第二十八話 銀色の鱗粉②
****
真っ暗な中、うねるような肉壁の間を下って行って……ハララの実の中に入ったタカヤとライトは、大きな空間のある内臓に辿り着きました。
周囲は液体で浅く満たされており、先ほどニュムニュムが食べたであろう草などが浮いていて……どうやら地球生物で言うと胃のような器官のようです。
「とりあえず無事に入れましたね」
タカヤは一足先に実の中から出て、エッグロケットから丸い玉の様なものを取り出すと、そこの天辺に付いたボタンを押しました。
丸い玉はくるくると周りながら浮かんで、真っ暗だった辺りを真昼のように明るく照らします。
「これで見えるようになりましたね。この明かりは俺に付いてくるように設定してますから、この先も大丈夫でしょう。さて……ライトさん、目的地はずっと先ですか?」
「あ、ああ……」
……タカヤがあまりにもいつも通りだから……ライトもやっと実の中から出て、外を満たす液体の中に足を入れます。
「……銀色の鱗粉を放出させるために刺激しなくちゃいけない器官『オプト』は、ここよりずっと奥にあるんだ。少し歩かないといけない」
「わかりました。案内をよろしくお願いします」
湿った肉の上を、二人は優しく足を置きながら歩きます。
外の音なのか、はたまた内蔵の音なのか……どこかからゴウンゴウンと低い音が聞こえて、その度に足下と周囲の壁が躍動して揺れて。
二人はそんな中を……何も言葉を交わすこと無く歩いていました。
一歩を進む短いはずの時間が、いつもの何倍も長く感じます。
……と、その時。前を歩くタカヤが足を止めました。
「タカヤ君……どうかした?」
ライトは顔を上げて尋ねます。
「後ろから何かが流れてくる音がします! ライトさん俺に掴まってください!」
途端に、足下がぐらりと揺れました。
バランスを崩して転びそうになったライトを、タカヤはすかさず背中から出した触手で絡め取ると、胸の前に持ってきて抱き上げます。
肉壁全てが脈打って、もの凄い勢いで水が流れる音が近付いてきて……タカヤはそのまま出来るだけ上へと飛び上がりました。
……眼下では、先ほど胃に近い器官で見た草と同じ色のドロドロが、大量の液体に押し流されるように流れていきます。
「危なかったですね……流されてしまうところでした」
タカヤはホッと息を吐きます。
「あ、ありがとうタカヤ君……おかげで助かったよ」
「いえいえ、俺も一緒に来て本当によかったです。ライトさんに何かあったら……」
その先の言葉を言う前に、タカヤは液体が流れ終わった肉の床に再び降り立ってライトを離しました。
「……本当に、お怪我が無くてよかったです」
タカヤが心底安堵したような、愛おしそうな目を向けたのを見たライトは……一つ唾を飲み込んでから、胸の奥にずっと詰まったままの言葉を出します。
「……タカヤ君?」
「はい?」
「……ごめん」
予想外の言葉に、タカヤはキョトンとしています。
「……続きは、歩きながら話すよ。先に進もうか」
****
「タカヤ君はずっと……僕を怒っていたんだろう?」
狭い肉の管の中を縦に並んで歩きながら、ライトはタカヤの背中に語りかけます。
「君が特別宇宙警察になったあの日……皆のために頑張ろうとする君の出鼻を挫くような真似をしたから。君の意見を聞かずに、自分の意見を通そうとした……本当にごめん」
……タカヤは口を挟むこと無く、静かに耳を傾けています。
「ずっと謝らなくちゃと思ってたけど……やっぱりどうしても、君が危険なコスモピースの力を使うことを受け入れられなくて……今日まで言えなかった。その所為で君は……僕に調子が悪いことを隠して、恐ろしい目にあった……」
頭上からポタンと一滴垂れた液体が、ライトとタカヤの間に落ちて音を立てました。
「でも……遅くなったけど、僕は受け入れる。タカヤ君は皆のために、コスモピースの力を使っているんだって! 宇宙警察として凄いことをやってるんだって……だからさ!」
ライトは少し声を張って顔を上げます。
「僕を信じてくれないか? タカヤ君は、コスモピースを使うなって言う僕のために今まで嘘を吐いてたんだろ? それなら……もう、嘘を吐いて誤魔化す必要なんて無いからさ。僕に本当のことを話して欲しいんだ!」
……タカヤは前を歩きながら目を閉じます。
本当、ライトお兄ちゃんは心底『優しい』人です。
