)が進(すす)められている。地球(ちきゅう)生物(せいぶつ)には超(ちょう)猛毒(もうどく)…え、毒(どく)⁉」


 ショースケは急(いそ)いでモジェリから距離(きょり)を取(と)ります。


「はイ。花(はな)びら一(いち)枚(まい)飲(の)んだら即死(そくし)でス」


「先(さき)に言(い)ってよ! 触(さわ)るところだったじゃんか!」


「触(さわ)ったくらいで死(し)んだりしませんヨー、まったくショースケさんはビビりですネ」


 メグは見(み)せつけるようにモジェリをちょんちょん触(さわ)りました。


「それニ、この子(こ)にはまだ毒(どく)はありませんから安心(あんしん)してくださいヨ。花(はな)が咲(さ)くどころか、つぼみにもなっていませんシ」


 スカートをふわりと揺(ゆ)らしながら、メグは話(はなし)を続(つづ)けます。


「ここではライトさんガ、地球(ちきゅう)生物(せいぶつ)でも安心(あんしん)して飲(の)める毒(どく)の無(な)いモジェリを作(つく)る研究(けんきゅう)をしているんでス。まあ地球(ちきゅう)生物(せいぶつ)が宇宙(うちゅう)風邪(かぜ)にかかることは無(な)いとは言(い)われてますけどネ」


 二人(ふたり)がそうこうしている間(あいだ)にも、弱(よわ)ったモジェリはさらにしなびていきます。


「あわわわワ大変(たいへん)でス急(いそ)がないト!」


「え、どうしたらいいの⁉ 水(みず)とか肥料(ひりょう)とか⁉」


「地球(ちきゅう)の植物(しょくぶつ)じゃないんですかラ、そんなの意味(いみ)ないでス! ショースケさんちょっとそのタブレット貸(か)してくださイ!」


 メグはショースケからタブレットを奪(うば)い取(と)ると、何(なに)やら急(いそ)いで入力(にゅうりょく)して調(しら)べた動画(どうが)をモジェリの前(まえ)に突(つ)き出(だ)しました。


 …画面(がめん)の中(なか)では今(いま)をときめく若手(わかて)俳優(はいゆう)が、爽(さわ)やかな笑顔(えがお)を浮(う)かべてなにやら喋(しゃべ)っています。


 しなびていたモジェリはそれを見(み)たのか、ほんの少(すこ)しだけ持(も)ち直(なお)しました。


「…えーと?」


 ショースケは目(め)の前(まえ)で起(お)こっていることが理解(りかい)できず、人差(ひとさ)し指(ゆび)を額(ひたい)に当(あ)てて考(かんが)え込(こ)んでいます。


挿絵(By みてみん)


「このモジェリ、かっこいい人間(にんげん)が好(す)きなんでス」


 メグは真面目(まじめ)な顔(かお)で続(つづ)けます。


「ここでモジェリを育(そだ)て始(はじ)めた時(とき)、環境(かんきょう)や育(そだ)て方(かた)が違(ちが)うからか全然(ぜんぜん)大(おお)きくなってくれなくテ。ワタシもう疲(つか)れちゃっテ、ヤケクソで大好(だいす)きなアニメ『ビューティー☆学園(がくえん)~古今東西(ここんとうざい)イケてる老若男女(ろうにゃくなんにょ)大集合(だいしゅうごう)~』をここで流(なが)していたんでス」


 ショースケはいろいろ突(つ)っ込(こ)みたいのをぐっと堪(こら)えます。


「そしたらモジェリ気(き)に入(い)っちゃったみたいでぐんぐん成長(せいちょう)したんでス。今(いま)ではさっきみたいにモジェリが好(す)きそうなものを定期(ていき)的(てき)に見(み)せないとしなびちゃうようになってしまいしタ」


「そ、そうなんだー…」


 ショースケはわかったようなわかりたくないような複雑(ふくざつ)な気持(きも)ちです。


「じゃあ今(いま)までみたいにアニメ見(み)せてあげたらいいんじゃない?」


「いやーそれが今(いま)は二次元(にじげん)より三次元(さんじげん)が熱(あつ)いみたいデ。ワタシとは馬(うま)が合(あ)いませんネ」


 メグは心底(しんそこ)困(こま)ったという風(ふう)に両手(りょうて)を広(ひろ)げました。


「だからライトさんにお世話(せわ)をしてもらおうかとお願(ねが)いしに行(い)ったんでス」


「なんでライトさんに?」


 不思議(ふしぎ)そうにショースケは尋(たず)ねます。


「よくわかりませんガ、モジェリはライトさんのことをかっこいい人間(にんげん)だと認識(にんしき)してるみたいなんでス。ライトさんがお世話(せわ)当番(とうばん)の日(ひ)はすごく機嫌(きげん)がいいんですヨ」