(俺が他人のために、この力を使ってると思っているんだから)
(俺が……貴方のために、嘘を吐いたと思ってくれているんだから)
「タカヤ君……?」
返事が無いのが不安なのか、声を震わせたライトの方へ……タカヤはくるりと振り返ります。
いつも通りの笑顔を貼り付けて。
「どうして謝るんです? ライトさん。俺、全然怒ってなんかないですよ。それより……たくさん心配かけてごめんなさい」
今度は眉を下げて、申し訳なさそうな表情を浮かべて。
「どうしてもライトさんを悲しませたくなくて、嘘を吐いてしまいました……でも、余計に悲しませてしまいましたね」
そしてもう一度、笑って。
「これからはちゃんと正直に言いますね」
「ほ、本当かい? タカヤ君! ……よかったぁ」
ライトは潤んだ目元を、制服の裾で擦ります。
「さっきもごめんね。君がコスモピースの力を使うのが怖くて言い過ぎたよ……」
「……いえ、俺こそごめんなさい。少しキツく当たってしまいました……あ、そろそろ目的地に着きそうですね」
……良かった。
どうなることかと思いましたが、何とか誤魔化せて……ライトが欲しかったであろう正解が言えたみたいです。
(正直に言います、か)
タカヤは思わず、自分の言葉に少しだけ……笑ってしまいました。
胸の奥がヂクリと痛みます。
(……正直になんて話したこと、一度も無いくせに)
****
一方その頃、ピカピカ輝くオレンジ色の空の下。
ショースケとメグとルルは岩陰から、タカヤとライトが入っていったニュムニュムの動きを監視していました。
どうやらお腹が満たされたのか……今は長い尻尾を振りながら、幸せそうに仰向けで居眠りをしています。
「まだかなー……ここに居るのも飽きてきたよ」
ショースケはあくびを連発しながら、大きな岩を近くの石で削って落書きをしていました。
「ショースケさん、何を描いてらっしゃるんですか?」
覗き込んできたルルに、ショースケは握った石を地面に置いて自信満々に答えます。
「ネコだよ! 可愛いでしょ!」
「ネコ……ネコさん、ですか……」
岩にはうるさいほど縦縞の入った珍獣の絵が描かれています。
珍獣と言えばまだ聞こえはいいですが……そもそもこれが何かしら生き物である、とわかる人の方が珍しいのではないでしょうか。
……とりあえずルルはにっこり笑います。
「さすがショースケさん! 独創的ですね!」
「でしょー? 僕いっつも独創的って褒められるんだよねー、やっぱり天才だからかなー?」
片手で後頭部を掻きながら、ショースケがニヤニヤしていると……少し離れた岩陰からメグが顔を出しました。
「二人とモ……能天気過ぎやしませんカ? 猛獣ニュムニュムの前ですヨ?」
「えー、だってニュムニュム寝てて暇なんだもん。ねぇルルさん?」
「えぇ、どうやらライトさんたちもまだみたいですし……あら? 起きたみたいですね」
三人は岩陰からこっそりと顔を出します。
視線の先ではライトたちを飲み込んだニュムニュムが、大きな口を開けてあくびをしてノソノソと起き上がりました。
そしてそのまま……銀色に輝く水面へと向かっていきます。
「まぁ! 大変です、湖に戻ろうとしています! 水の中に入ってしまったら……恐らく上手に鱗粉が採れません!」
「えぇ⁉ ど、どうしたらいいの? ルルさん」
「とにかく、あのニュムニュムさんを岸に留めておかなくちゃいけません。二人とも、協力していただけますか?」
「嫌でス」
……メグはじとーっと、眉間にシワを寄せてルルを見ています。
「ルル、もしかしなくてもまたワタシを囮に使おうと思ってますネ……?」
「はい」
「即答しないでくださイ! もう嫌でス怖いでス! 絶対やりませんからネ⁉」
体をブルブル震わせながら、メグはもう一つ奥の岩陰へと身を潜めてしまいました。
「仕方ありませんね……それではショースケさん、二人で何とかしましょうか」
「えーっと……怖いから僕もやりたくないって言ったら怒る?」
「……怒りませんよ?」
ルルが笑顔を浮かべたまま、いつもより数倍低い声で答えました。
「絶対怒ってるじゃん! うぅ、わかったよ。やればいいんでしょ⁉」
「うふふ、さすがショースケさん。勇敢ですね! それでは行きましょうか」
所々に生い茂る草の間に隠れながら、ルルとショースケはニュムニュムの元へと近づいて行きます。
「ねぇルルさん、僕は何をすればいいの……?」