 その時(とき)、温室(おんしつ)の扉(とびら)が開(ひら)く音(おと)がしました。


「お二人(ふたり)さん何(なに)をなさっているんですか?」


 後(うし)ろからやってきたルルが二人(ふたり)の間(あいだ)を覗(のぞ)き込(こ)みます。


「ルル! 大変(たいへん)なんでスまたモジェリが弱(よわ)ってテ」


 メグがモジェリを見(み)せると、ルルはショースケが今(いま)まで見(み)たこともないほど冷淡(れいたん)な目(め)をしました。


「ああ…またこの花(はな)ですか。私(わたし)にいい考(かんが)えがありますよ」


 ルルは自分(じぶん)の右(みぎ)の二(に)の腕(うで)を強(つよ)く掴(つか)んでひねりました。


 するとルルの右腕(みぎうで)はガチャガチャと音(おと)を立(た)てて、みるみるうちに鈍(にぶ)く光(ひか)るガトリング砲(ほう)へと変化(へんか)していきます。


「…ライトさんに色目(いろめ)を使(つか)うような困(こま)ったさんな花(はな)は、二(に)度(ど)と咲(さ)けないように潰(つぶ)してしまえばいいと思(おも)うんです」


 ルルはいつもと同(おな)じように口(くち)に手(て)を添(そ)えてふわりと笑(わら)いました。


「いやいやいヤ! ダメですヨこの花(はな)すごく貴重(きちょう)なんですかラ!」


 メグは慌(あわ)ててルルを取(と)り押(お)さえます。


「勝手(かって)に枯(か)れたことにすればいいじゃありませんか」


 ルルは左腕(ひだりうで)もマシンガンへ変形(へんけい)させようと準備(じゅんび)しています。


「やめて家(いえ)に穴(あな)開(あ)いちゃうから!」


 ショースケも止(と)めようと必死(ひっし)です。


 ルルはショースケのおじいさんが作(つく)った超(ちょう)高性能(こうせいのう)アンドロイドです。


 戦闘(せんとう)能力(のうりょく)も高(たか)く、暴(あば)れれば家(いえ)に穴(あな)が開(あ)くどころでは済(す)まないでしょう。


 メグがルルの耳元(みみもと)で叫(さけ)びます。


「ルル! このモジェリの花(はな)はライトさんが研究(けんきゅう)してるんでス。無(な)くなったらライトさんが悲(かな)しみますヨ‼」


 …するとルルはやっと正気(しょうき)に戻(もど)ったのか、しょんぼりしながら腕(うで)を元(もと)の姿(すがた)へガチャガチャと変形(へんけい)させました。


「うう、そうでした…ライトさんを悲(かな)しませるわけにはいきません…」


「ルルさんて優(やさ)しいけどライトさんが絡(から)むと本当(ほんとう)に過激(かげき)だから怖(こわ)いよ…」


 ショースケが怯(おび)えながらふとモジェリを見(み)てみると、モジェリは潰(つぶ)されそうになったのがよっぽど怖(こわ)かったのか、もう地面(じめん)すれすれまで茎(くき)が曲(ま)がって茶色(ちゃいろ)くなっていました。


「ねぇこれまずいんじゃない⁉」


 ショースケは大慌(おおあわ)てでさっきの若手(わかて)俳優(はいゆう)の動画(どうが)を見(み)せますが、モジェリはピクリとも元気(げんき)になりません。


「わわわワもう枯(か)れそうでス! じゃあショースケさん頼(たの)みますヨ!」


「えぇ⁉ 僕(ぼく)⁉」


「ライトさんの代わりに連れて来たんですからそりゃそうでス! なんとかやっちゃってくださイ!」


「なんとかって言(い)われても…」


 しかしここでショースケにある画期(かっき)的(てき)なアイデアが浮(う)かびました。


(僕(ぼく)ってかっこいいしし余裕(よゆう)なのでは?)