ショースケはポソポソと小さな声で尋ねます。
「メグに断られてしまった以上、大好物のプニプヨ星人で釣る作戦は出来ませんから……ニュムニュムさんが湖に入りたくなくなるようにしようと思います」
「入りたくなくなる……? どうやって?」
「うふふ、これを使おうと思いまして!」
ルルはメイド服のエプロンの下から、見覚えのある茶色い玉を取り出しました。
「げっ! それってクシュウニ……だよね? 弾けたらめちゃくちゃ臭いやつ……」
「はい、その通りです! しかしただのクシュウニでは無くて……臭いが短時間で消える改良版です。これを湖に入れれば、きっと凄い臭いがしますから……ニュムニュムさんも岸辺に留まってくださるはずです!」
そう言うとルルは、大きく振りかぶってクシュウニを放り投げます。
クシュウニはなかなかのスピードで飛んでいき、それは見事なコントロールでニュムニュムの目と鼻の先の湖の中へ落ちました。
湖に落ちた衝撃で、クシュウニが弾けると……ニュムニュムは思い切り表情を歪めて、急いで元いた岸辺へと戻っていきます!
「わ! すごい成功だ!」
ショースケが草から身を乗り出して喜んでいると……
湖の水面が大きく揺らいで、次々と他のニュムニュムたちが苦しそうに湖から顔を出し……どんどんどんどん岸辺へと上がって来ます。
相当臭かったのでしょう、あっという間に岸辺は大小様々なニュムニュムの集団でパンパンに埋まってしまいました!
こんなにたくさん集まってしまっては、他のニュムニュムが障害となり、銀色の鱗粉を採取する難易度が格段に上がることは確実でしょう。
「まさか臭いによって湖の中に居た他のニュムニュムさんたちまで出てきてしまうなんて……考えていませんでした。どうしましょうショースケさん!」
「どうするって言われても! 僕にもわかんないよ!」
二人が草陰でコソコソ話をしていると……どうにもその声が、近くに居たニュムニュムたちに聞こえてしまったようで。
その内の一匹のニュムニュムが空に向かって大きな鳴き声を上げると……周囲のニュムニュムたちが二人の隠れる草陰へと近づいて来ます!
「まずいよルルさん! こっちに来てる、何とかしなくちゃ!」
ショースケは慌ててエッグロケットを握ってその中を探ると、白いBB弾のようなものが入った入れ物を引っ張り出しました。
「ショースケさんそれは何ですか?」
「これは催眠弾! アルコンヌ花のつぼみから作ってあるから超強力だよ!」
ショースケはエッグロケットの後ろから催眠弾を装填すると、銃のように構えて迫ってくるニュムニュムたちの内の一体に狙いを定めます。
「見てて……せーの!」
エッグロケットの引き金の様なボタンを人差し指で押すと、バーンと大きな音がして……飛び出した弾は見事、ニュムニュムのやわらかそうな体に命中しました!
弾が当たったニュムニュムは、すぐにいびきをかいて倒れ込みます。
「やったー!」
「素晴らしいです! お見事ですショースケさん!」
「えへへ、こっそり射的の練習を続けてた甲斐があったね」
さぁさぁ、のんきにお話している場合ではありません。
次々と迫ってくるニュムニュムたち全員に、ショースケは催眠弾をたまに外しながらも打ち込んでいきます。
そうこう続けているうちに、岸辺は気持ちよさそうにすやすや眠るニュムニュムたちでいっぱいになってしまいました。
「ふぅ……もう起きてるニュムニュムは居ないし、これで襲われることは無いね」
「ありがとうございますショースケさん……あらら?」
何かに気がついたらしいルルは、頬に手を当てて首を深く傾げます。
「……ショースケさん、ニュムニュムさんたちが目覚めるのはいつでしょう?」
「ん? 少し薄めて作ってあるとは言え、アルコンヌ花のリラックス効果は超強力だから……早くても明日以降だと思うよ?」
「……あの、私少し気になるのですが……眠っていてもニュムニュムさんは銀色の鱗粉を放出するのでしょうか」
そう、ライトとタカヤが体の中に入っているニュムニュムもショースケたちに迫って来たため……ショースケは特に考えること無く催眠弾を撃ち込んでしまいました。
一際大きな体のそのニュムニュムは今、たくさんの仲間と共に岸辺で横になり、これまた一際大きないびきをかいています。
ショースケとルルはゆっくり目を見合わせ……へらっと笑い合ったあと、急に慌て始めました!