 ショースケは自分(じぶん)の頭脳(ずのう)に超(ちょう)自信(じしん)があるのと同様(どうよう)に、元(もと)スーパーモデルの母(はは)譲(ゆず)りのビジュアルにもめちゃくちゃ自信(じしん)がありました。


 これはやってみるしかないでしょう。


 ふうっと一(ひと)つ息(いき)を吐(つ)くと、ショースケは金色(きんいろ)の前髪(まえがみ)をサッと払(はら)いモジェリに向(む)かって渾身(こんしん)のキメ顔(がお)を披露(ひろう)しました。


 確(たし)かな手(て)ごたえを感(かん)じたショースケは勝(か)ったと確信(かくしん)しましたが…


 モジェリはへにょりと曲(ま)がったまま動(うご)きません。


「どうやラ子(こ)どもには興味(きょうみ)がないみたいでス」


 それをメグは冷静(れいせい)に分析(ぶんせき)し


「ショースケさんとってもかわいらしかったですよ」


 ルルはまるで母(はは)のようなあたたかい目(め)で見守(みまも)りました。


 ショースケはあまりのこっ恥(はじ)すかしさに顔(かお)を真(ま)っ赤(か)にしてうずくまりましたが、ここでめげるようなタイプではありません。


 むしろ負(ま)けず嫌(ぎら)いに火(ひ)が付(つ)きました。


「僕(ぼく)が子(こ)どもだからダメなんだね? それなら考(かんが)えがあるよ」


 三(さん)人(にん)は一度(いちど)温室(おんしつ)の外(そと)へ出(で)て作戦(さくせん)を立(た)てることにしました。



****



 ショースケは急(いそ)いで自分(じぶん)の部屋(へや)に向(む)かうと、何(なに)やら丸(まる)い玉(たま)のようなものを持(も)って戻(もど)ってきました。


「おかえりなさイ、ショースケさん。何(なん)ですかそレ?」


 メグが覗(のぞ)き込(こ)んだその玉(たま)はカラフルなミラーボールのような見(み)た目(め)をしています。


「ふっふっふ、これは僕(ぼく)が作(つく)った3D(すりーでぃー)映写機(えいしゃき)だよ! 見(み)てて」


 ショースケが3D(すりーでぃー)映写機(えいしゃき)を空(そら)にポンと投(な)げるとそれはくるくる高速(こうそく)で回(まわ)って光(ひか)りだし、目(め)の前(まえ)にショースケがもう一人(ひとり)現(あらわ)れました。


「わあ、ショースケさんが二人(ふたり)!」


 ルルは目(め)を丸(まる)くしています。


「これは立体(りったい)映像(えいぞう)をリアルに空中(くうちゅう)に映(うつ)し出(だ)す機械(きかい)だよ。映(うつ)し出(だ)したものは僕(ぼく)と同(おな)じ動(うご)きをするように設定(せってい)してあるんだ。どう? すごいでしょ」


 ショースケは鼻(はな)を高(たか)くしながら3D(すりーでぃー)映写機(えいしゃき)を手(て)の中(なか)に戻(もど)しました。


「確(たし)かにすごいですガ…これを一体(いったい)どう使(つか)うんでス?」


 メグには全然(ぜんぜん)ピンときません。


「まあそう焦(あせ)らないでよ。この機械(きかい)にタブレットの機能(きのう)を組(く)み合(あ)わせるのさ」


 そう言(い)うとショースケは爆速(ばくそく)でタブレットに何(なに)かを入力(にゅうりょく)し始(はじ)めました。


「このタブレットには物(もの)や生物(せいぶつ)が未来(みらい)にはどうなるか、ある程度(ていど)正確(せいかく)に予測(よそく)してくれる機能(きのう)があるんだ。だからこの機能(きのう)に僕(ぼく)自身(じしん)を入力(にゅうりょく)して3D(すりーでぃー)映写機(えいしゃき)に送(おく)れば…」


 ショースケの手(て)を離(はな)れた3D(すりーでぃー)映写機(えいしゃき)がもう一度(いちど)高速(こうそく)でくるくると回転(かいてん)すると、そこにはショースケの面影(おもかげ)を残(のこ)した二十歳(はたち)くらいの青年(せいねん)が現(あらわ)れました。


 背(せ)はスラリと高(たか)く、今(いま)のショースケと同(おな)じように金色(きんいろ)の髪(かみ)をサラサラと揺(ゆ)らしています。


「まあ! 少(すこ)しライトさんに似(に)てますね」


 ルルはなんだか嬉(うれ)しそうです。


「僕(ぼく)とライトさんはちょっと遠(とお)いけど一応(いちおう)親族(しんぞく)だからね」


 ライトはショースケの父(ちち)のいとこで、ショースケにとってはいとこおじにあたります。


「さて…準備(じゅんび)は整(ととの)ったし、今度(こんど)こそ絶対(ぜったい)あの花(はな)に僕(ぼく)のことかっこいいと認(みと)めさせてやる!」


 ショースケはめちゃくちゃ燃(も)えています。


「なんか目的(もくてき)変(か)わってませン? ショースケさん」


「だって僕(ぼく)がかっこよくないわけがないもの」


「はア…その精神(せいしん)はワタシも見習(みなら)いたいですネ」


 メグの顔(かお)は見(み)るからに呆(あき)れていますがそんなことショースケには関係(かんけい)ありません。




「たのもー!」


 ショースケは勢(いきお)いよく温室(おんしつ)の扉(とびら)を開(あ)けてズンズン奥(おく)へ進(すす)んでいきました。


 くにゃりと垂(た)れて元気(げんき)のなかったモジェリは3D(すりーでぃー)映写機(えいしゃき)に映(うつ)った大人(おとな)ショースケを見(み)ると、ピクリと少(すこ)し頭(あたま)をもたげて反応(はんのう)しました。