「どどどど、どうしようルルさん⁉」
「どうしましょうショースケさん! 何とか起こす方法を考えないと!」
****
「すごく揺れたね。一応収まったみたいだけど……外で何かあったのかな?」
ライトは体を支えるために肉壁についていた手を離しました。
「ライトさん大丈夫でしたか?」
「これぐらい平気だよタカヤ君。さて……これが僕らの目指していたオプトだよ」
天井からダラリと垂れ下がった、タカヤが両腕を広げたよりも大きくて丸い『オプト』と呼ばれるそれは、ニュムニュムの呼吸に合わせるように大きくなったり小さくなったりをゆったりと繰り返しています。
「このオプトは強めに刺激されると、外からわかるほど銀色の光をピカピカ放つらしい。そうすればニュムニュムは背中の翅から『銀色の鱗粉』を放出するはずだ。よし、行くよ!」
ライトは大きなオプトにぎゅっとしがみつくと、強く抱きしめるように力を込めますが……特に目に見える反応はありません。
「うーん……これじゃ弱いのかな? えいっ!」
続けてみるものの、オプトはただただゆっくりと運動を繰り返すのみです。
「ライトさん、俺がやってみます」
タカヤは真っ黒な瞳を赤と青に輝かせると、背中から無数の触手を出して天井から垂れたオプトにぐるぐると巻き付けました。
そしてそれをぎゅーっと締め上げますが……
「えーっと……ライトさん? これ以上締め上げると潰してしまいそうなんですが……」
どれだけ強く刺激しても、オプトには変化はありません。
「あれ、おかしいな……本には刺激すれば光るって書いてあったんだけど……そ、そうだ! 刺激方法が違うのかも!」
ライトは自身のポスエッグから少し尖った棒を取り出して、オプトの表面をツンツンつついてみます。
「違うのか? じゃあこう?」
棒を仕舞って、今度は玩具のハンマーのようなものを取り出してペチペチ叩きます。
……特に変化はありません。
「ううん、困ったな……何でだ?」
ハンマーを仕舞ったライトは、長老が渡してくれた本を取り出して……目を皿のようにしながら隈なく読み直します。
「強めの刺激を与えること……やっぱりそれだけしか書いてない……」
「ライトさん、俺も一緒に見ていいですか? ……あ、もしかして」
タカヤはライトの背中側から本を覗き込むと、ある一文を指さしました。
「見て下さいライトさん、ここ……」
「ん? なになに……ニュムニュムはプニプヨ星人を食べると、筋肉の強い収縮が起こり体内の器官『オプト』が刺激されて『銀色の鱗粉』を放出する……これがどうかした?」
「はい。俺の予想なんですが……ニュムニュムが銀色の鱗粉を放出するには、プニプヨ星人を食べることが出来る状態であることが必要なんだと思います。つまり、今このニュムニュムはその状態では無いのかもしれません」
「その状態じゃない……?」
「そうですね……例えば寝てる、とか」
****
ショースケとルルは草陰を飛び出して、ライトとタカヤが体内に入っているニュムニュムの体をペチペチ叩きます。
「おーきーてー⁉ ねぇってば!」
ショースケの大きな声は広い湖にむなしく響くだけで、肝心のニュムニュムは大きな体をピクリとも動かしてくれません。
「ダメですショースケさん。叩いたくらいでは起きてくれそうにはありません……かくなる上は!」
ルルが袖を捲って自分の右腕を捻ると……ルルの右腕はガチャガチャと鈍い音を立てながら、重厚なショットガンへと形を変え始めます。
「これで撃てばさすがに目を覚ましてくださるのでは!」
「それで撃つの⁉ ルルさんダメだよ怪我させちゃう! この子悪いことしてないよ!」
「安心して下さいショースケさん。撃つのはこの弾です」
ルルは腕のショットガンから、赤い弾丸と青い弾丸の二つを取り出すと、すらりと細い指で挟んでショースケに見せました。
「この弾はポポミル星のトクトンという生物の毛を使って作られたもので、体の表面に当たると痛みを感じる前に溶けて体内に浸透します。赤い弾丸を食らうと相手は周囲の温度を高く、青い弾丸を食らうと低く感じるようになります」
「周囲の温度……? えーっとつまり、暑く感じたり寒く感じたりするってこと?」
「その通りです! 眠りの具合は温度と密接な関係がありますから、それをわざと狂わせるんです。アルコンヌ花には生物を過度にリラックスさせる効果があって、それによって生物は眠ってしまいます……それならば反対に、過度のストレスをかけて起こしてしまおう、という作戦です!」
ルルが真剣な顔で語るのを、ショースケは頷きながら聞いていましたが……ふと、疑問が湧きました。
「いい作戦だと思うけど……ねぇルルさん、そもそもその弾って元々何に使うためのものなの?」
「暑い日や寒い日を過ごしやすくするために使うんです。ショースケさんにも青い弾丸を使ったことがありますよ? ほら先日、家のクーラーが壊れたときに!」
「え⁉ ……そういえばあの日、真夏にしては妙に涼しかったような……ルルさん僕のこと撃ってたの……? え、いつどこから……?」
ショースケは顔を青くして、ガタガタと体を震わせ始めます。
「すみません……だってショースケさんにお伝えしたら、便利だからいつもの外出にも使いたいーって強請られると思ったんですもの。さぁ、早速始めますよ?」
怯えた目を向けるショースケを横目に、ルルは赤い弾丸を右腕のショットガンに込めて狙いを定めると、ニュムニュムの大きな体に向けて真っ直ぐ撃ち込みました。
赤い弾丸はするりと溶けて、ニュムニュムの体に入ると……途端にニュムニュムはもぞもぞと寝返りを打ち始めます。
呼吸は少し荒くなり、顔をしかめて苦しそうです。
「ちゃんと効いてるみたいですね。次はこちらです!」
青い弾丸を右腕のショットガンに込めて、ルルが同じように撃ち込むと……今度はニュムニュムは体をぎゅっと縮こませてプルプルと震え始めました。
ですがまだ目は強く瞑ったままで……ショースケがニュムニュムの頬をツンツン触ってみても反応はありません。
「うーん。起きないね……?」
「流石に一発ずつでは、アルコンヌ花の効果に勝てませんね……それなら何度も試すまでです!」
それからルルは、赤い弾丸と青い弾丸を一定の間隔で交互に撃ち込んで行きました。
ニュムニュムは忙しなく、丸まったり広がったり転がったり呻いたり……。
そして遂にその瞼がピクピク動き始めました!
「ショースケさん! あと一押しでニュムニュムさんが起きそうです、何か刺激を与えられるものはありませんか⁉」
「刺激⁉ えーっと……あ、これなら!」
エッグロケットの中から、ショースケは光る泥団子のようなものを引っ張り出します。
「前にオンガイルゴンに臭いの攻撃が効かなかったときに、音なら効いたんじゃないかと思って作ったやつ! えーっと、耳栓しないとね……あれ、どこやったっけ?」
カバンを開いてショースケが探り始めたその時……ショースケの手から泥団子のようなものがツルリと滑り落ちました……。
急いでキャッチしようとした手の上をまた滑って、泥団子は地面に落ちて……クシャリと潰れて割れて。
すると! バチバチバチバチッと火花が散って、恐ろしい大きさのドカンという爆発音が辺りに響き渡りました!
ショースケは咄嗟に耳を両手で塞いだものの、その威力はとんでもありません。頭の中がブルブル震えるほどです。
クラクラしながらなんとか立っていると……その後ろで大きな影が動きました。
……他のニュムニュムがまだ寝静まる中、二人が刺激を与え続けた一際大きなニュムニュムがようやく目を覚ましたのです!
しかし多量のストレスを与えられ、爆音で起こされ……ニュムニュムの機嫌はもう最低最悪です!