「おオ! 手(て)ごたえありですヨ!」


 メグは目(め)を輝(かがや)かせます。


「当然(とうぜん)でしょ、さあ行(い)くよ! ヘイそこのへにょへにょにしなびたキミ!」


 ショースケと大人(おとな)ショースケはさっきと同(おな)じように、金色(きんいろ)の前髪(まえがみ)をサッと払(はら)い渾身(こんしん)のキメ顔(がお)をモジェリに向(む)かって繰(く)り出(だ)しました。


「僕(ぼく)が一緒(いっしょ)に遊(あそ)んであげてもいいよ?」


 華麗(かれい)にウインクを決(き)めて、ショースケは今度(こんど)こそ絶対(ぜったい)に勝(か)ったと確信(かくしん)しました。


 モジェリは少(すこ)しずつ色(いろ)が元(もと)に戻(もど)り、ピクピクとちょっと体制(たいせい)を立(た)て直(なお)し


 …そのままもう一度(いちど)しなびてしまいました。


「あれ⁉ なんでなんで! 意味(いみ)わかんない!」


 ショースケはオロオロとその様子(ようす)を見(み)ていることしかできません。


「おかしいですネ…あ、もしかしたラ」


 メグが近(ちか)づいて、ショースケの肩(かた)を優(やさ)しくポンと叩(たた)きました。


「あんまり趣味(しゅみ)じゃないのかもしれませン」


「しゅ、しゅみじゃない…?」


 ショックでブルブル震(ふる)えるショースケの隣(となり)でメグは続(つづ)けます。


「よく考(かんが)えたらこのモジェリにアニメ見(み)せてるとき、礼儀(れいぎ)正(ただ)しくて優(やさ)しくて甘(あま)い言葉(ことば)で褒(ほ)めてくれるーみたいなタイプのキャラに強(つよ)く反応(はんのう)してたんでしタ」


「いやいや僕(ぼく)十分(じゅうぶん)優(やさ)しくて礼儀(れいぎ)正(ただ)しいでしょ⁉ なに、褒(ほ)めたらいいの⁉ かわいいかわいい!」


 ショースケはもうヤケクソです。


「…たぶんそういうところが趣味(しゅみ)じゃないんだと思(おも)いますヨ、ショースケさん」


 残念(ざんねん)ながら、どう考(かんが)えてもモジェリの理想(りそう)とはかけはなれたタイプです。


 ショースケはよろよろと立(た)ち上(あ)がり近(ちか)くの机(つくえ)に手(て)をついて体(からだ)を支(ささ)えると、深(ふか)く息(いき)を吐(つ)きだして言(い)いました。


「ねえルルさん、この花(はな)一回(いっかい)痛(いた)い目(め)にあった方(ほう)がいいんじゃないかな…?」


「あらショースケさん、意見(いけん)が合(あ)いましたね」


 ルルは胸(むね)の前(まえ)で手(て)を合(あ)わせてにっこりと微笑(ほほえ)みました。


「いやいやいヤ何(なに)言(い)ってるんですカ! ダメですヨ‼」


 メグが両手(りょうて)を広(ひろ)げて立(た)ち塞(ふさ)がりモジェリを守(まも)っていると…




「どうしたんですかこの騒(さわ)ぎは」


 話(はなし)を終(お)えたであろうライトとタカヤが温室(おんしつ)にやってきました。


「あ…タカヤ…僕(ぼく)ってかっこいい…?」


 ショースケと3D(すりーでぃー)映写機(えいしゃき)に映(うつ)った大人(おとな)ショースケは全(まった)く同(おな)じポーズでどんより凹(へこ)んでいます。


「う、うん。ショースケはかっこいいけど…え⁉ これ誰(だれ)⁉」


「これ大人(おとな)の僕(ぼく)。面白(おもしろ)いでしょ…タカヤも後(あと)でやってあげるね…」


 そんな二人(ふたり)のやり取(と)りの横(よこ)でメグは急(いそ)いでライトに駆(か)け寄(よ)ります。


「ライトさんやっと来(き)てくれましたネ、もう大変(たいへん)なんでス!」


「一体(いったい)何(なに)が…ってええ⁉ すごくしなびてるじゃないですか!」


 ライトはすぐに部屋(へや)の奥(おく)へ向(む)かい、モジェリの様子(ようす)を細(こま)かく確認(かくにん)しました。


「そうなんでス! 今(いま)までで一番(いちばん)弱(よわ)ってテ…ライトさんが近(ちか)づいても元気(げんき)にならないなんテ…」


 メグはもう泣(な)きそうです。


「…これはもう、栄養剤(えいようざい)を使(つか)うしかないかもしれませんね…」


 ライトは考(かんが)え込(こ)んだ後(あと)、真剣(しんけん)な面持(おもも)ちで言(い)いました。


「え、栄養剤(えいようざい)とかあるの⁉ だったら早(はや)く使(つか)ったらよかったじゃん!」


 ショースケは急(きゅう)にシャキッとして、僕(ぼく)あんなに頑張(がんば)ったのに、と文句(もんく)タラタラです。


「…栄養剤(えいようざい)を使(つか)えバ、確(たし)かにこの子(こ)は元気(げんき)になりまス」


 悲(かな)しそうにメグは目(め)を伏(ふ)せました。


「でもそれは同時(どうじ)に研究(けんきゅう)の失敗(しっぱい)を意味(いみ)しまス。栄養剤(えいようざい)に含(ふく)まれている成分(せいぶん)ハ、地球(ちきゅう)生物(せいぶつ)にとって猛毒(もうどく)になる成分(せいぶん)ですかラ」


 ライトは近(ちか)くの引(ひ)き出(だ)しから小(ちい)さなビンを取(と)り出(だ)します。


「メグさんが毒(どく)の原因(げんいん)に代(か)わる新(あたら)しい栄養(えいよう)を発見(はっけん)してくれた時(とき)は成功(せいこう)するかもと思(おも)いましたが…やはり難(むずか)しかったのでしょうね」


 ビンの中身(なかみ)はおそらく栄養剤(えいようざい)でしょう。


「貴重(きちょう)な花(はな)です、枯(か)らすわけにはいきませんから」


 さっきまでの明(あか)るいムードが嘘(うそ)のように、周囲(しゅうい)はしんみりとした空気(くうき)に包(つつ)まれました。


「ごめんなさいライトさん…私(わたし)が花(はな)をびっくりさせてしまったから…」


 ルルは自分(じぶん)が銃(じゅう)を向(む)けて、花(はな)を弱(よわ)らせる追(お)い打(う)ちをかけてしまったことに強(つよ)く責任(せきにん)を感(かん)じているのか俯(うつむ)いたままです。


「いえ、数日(すうじつ)前(まえ)からこの花(はな)はかなり弱(よわ)っていたんです。こうなったのはひとえに僕(ぼく)の力(ちから)不足(ぶそく)です。もっと研究(けんきゅう)が必要(ひつよう)ですね」


 そう言(い)って笑(わら)ったライトがスポイトで栄養剤(えいようざい)を吸(す)い上(あ)げていると


「あのー…」


 後(うし)ろでタカヤが声(こえ)を出(だ)しました。


「それってモジェリの花(はな)ですよね?」


「え、タカヤこの花(はな)のこと知(し)ってるんだ」


 ショースケはびっくりです。


「うん、ちょっと見(み)たことがあって。えっと、俺(おれ)出来(でき)るだけやってみましょうか?」


「やってみるって…もしかしてコスモピースかい?」


 ライトは少(すこ)し複雑(ふくざつ)そうな顔(かお)をしました。


「はい、コスモピースのエネルギーの一部(いちぶ)をモジェリの花(はな)に送(おく)れば少(すこ)しは元気(げんき)になってくれるかもしれません。あっ、大丈夫(だいじょうぶ)ですそんなに大変(たいへん)じゃないですから!」


 タカヤは何(なに)か思(おも)うところがあったのか、手(て)を胸(むね)の前(まえ)でわたわたとさせます。


「ライトさん、やってもらいましょうヨ! ワタシまだこの研究(けんきゅう)諦(あきら)めたくありませン!」


 メグの強(つよ)い意志(いし)に押(お)され、しばらく悩(なや)んだ末(すえ)ライトはやっと首(くび)を縦(たて)に振(ふ)りました。


「…くれぐれも無理(むり)はしないでくれよ、タカヤ君(くん)」


「わかりました。じゃあやってみますね!」


 タカヤの瞳(ひとみ)に赤(あか)と青(あお)の星(ほし)が無数(むすう)に浮(う)かびました。


 周囲(しゅうい)の空気(くうき)がコスモピースと共鳴(きょうめい)して、タカヤが花(はな)に手(て)をかざすとより一層(いっそう)チカチカと銀河(ぎんが)のように輝(かがや)きます。