ひどく歪めた鋭い瞳でショースケとルルを睨むと、ニュムニュムは首を振りながら激しい衝撃波を放ちました。
ルルはすかさず近くに居たショースケを抱き上げて、左腕を盾の形に変形させるとその攻撃を防ぎます。
「大丈夫ですかショースケさん!」
「ひぃいいっ! 大丈夫じゃないよ、怒ってるじゃんどうしよう!」
ショースケは震える腕で、ルルの首にぎゅーっと抱きつきました。
「とにかくこのままやり過ごすしかありません! しっかり掴まっててくださいね!」
幾度となく飛んでくる衝撃波を、ルルは高速で何度も躱していきます。
攻撃が当たらないことに逆上したニュムニュムは、空を見上げて嵐のような叫び声を上げようとして……ふと動きを止めました。
目を大きく見開いて、背中の蝶のような翅を大きく広げて。
尻尾をぶんぶんと振って、足をドタドタ鳴らして……開いていた翅を一度閉じて、もう一度更に大きく開いたその瞬間!
周囲がグレーに染まるほど、ニュムニュムの翅から大量の銀色の鱗粉が放たれました!
****
「見てタカヤ君! オプトが光ってる、成功したんだ!」
ガタガタと大きく揺れる体内で、銀色に輝くオプトを前にライトは興奮しています。
「ライトさん、どうやらこのニュムニュムひどく暴れているようです。ここに居たら危険です。ワープ装置を使って外に出ましょう!」
「わ! 出たよ、銀色の鱗粉! って……」
輝く銀色に染まる視界の中で、ショースケはエッグロケットからとりあえず瓶を取り出したものの……
「……これ、どうやって集めたらいいの?」
手を動かしたら、そこで起こった風で吹き飛んでしまうほど鱗粉は軽いのです。
瓶を持って追いかけても、ほんの少し……指先でつまめるほどしか中に入ってくれません。
「どうしよう、集め方考えて無かった……イルクマさんに出来るだけたくさん集めて来てって言われてるのに! ねぇルルさんどうしよー!」
ショースケが見上げた先の空中で鱗粉を集めているルルも苦戦しているようで……腕を変形させてどうやら掃除機のように吸っているようですが、量もスピードも全然間に合いません。
今は幸運なことに無風ですが……このまま風が吹いてしまったら、大量の鱗粉はすぐに飛ばされて湖に落ちてしまうでしょう。
「えーっと! 何かないかな、例えばこれとか……あぁダメだ! えーっとえーっと!」
カバンの中を漁って、エッグロケットをひっくり返して。
しかし為す術無く……仕方なくショースケが両手で瓶を持って鱗粉を追いかけようとした、その時。
「……仕方ないですネ! 一瞬だけですヨ⁉」
奥の茂みから、ピンクのクラゲのようなプニプヨ星人の姿に戻ったメグが飛び出しました!
メグはそのまま、空中に浮かぶルルよりもはるか上空まで飛んでいくと……まるで風船のように、体を薄く大きく伸ばし始めました。
もともと半透明な体がさらに透けるほど大きく大きく伸びて、まるでドームのように辺り一面を覆っていきます。
「わ、すごい……!」
驚いたショースケが見上げた空は、薄く伸びたメグの体を通すことによってほんのりピンクがかり……激しく照りつけていたギラギラの光が、やわらかくなって地面へと降り注ぎます。
「それじゃあいきますヨ⁉ せーノっ!」
メグはその広がりきった体を揺らしたかと思うと、大きく大きく、思い切り息を吸いました!
視界をグレーに染めるほど浮かんでいた銀色の鱗粉が、どんどんどんどん上空を覆うメグの体へと吸い寄せられていきます。
やわらかくて湿っているメグの体に、銀色の鱗粉はこれでもかと付着して……メグの体越しに降り注いでいた薄ピンクの光は、たちまちグレーの光へと変わっていきました。
「う、ぐゥ……もう限界でス……」
苦しそうにそう呟いたメグは、上空でシュルシュルと体を縮めます。
元の大きさより少し膨らんだ程度まで戻ると、メグはそのまま空高くから落ちてきて……受け止めに走ったルルの腕の中に収まりました。
「ありがとうございます、メグ! とっても助かりました!」
鱗粉を全身に纏い、銀色に輝いてモフモフ状態のメグにルルは笑いかけます。
「……さすがに二人に任せて何もしないわけにもいきませんからネ……って、オギャーーーーー⁉」
メグの視界の先……ルルの背中の向こう側では、まだ怒りが収まらないニュムニュムが首を振り回しながら迫って来ています!