 モジェリに光(ひかり)が降(ふ)り注(そそ)ぎますが、どうにも動(うご)きはありません。


「おかしいな…十分(じゅうぶん)エネルギーは分(わ)けたはずなんですけど…」


 タカヤは不思議(ふしぎ)そうにモジェリを見(み)つめて、顔(かお)を花(はな)に近(ちか)づけて優(やさ)しく囁(ささや)きました。


「どうしたの、まだ元気(げんき)でない? 君(きみ)の咲(さ)いた姿(すがた)が見(み)たいな。モジェリってすごく綺麗(きれい)だよね」


 その瞬間(しゅんかん)、ショースケは見逃(みのが)しませんでした。


 モジェリの花(はな)がピクリと動(うご)いたのを。


「タカヤ! ちょっとそこ動(うご)かないでね」


 ショースケは大急(おおいそ)ぎでタブレットを操作(そうさ)するとタカヤの頭上(ずじょう)に向(む)かって3D(すりーでぃー)映写機(えいしゃき)を投(な)げました。


 映写機(えいしゃき)がくるくる回(まわ)って光(ひか)ったかと思(おも)うと、タカヤの隣(となり)にはこれまたタカヤの面影(おもかげ)を残(のこ)した二十歳(はたち)くらいの青年(せいねん)が現(あらわ)れました。


「え、え、えぇ⁉」


 状況(じょうきょう)がいまいち飲(の)み込(こ)めないタカヤの横(よこ)で、モジェリの花(はな)はまたピクピクと反応(はんのう)しています。


「説明(せつめい)は後(あと)でするからタカヤ! とにかくその花(はな)のこと褒(ほ)めまくって!」


 モジェリの理想(りそう)の『優(やさ)しくて礼儀(れいぎ)正(ただ)しくて甘(あま)い言葉(ことば)で褒(ほ)めてくれるタイプ』、ショースケと性格(せいかく)が全(まった)く違(ちが)うタカヤなら出来(でき)るかもしれません。


「褒(ほ)める? わ、わかった! やってみるよ!」




 …そこからはもうすさまじい時間(じかん)でした。


 タカヤの口(くち)からは平然(へいぜん)と、聞(き)いているこっちが恥(は)ずかしくなって歯(は)が浮(う)くような甘(あま)い褒(ほ)め言葉(ことば)がこれでもかと飛(と)び出(だ)しまくります。


 その威力(いりょく)は弱(よわ)っていたモジェリがグングン立(た)ち上(あ)がり、しなびる前(まえ)の二(に)倍(ばい)以上(いじょう)大(おお)きくなった程(ほど)でした。


「も! もういいもういい! タカヤストップ!」


 ショースケは必死(ひっし)に訴(うった)えます。


「え? でもまだ言(い)うことあるし…ほら、こんなに大(おお)きく育(そだ)ってまた一段(いちだん)と美(うつく)しく」


「これ以上(いじょう)は僕(ぼく)らがもたないから!」


挿絵(By みてみん)


 タカヤが周(まわ)りを見(み)てみると、他(た)のみんなは顔(かお)をトマトのように真(ま)っ赤(か)にしておりました。


「どうしたんですか、みなさん。この部屋(へや)暑(あつ)いですか?」


「タカヤ君(くん)…その力(ちから)、絶対(ぜったい)悪用(あくよう)しちゃいけないよ…?」


 ライトは手(て)のひらで顔(かお)をパタパタ扇(あお)ぎながら言(い)いました。


「コスモピースの力(ちから)ですか? 悪用(あくよう)なんてしませんよ!」


 タカヤは澄(す)んだ瞳(ひとみ)を輝(かがや)かせて言(い)います。


「これがタカヤさんの天然(てんねん)たらしっぷリ…なんて末恐(すえおそ)ろしい子(こ)なんでしょウ…」


「私(わたし)も力(ちから)が抜(ぬ)けてしまいました…」


 メグとルルも何(なん)だかぐったりしています。


「タカヤ、何(なん)ていうか…今(いま)のままでいてね…」


 ショースケはタカヤの肩(かた)をポンと叩(たた)きました。


「え、よくわかんないけど…うん…」


 天井(てんじょう)すれすれまで大(おお)きく育(そだ)ったモジェリの花(はな)は、まだつぼみにもなっていないその姿(すがた)を明(あか)るい日差(ひざ)しに照(て)らされて、イキイキと小躍(こおど)りしておりました。



****



「えータカヤ帰(かえ)るの? 泊(とま)っていけばいいのに」


 広(ひろ)い玄関(げんかん)に敷(し)いてあるふわっふわのマットを足(あし)でいじりながら、ショースケは不満(ふまん)そうに口(くち)を尖(とが)らせます。


「気持(きも)ちは嬉(うれ)しいんだけど、ツバサが家(いえ)で待(ま)ってるから」


 もらった手土産(てみやげ)がたっぷり入(はい)った紙袋(かみぶくろ)を両手(りょうて)に下(さ)げて、タカヤは申(もう)し訳(わけ)なさそうに笑(わら)いました。


「タカヤ君(くん)、本当(ほんとう)に車(くるま)で送(おく)っていかなくていいのかい? 荷物(にもつ)だって僕(ぼく)らが増(ふ)やしちゃったから重(おも)たいだろ?」


 ライトは心配(しんぱい)そうです。


「大丈夫(だいじょうぶ)です、家(いえ)まで近(ちか)いし。それに俺(おれ)歩(ある)くの好(す)きだから」


 そう言(い)ってタカヤがまたへにょりと笑(わら)うと


「ショースケさーん? ちょっと手伝(てつだ)ってもらえまスー?」


 リビングからメグの声(こえ)が聞(き)こえました。


「はーい。ごめんタカヤ僕(ぼく)行(い)かなくちゃ。じゃあまた学校(がっこう)でねー!」


 ショースケは大(おお)きく手(て)を振(ふ)ってリビングへ向(む)かって行(い)きました。


「うん、また!」


 タカヤも大(おお)きく手(て)を振(ふ)り返(かえ)します。


「じゃあライトさん、今日(きょう)はありがとうございました!」


 しっかり挨拶(あいさつ)してドアを開(ひら)き、玄関(げんかん)から外(そと)へ踏(ふ)み出(だ)すと


「タカヤ君(くん)」


 いつもより少(すこ)し低(ひく)い声(こえ)で呼(よ)び止(と)められて、タカヤは振(ふ)り返(かえ)りました。


「…くれぐれも、気(き)を付(つ)けてね」


 ライトは真剣(しんけん)な目(め)をしていました。


 その言葉(ことば)が、この後(あと)の帰(かえ)り道(みち)のことだけを言(い)っているわけではないのだということはわかっています。


「…はい」


 そう一言(ひとこと)返事(へんじ)をして、タカヤは走(はし)り始(はじ)めました。


 すぐそばに見(み)える駅(えき)からはちょうど電車(でんしゃ)がベルを鳴(な)らして、遠(とお)い町(まち)へと出発(しゅっぱつ)していきました。



****



 今(いま)から数時間(すうじかん)前(まえ)のこと。


 使(つか)い方(かた)の見当(けんとう)もつかない器具(きぐ)があふれている薄暗(うすぐら)い部屋(へや)の真(ま)ん中(なか)で、タカヤは診察(しんさつ)台(だい)に寝(ね)かされコードのついた吸盤(きゅうばん)を体(からだ)中(じゅう)にくっつけられていました。


「やっぱり…コスモピースの数値(すうち)がかなり乱(みだ)れてる。相当(そうとう)無理(むり)したな?」


 ライトはコードの繋(つな)がった機械(きかい)を慣(な)れた手(て)つきで操作(そうさ)しながら、小(ちい)さなため息(いき)を一(ひと)つつきました。


「ごめんなさい、俺(おれ)ショースケを助(たす)けるのに必死(ひっし)で…あんまり覚(おぼ)えてなくて」


 タカヤは申(もう)し訳(わけ)なさそうに目(め)を逸(そ)らしています。


「それはわかるけど…見(み)た目(め)にひどく変化(へんか)が出(で)るなんてどう考(かんが)えても使(つか)いすぎだ」


「ごめんなさい…」


 謝(あやま)るばかりのタカヤにライトは少(すこ)し困(こま)った様子(ようす)です。


「…僕(ぼく)はね、コスモピースの力(ちから)を一切(いっさい)使(つか)うなと言(い)いたいわけじゃないんだよ」


 ライトは診察(しんさつ)台(だい)に近(ちか)づき、横(よこ)に置(お)いてある椅子(いす)に座(すわ)りました。


「本来(ほんらい)、時(とき)目(め)木(き)町(ちょう)の警備(けいび)はタカヤ君(くん)のご両親(りょうしん)、二級(にきゅう)宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)の春子(はるこ)さんと諄弌(じゅんいち)さんの仕事(しごと)になるはずだった。だから本当(ほんとう)は十(じゅっ)級(きゅう)のショースケ君(くん)が選(えら)ばれるような仕事(しごと)じゃないことはタカヤ君(くん)も知(し)ってるよね」