「嫌でス怖いでスっ! 助けてくださーイ‼」
体中に付着した鱗粉を揺らしながらガタガタ震えるメグを抱きしめて、ルルが右手を変形させていると……
「二人ともしゃがんで!」
……その声が聞こえたルルは、メグをしっかり抱えたまま地面に小さく蹲りました。
頭の上を白い催眠弾がすごい速さで真っ直ぐ飛んで……ニュムニュムの体に当たったかと思うと、ニュムニュムはそのまま倒れ込んで大きないびきをかきはじめました。
「良かった……これで大丈夫だね……」
ショースケは膝をついて、安堵からはーっと息をつきます。
「素晴らしいですショースケさん! 助かりました!」
「うわぁあああン! ショースケさん怖かったでスぅうう!」
ルルとメグに勢いよく抱きつかれて、ショースケはバランスを崩してその場に倒れ込みました。
「二人とも重いよ! ……でも、これで『銀色の鱗粉』がいっぱい採れたね。僕も……ちょっとはタカヤの役に立てたかな」
仰向けで空を見ながら、少し照れくさそうに笑うショースケを、メグとルルは大切そうにもう一度抱きしめるのでした。
****
「このニュムニュムには相当無理をさせてしまったね……お詫びにもならないかもしれないけれど、美味しい地球のフルーツをたくさん置いておこう」
ライトはポスエッグから取り出したいろいろな種類のフルーツを、いびきをかくニュムニュムの口元に山のように積み上げました。
「タカヤさん、今回はショースケさんがすごく頑張ってくださったんですよ?」
ルルがタカヤの腕をつついて、小さく耳打ちします。
「そうなんですか? お礼を言わないと……ショースケ?」
タカヤに呼ばれて、カバンの中をを整理していたショースケは振り返ります。
「何?」
「……今回はありがとう。上手くいったのはショースケのおかげだよ」
「ふ、ふふん! 当然でしょ? 僕ってすごいんだから。これからもいっぱい頼っていいんだよ?」
緩む口角を抑えられないショースケは、落ち着かないのかせっかく整理したカバンの中をまた適当にかき混ぜました。
「あはは。ショースケは頼もしいな」
「でしょ? それにしても……この調子なら新しいコスモピースの材料もすぐに集まっちゃうね! 良かったねタカヤ!」
「……うん、そうだな」
タカヤがいつものような笑顔を貼り付ける前で、ショースケは無邪気に……ひどく澄んだ心で笑います。
きっと、目の前のタカヤがこんなことを考えているなんて一ミリも思っていないのでしょう。
コスモピースの力が無くなることは、ショースケにとって心の底から良いこと以外の何ものでも無いのでしょう。
好きなものがあって。やりたいことがあって。
……なんて綺麗で、眩しいんでしょう。
「……ショースケはいいな」
小さく呟いたタカヤの声を、ショースケは聞き返します。
「ん? 何か言った?」
「あはは、何でもないよ」
そう笑ったタカヤの後ろで、ようやく体から鱗粉が取れてピンク色に戻ったメグがへろへろと声を出しました。
「そろそろ村に戻りますヨー……。長老も心配していましたかラ、顔を見せておかないト……」
「メグ大丈夫ですか? 私が抱っこしてあげますね」
ルルはしなしなのメグの体を優しく抱き上げます。
「さて。では皆さん行きましょうか」
緑色の土を踏んで、五人は村を目指します。
……タカヤのエッグロケットの中には、先ほど採取した大量の『銀色の鱗粉』が詰められた大きな瓶が入っています。
この後ポスリコモスに立ち寄る用事があると言ったら、イルクマに渡しておいて欲しいと頼まれました。
(……どうしよう。銀色の鱗粉が……新しいコスモピースの材料が手に入ってしまった)
ひどく口が乾いて、胸がチクチクと痛んで……タカヤは虚ろな目で、前を歩く四人を見つめます。
みんなは「疲れたね」と笑い合って。帰った後に何を食べるかなんて話してて。
……もう一度自分の足下をぼんやりと見つめたとき、ショースケが振り向いて声をかけて来ました。
「タカヤ何で後ろにいるの? ほら、こっち来なよ!」
その目はキラキラと、とってもとっても眩しくて。
「……あはは、ちょっと景色を見てるんだ。珍しいから」
何故だか涙が出そうになったタカヤは顔を隠すために、わざと首をひねって遠くを見つめました。
さっきまで居た湖が、銀色にチカチカ光って……やっぱり痛いほど眩しくて、タカヤは思わずぎゅっと目を細めます。
(俺は……ショースケみたいになりたかったな)