 タカヤは静(しず)かに頷(うなず)きます。


「それが実際(じっさい)には選(えら)ばれているのはもちろんコンビを組(く)んでいるタカヤ君(くん)、君(きみ)が特級(とっきゅう)だからだ。そして君(きみ)の特級(とっきゅう)という評価(ひょうか)はコスモピースの力(ちから)を含(ふく)めて設定(せってい)されている」


 だから使(つか)わないわけにはいかないとわかってるんだ、とライトは少(すこ)し複雑(ふくざつ)そうに笑(わら)いました。


「宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)は人手(ひとで)不足(ぶそく)だ、本部(ほんぶ)はタカヤ君(くん)がコスモピースの力(ちから)を使(つか)うことを求(もと)めてる。当然(とうぜん)だ、こんなに魅力(みりょく)的(てき)な力(ちから)は他(ほか)に無(な)い。でも…」


 ライトは立(た)ち上(あ)がり、タカヤの体(からだ)についた吸盤(きゅうばん)を外(はず)し始(はじ)めます。


「その力(ちから)は強大(きょうだい)過(す)ぎて…君(きみ)の体(からだ)に恐(おそ)ろしいほど負担(ふたん)をかけている。もし使(つか)い過(す)ぎて暴走(ぼうそう)すればタカヤ君(くん)は…おそらく無事(ぶじ)では済(す)まないだろう。僕(ぼく)はそれがすごく気(き)がかりだ」


「ライトさん…ごめんなさい、いつも心配(しんぱい)かけて」


 吸盤(きゅうばん)を全(すべ)て外(はず)してもらうと、タカヤは診察(しんさつ)台(だい)から起(お)き上(あ)がり服(ふく)を直(なお)します。


「タカヤ君(くん)だってコスモピースの力(ちから)を使(つか)えって言(い)われたり使(つか)うなって言(い)われたり、板挟(いたばさ)みで困(こま)ってるだろ?」


 ライトはまた無理(むり)に口角(こうかく)を上(あ)げました。


 タカヤは俯(うつむ)いたままブンブンと首(くび)を振(ふ)ります。


「ライトさんが心配(しんぱい)してくれるの、すごく嬉(うれ)しいです。俺(おれ)のこと思(おも)ってくれてるのもわかってます」


 服(ふく)の胸元(むなもと)を両手(りょうて)でぎゅっと握(にぎ)りながら、タカヤは顔(かお)を上(あ)げました。


「…でも、父(とう)さんと母(かあ)さんがこの仕事(しごと)受(う)けられなかったのは…今(いま)も俺(おれ)のために宇宙(うちゅう)を旅(たび)してくれてるからだから」


 黒(くろ)く透(す)き通(とお)った瞳(ひとみ)が、真(ま)っすぐライトを見据(みす)えます。


「俺(おれ)、二人(ふたり)の代(か)わりをしっかり果(は)たしたいんです。だからその…き、気(き)を付(つ)けてコスモピース使(つか)います! ちょっとだけ使(つか)わせてください!」


 タカヤは深(ふか)く頭(あたま)を下(さ)げました。


 周囲(しゅうい)の機械(きかい)についたランプがピカピカと数回(すうかい)光(ひか)り、何(なに)かが起動(きどう)するようなごく小(ちい)さな音(おと)が聞(き)こえました。


「…立派(りっぱ)な宇宙(うちゅう)警察(けいさつ)になったね。タカヤ君(くん)」


 短(みじか)い沈黙(ちんもく)の後(あと)、ライトは口(くち)を開(ひら)きました。


 声(こえ)が少(すこ)し震(ふる)えていました。


「わかった、僕(ぼく)もできるだけサポートさせてもらうよ。でもこれだけは覚(おぼ)えておいて」


 下(さ)げたままのタカヤの頭(あたま)に、ライトの温(あたた)かい右手(みぎて)が触(ふ)れます。


「タカヤ君(くん)になにかあったら悲(かな)しむ人(ひと)は君(きみ)が思(おも)っている以上(いじょう)にたくさんいるんだ。だから、自分(じぶん)のこと大事(だいじ)にするんだよ」


 そう言(い)って一度(いちど)袖(そで)で目元(めもと)を拭(ぬぐ)うと、ライトは扉(とびら)の方(ほう)へ歩(ある)いて行(い)きました。


「さあ、みんなのところへ戻(もど)ろうか」


 薄暗(うすぐら)い部屋(へや)の中(なか)に明(あ)かりが差(さ)し込(こ)みます。


 光(ひかり)が当(あ)たってはっきり見(み)えたライトの顔(かお)は、いつも通(どお)り笑顔(えがお)でした。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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